偽りの聖女は婚約破棄から始まる――最強の復讐劇

コテット

文字の大きさ
17 / 23

第17話『名を持たぬ神、旅する信仰者たち』

しおりを挟む



 アストレア共和国を後にしたアメリアたちは、次なる土地――アヴィス辺境帯へ向かっていた。

 そこは“国境を持たぬ空白地帯”とも呼ばれ、かつて数々の神殿が建ち並んだ信仰の集積地だった。
 しかし、大戦以降は国家の保護を失い、神の名も制度も忘れ去られた――信仰の遺灰だけが漂う地である。

 けれど今も、そこを渡り歩く者たちがいるという。

 **「名を持たぬ神に祈る者たち」――旅する信仰者(ノマド・フェイス)**と呼ばれる者たちだ。

◆1 星降る荒野と“祈りの焚き火”
 夜、アヴィスの荒野を進んでいたアメリアたちは、小さな灯に気づいた。

 焚き火の周りに、十数人の男女。
 衣は質素だが、それぞれが首元に“無地の紐”を結んでいる。

 「あれは……“名なき神の印”よ」

 セフェル=ロアが呟く。

 「固有名詞を捨て、ただ“祈る姿勢”だけを信じる集団だ。
 神名を持たず、教義もなく、ただ“想い”を渡り歩く」

 アメリアが近づくと、彼らは微笑んで火を分けてくれた。

 「ここは、誰の祈りでも受け入れる場所です。
 名乗る必要も、信じる理由もいりません。
 ただ、“祈りたい”という心があれば、誰でも座っていい」

 それは、まるで“失われた原始信仰”のようだった。

◆2 なぜ祈るのか、誰のために
 アメリアは、代表者の青年ナジルと会話を交わした。

 「あなたたちは、どこへ行くでもなく、何を目指すでもない。
 それでも、なぜ祈り続けるの?」

 ナジルは、焚き火に手をかざしながら答えた。

 「俺たちは、“祈り”が人をつなげると信じてる。
 神に届かなくてもいい。言葉にならなくてもいい。
 それでも、“誰かが誰かの無事を願った”という事実が、どこかで誰かを支えるから」

 彼らの祈りは、どこかに“返答”を求めるものではなかった。
 “ただ届けたい”――それだけだった。

 夜も更け、アメリアは火を囲む人々に問いかけた。

 「この世界で、神の名前が失われていくことに、恐れはないの?」

 年配の女信仰者が、ふと笑った。

 「名があろうがなかろうが、私たちは“祈ること”をやめない。
 神の名が消えても、“願う力”は消えないのよ。
 神が人を導くのではない。“祈る人の数”こそが、神の形を作っていくの」

◆3 “祈りを盗む者”の再来
 しかしその夜、アメリアたちは異変に気づく。

 焚き火の一部が、真っ黒に変色していたのだ。
 同時に、祈っていた者のひとりが、記憶を失って倒れた。

 「まさか……また“祈りを喰う存在”が……」

 アメリアは結界を展開し、周囲を防御した。

 暗闇の中に、異形の影が浮かぶ。
 祈りの言葉を食らい、記憶と願いを“灰”に変える存在――グレイ・フィーダー。

 「奴は、“信仰の形なき地”に潜む、祈りの亡霊だ」

 セフェルが叫ぶ。

 「姿も、信仰も、すべてを持たぬこの場所は、あいつにとって“祈りの狩場”なんだ」

 アメリアは前へ出る。

 「あなたは祈りを食べる。でも――
 祈りは、消せない。誰かの心に残ったなら、それは生きてる」

 そして、静かに手を合わせた。

 「わたしは、誰かの“祈りの忘れ形見”としてここにいる。
 神の名前ではなく、“祈った者の名”を……ここに返します」

 《帰祷の環(きとうのわ)》が光を放ち、祈りを吸われた人々の“願いの残滓”が蘇る。

 ナジルの目が潤む。

 「思い出した……“母さんが笑ってた時のこと”……! あれは、俺が初めて祈った日だった……!」

 グレイ・フィーダーは叫び声をあげ、夜の空に霧散した。

◆4 祈りは風となって
 翌朝、旅する信仰者たちは再び歩き出した。

 名も、旗も持たずに。

 アメリアはナジルと別れ際、手を握った。

 「もし、あなたたちがどこかで“祈りの形”をまた失いそうになったら、
 その時は、私があなたたちの“神名”を作る」

 ナジルは笑った。

 「それはきっと、俺たちにはもったいない言葉だ。
 でも、“祈った記憶”を誰かが背負ってくれるなら……旅は、終わらない」

 祈りは、風となってまたひとつ、次の土地へ運ばれていった。

――――――――――――――――――――

あとがき
この第17話では、神名を持たないまま祈り続ける“ノマド・フェイス”と呼ばれる人々との出会いを描きました。
彼らは神よりも“祈る心”そのものを信じ、アメリアが旅で出会う“祈りの本質”を再確認する場面でもあります。

📢 応援のお願い
読んでくださり、ありがとうございます。
「いいね」「フォロー」「コメント」で応援していただけると、アメリアの旅はさらに深まっていきます。
どうか、この祈りの旅路をともに歩んでください。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

愛は契約範囲外〈完結〉

伊沙羽 璃衣
恋愛
「カヴァリエリ令嬢! 私はここに、そなたとの婚約を破棄することを宣言する!」 王太子の婚約破棄宣言を笑顔で見つめる令嬢、フェデリカ。実は彼女はある目的のために、この騒動を企んだのであった。目論見は成功したことだし、さっさと帰って論文を読もう、とるんるん気分だったフェデリカだが、ひょんなことから次期王と婚約することになってしまい!? 「婚約破棄騒動を仕向けたのは君だね?」 しかも次期王はフェデリカの企みを知っており、その上でとんでもない計画を持ちかけてくる。 愛のない契約から始まった偽りの夫婦生活、果たしてフェデリカは無事に計画を遂行して帰ることができるのか!? ※本編43話執筆済み。毎日投稿予定。アルファポリスでも投稿中。旧題 愛は契約に含まれません!

令嬢の復讐代行者

渡里あずま
恋愛
大国エスカーダに、他国の外交官の養女・クロエが留学してくる。 クロエの目的は、この国の『真実の愛』に関わった面々への復讐だった。 「『ジャンヌ』の代わりに、俺はアイツらに復讐する。『真実の愛』に関わったアイツらを」 絶望した少女と、彼女を守る為に目覚めた男の物語。 ※※※ 精神的にBL要素があります。苦手な方はご注意を。 ※重複投稿作品※

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

婚約破棄、追放された令嬢ですが、国民全員ついてきました ――国王陛下まで付いてくるのは聞いてません――

ふわふわ
恋愛
王太子から一方的に婚約破棄を言い渡され、 さらに理由も曖昧なまま国外追放を宣告された公爵令嬢カグラ。 ――けれど。 追放当日、彼女の後ろに並んだのは 王城の使用人、騎士、職人、学者、医師、商人、そして民衆。 気づけば、国民のほぼ全員がついてきていた。 「……え? ちょっと待ってくださいませ?」 さらに事態は加速する。 「わしも行くぞ」 そう言って荷物をまとめたのは、まさかの国王陛下本人。 こうして始まったのは、 “追放された令嬢”を中心に人が集まり、 誰にも命じられず、誰にも縛られない―― 前代未聞の共同体づくりだった。 国家でも、反乱でも、理想郷でもない。 制度を作らず、序列を決めず、 「ここにいていいかどうか」を自分で選び続ける場所。 逃げ場ではなく、 「選び直せる場所」を作ろうとするカグラの前に立ちはだかるのは、 ・“前例”として監視し始める周辺諸国 ・選ばれないことへの不安 ・居場所を与えないという残酷な優しさ ・祝うことすら拒む、歪で不器用な共同体の在り方 そして問われる―― 「人は、制度なしに共に生きられるのか?」 これは、ざまぁで終わらない物語。 婚約破棄から始まり、 追放の先で“世界の仕組みそのもの”を揺さぶっていく、 静かで強い、新しい建国譚。 なお、 国王陛下がついてきた理由は―― 最後まで読むと、少しだけ分かります。

断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~

古堂 素央
恋愛
【完結】 「なんでわたしを突き落とさないのよ」  学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。  階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。  しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。  ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?  悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!  黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?

処理中です...