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第22話『灰の記録者、遠き神の名』
しおりを挟む風の神殿《セラエル》が起工されて数日後。
ようやく地に祈りの気配が根づきはじめたその日、
ひとりの“記録者”が、アメリアのもとを訪れた。
彼は全身を灰色の外套で包み、顔すら見えぬまま名を告げた。
「――私は“灰の記録者(アッシュ・スクライバー)”。
かつてこの地で神の名を封じた者たちの、生き残りです」
◆1 記録者の告白
記録者は、焚き火の前で静かに語り始めた。
「百年ほど前、我ら叡智派教団は、神の“不在”を証明しようと試みた。
なぜなら、神に見捨てられた民の嘆きがあまりに大きく、
“神を信じる”というだけで殺される時代があったからだ」
その時代、王都は“信仰の暴走”に疲弊し、神殿同士が信仰の正統を争った。
「我々は、祈りの価値を測ろうとした。
“信じること”が誰かを救えるのか、“祈る”という行為に力があるのか。
だが我らが呼び寄せた神は――応えた」
かつて封じた“風の小神”は、失われたはずの信仰に反応し、
なお祈る者たちを護ろうとした。
「だから我々は、“神がいたこと”を記録して、封じた。
忘れることが、信仰の呪いを断つ唯一の手段だと考えたのだ」
◆2 神を封じた“最後の名”
アメリアは、その記録の存在を求める。
「……神がいた記録を、消すのではなく、継ぐ者に引き渡してほしい」
記録者はアメリアを見つめたまま、静かに問う。
「君は、神を必要としているのか?」
「いいえ。私は、“神を祈った人々の心”が必要なのです。
神そのものではなく、誰かを想い、名を呼んだ記憶を、次の世代に残したい」
記録者は、しばし沈黙し――懐から一冊の書を取り出した。
それは、封印された神の“最後の名前”を記した書だった。
名前は既に読めぬよう墨で塗りつぶされ、記録そのものが“欠落の象徴”になっていた。
「君に託す。
この書は、神の名前ではなく、“名前を消された記憶”を継ぐ書だ」
◆3 アメリアの覚悟
夜、アメリアは書を灯火の前で開いた。
読み取れない文字の羅列、破られた頁、穴の開いた紙面――
それでも確かに、そこに何かが“祈られた記録”として残っている。
「これは……“消すことすら叶わなかった信仰”」
サラが思わず呟いた。
「どうして、こんなふうに……」
「記録とは、存在の証。
でも、祈りは消えても、想いが残るなら――それは“名前のない神”として、今も息づいている」
アメリアは、灰の記録者に深く頭を下げた。
「この地に、もう一度“声を奪われた神”の祈りを灯します。
それが、神を持たない聖女としての――私の責務です」
◆4 再起する祈りと、名のない祠
翌朝、神殿の東の小丘に、新たな祠が建てられた。
名はない。象徴もない。ただ、小さな灯籠と水鉢があるだけ。
だが、そこには一つの文が刻まれていた。
「この地に名はない。
この神に形はない。
けれど、祈りがあった。
忘れ去られたその心が、今ここに在る」
訪れた者たちは、自然と手を合わせた。
名前を呼ばずとも、ただ“誰かを想って”祈る。
それが、この祠の意味だった。
◆5 風は再び、神の名を超えて
その日以降、《風の神殿セラエル》は“記録なき神の地”として、
巡礼者たちに知られていくことになる。
神を信じる者も、信じぬ者も。
名前を捧げる者も、黙って祈る者も。
すべての祈りが、風に乗ってこの神殿に集う。
神の名は必要ない。けれど、祈りは確かに届く。
アメリアは、風の中で目を閉じた。
「……名がなくても、届くと証明したい。
この世界に、まだ“祈る価値”があると、伝えたい」
風が静かに頷くように、神殿の鐘が――またひとつ鳴った。
――――――――――――――――――――
あとがき
第22話では、かつて神を封じた者たちの記録と、アメリアの“祈りを継ぐ覚悟”が描かれました。
神の名を忘れた地に、もう一度“名のない祈り”を灯すことで、記録すらも信仰として昇華していく――。
記録者と聖女、両者が交差する象徴的な回となりました。
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