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第16話『沈黙する楽園、祝詞なき神殿』
しおりを挟む旅路の果て、アメリアたちは“最後の信仰圏外”と呼ばれる土地に辿り着いた。
アストレア共和国――
そこは、遥か昔に神を追放した民が築いた、「完全無信仰国家」だった。
祝詞もなく、祭礼もなく、宗教的な建築物すら存在しない。
この地では“祈ること”自体が社会的違反行為とされ、
公的な場で“祈りの言葉”を発すれば、再教育処置が課されるという。
◆1 楽園に潜む“感情の禁止”
アメリアたちが共和国の都《ユーストレ》に入ったとき、まず驚いたのは静けさだった。
人々は整然と歩き、すれ違っても会釈以上の交流をしない。
喜怒哀楽は極力抑制されており、笑顔すら“制御されたもの”に見えた。
「……本当に、人の住む街?」
サラが低く呟く。
「ここでは、感情の発露すら慎重に管理されてるようだ」
カイルも目を細めた。
共和国では、祈りを“非論理的行動”と定義し、それを子どもに教えることすら禁止されていた。
感謝も、願いも、痛みも、
“個人が内密に処理すべき感情”とされ、
他者に向けて吐き出す行為は、公共秩序を乱す“甘え”とされた。
◆2 “神を排除した女王”と対面
共和国の象徴的指導者、それが機制女王(きせいじょおう)リゼル=ヴァンだった。
人間でありながら国家の調和を保つために感情制御装置を身体に埋め込み、
自身を“祈りなき統治の証”として晒していた。
アメリアは、女王の招きで彼女と対面することとなった。
「ようこそ、神なき楽園へ。アメリア=ローゼンベルク。
あなたの歩んだ道に敬意は表するが、この国で“祈り”は不要だ」
「祈る自由がない世界に、人の尊厳はあるの?」
アメリアの問いに、リゼルは静かに返した。
「尊厳とは“規律”のこと。祈りは、人を弱くする。
思考を停止し、“何かにすがる”という行為は、文明の敵だ」
「でも、祈りを奪われたままでは、“望むこと”もできない」
「“望み”など、予測と計画で補える。
それが、この共和国の成り立ち。あなたの思想は“感情による暴力”だ」
◆3 “祈ることを選ぶ自由”を求めて
その夜、アメリアは共和国の外縁部にある貧困地区《スラム・ノラ》を訪れる。
そこにいたのは、感情制御を拒んだ者たち――すなわち、“祈る自由”を密かに守る人々だった。
その中心にいたのは、老いた教師レノア。
「わしらは、祈ることを忘れたわけじゃない。
ただ、声を上げれば“再教育”される……だから、囁くんだ」
アメリアは、レノアに尋ねた。
「なぜ、それでも祈り続けるの?」
「それは……祈ることが“人間らしさ”だからだ。
神なんぞいらん。でも、孫の無事を願うことを奪われたくない。
誰かを思い、祈ることまで、法律に縛られてたまるか」
翌日、アメリアは決断した。
広場の中央で、正午。
**“共和国における初の公的祈り”**を宣言し、朗読するという行動に出たのだ。
「わたしは、誰かのために祈ります。
それが神のためではなくても、世界のためでもなくても。
ただ、隣にいる人が“明日も笑って生きられますように”と願うことを、誰にも止めさせない」
警備隊が駆け寄る。
だが、群衆が彼女を囲み、守る。
「言わせてやれ!」
「祈って何が悪い!」
「俺たちは……ずっと黙ってきただけだ……!」
◆4 女王の決断と、国の“選択肢”
事態を受け、機制女王リゼルはアメリアを再び招いた。
「……君の行為は、我が国の“論理”を破壊しかねない。
だが同時に、忘れていた“声なき自由”を思い出させた」
彼女は、胸元の小さな装置を外した。
「これは……祖母の遺品。“いつか、あなたの好きなように泣けますように”と刻まれていた」
リゼルは、涙を浮かべた。
「私たちは“祈りを排除することで秩序を保ってきた”が、それは“祈りを知らなかった”からではない。
……知っていたからこそ、恐れていた。
ならばいまこそ、再び向き合おう。
祈ることを選ぶ自由も、選ばない自由も、保障しよう」
それは、共和国史上初の“信仰自由法”だった。
神を信じても、信じなくてもいい。
感情を表しても、制御してもいい。
――すべてを「選択できる国家」へ。
――――――――――――――――――――
あとがき
第16話では、“祈りそのものが違法”とされたアストレア共和国を舞台に、“祈ることの選択肢”を取り戻す戦いを描きました。
機制女王リゼルとの対話を通じ、アメリアの哲学がまた一歩、世界に染み込んでいきます。
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