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第11話『空白の玉座と、人が選ぶ世界』
しおりを挟むアメリアが“神の玉座”を空席にしたその瞬間――
世界は静かに揺れた。
それは地鳴りや天変地異のようなものではなかった。
けれど、空の色が少しだけ薄れ、時間の流れがほんの僅か歪んだような感覚が、王都の人々を包んだ。
だが誰もそれを“異変”とは呼ばなかった。
それはまるで、“何かの呪縛が外れた”ような、安堵のような気配だった。
《天文界》から帰還したアメリアは、神殿最奥の間で静かに目を覚ました。
「……ここは……」
「王都の祈祷塔です。あなたが目を閉じて七日が経ちました」
ルシアンの声。
「……世界は、変わった?」
「……はい。確かに変わりました」
彼が差し出した聖典は、ページの一部が白紙になっていた。
「これまでは、すべての“聖女の祈り”が文字として記されていた。けれど今、あなたが玉座を空にしたことにより、
“神から書かれる記録”は停止しました。今後は“人間の意志”が書き加えるものになります」
それは“信仰の主導権”が神から人へと移った証だった。
一方、神界での出来事を察知した王都の賢者会議では、緊急の評定が開かれていた。
「神が退いた……それが事実なら、今後の信仰はどうなる?」
「神の名を口にすることすら、もはや政治的選択になる。
我々は“宗教”を失ったのではない。代わりに、“選ぶ力”を手に入れたのだ」
そして、その変化を正式に国としてどう受け止めるか。
その答えを出すため、史上初となる“聖女会議”の開催が決定された。
“聖女会議”――
それは、全国各地で活躍してきた元・聖女、補佐役、改革者、巡礼者たちが王都に集まり、
「これからの信仰と国家の関係性」を定める前例なき大評議。
召集されたのは、十二名の聖職者。
アメリアはその議長として迎えられた。
「私たちは、もう神の言葉に従う必要はありません。
だからこそ、これから私たち自身で決めましょう。
信仰とは何か。誰が、誰のために祈るのか――」
会議初日、さっそく意見は分かれた。
「信仰は必要ない。制度として残せばまた腐敗する」
「いや、信仰がなければ国は脆くなる。心の支えを失えば、人々は迷う」
「“神”を否定することと、“祈り”を手放すことは違う。
今こそ“祈りの自由”を憲法に明記すべきだ」
アメリアは黙って意見を聞いていた。
初日、二日目、三日目……
議論は熱を帯びる一方で、まとまる気配はなかった。
その夜、カイルがアメリアの部屋を訪れた。
「……本当に、これでよかったのか?」
「わからない。けれど、今なら言える。
もしこの議会が“崩れたとしても”、私は誰かの神にはならない。
導く手じゃなく、灯を置くだけの存在でいい」
カイルは彼女の手を取り、言った。
「君が“神でない”ことを選んだ。それが、世界の奇跡なんだよ」
七日目。
会議最終日、アメリアは最後に全員に呼びかけた。
「皆さんに、一つだけお願いがあります。
信仰を持ってもいい。持たなくてもいい。
でも、誰かの“祈り”を“笑わない世界”を、一緒に築いてほしいんです」
その言葉に、多くの者が沈黙した。
そして、全員が立ち上がり、彼女に頭を下げた。
“祝福なき聖女”が成した、最後の祈り。
それは制度ではなく、“思想”としてこの国に根を下ろした。
数日後、王国は新たな憲章を公布した。
・信仰は自由である
・聖女制度は廃止する
・国家と祈りは切り離し、民の手に委ねる
それは“神を持たぬ国家”の誕生だった。
けれど、誰一人として不安を抱かなかった。
なぜなら、彼らは知っていたからだ。
その光の中心に、“祈りを守るために神にならなかった女”がいたことを。
そして、ある日の夜。
アメリアは塔の上で、カイルと並んで星を見上げていた。
「これから、どうする?」
「世界を旅したいわ。
信仰を巡って争った地に、新しい祈りの灯を灯すために」
「俺も行く。君の剣として」
「いいえ。これからは、隣にいて。
剣でも盾でもなく、“ただの旅人”として」
星が瞬いた。
それは祝福でも奇跡でもない。
けれど、確かに――あの夜、神が笑ったような気がした。
――――――――――――――――――――
あとがき
本話で《神殺し編》《人の時代編》は完結しました。
聖女アメリアの物語は、裏切られ、裁かれ、神に近づき、そして“神にならない選択”をするまで描かれました。
ここから先は、《新世界巡礼編》へと移ります。
国家という枠を越え、世界に広がる祈りの矛盾と希望を巡る物語です。
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