婚約破棄はご褒美でした〜異世界でスイーツ職人始めます〜

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第38話:そっと触れる日常

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 昼過ぎ。

 店は今日もたくさんのお客さんで賑わっていた。

 

 「これ、昨日のケーキですか?」

 

 「ええ。今日はちょっとだけ中に入れるスパイスを変えてみたんです」

 

 「まあ、楽しみ!」

 

 笑顔を交わすたび、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

 こんな風に人と人が笑い合う場所を作れるなんて、あの頃の自分はきっと想像もしていなかった。

 「……どこに置けばいい?」

 

 低い声に振り返ると、そこにはいつものようにレオニードが立っていた。

 

 大きな手には皿がいくつも載っていて、それをどう置こうか迷うようにわずかに肩を竦めている。

 

 「こっちの台の上で大丈夫ですよ。ありがとう、助かります」

 

 自然に言葉が出てきた。

 

 (前はお互いにこんな風に自然に話すこともなかったのに……)

 

 胸の奥が少しだけくすぐったくなった。

 店の賑わいが落ち着いたのは、夕方を少し過ぎた頃だった。

 

 子どもたちは帰り、町の婦人たちも笑顔で手を振って帰っていく。

 

 「やっと、少し静かになりましたね」

 

 私がそう言うと、レオニードは無言で小さく頷いた。

 

 不思議とその沈黙が心地よかった。

 二人で片付けをしていると、ふと同じ皿に同時に手を伸ばし、指先がそっと触れ合った。

 

 「……あっ」

 

 思わず声が漏れる。

 

 するとレオニードは少しだけ肩を強張らせ、それからそっと手を引っ込めた。

 

 「……すまない」

 

 「いえ……私こそ……」

 

 お互いに目を逸らし、わずかに気まずい沈黙が落ちる。

 

 でもそのすぐ後、そっとまた視線が重なった。

 (どうして……こんなに、息が苦しいのかしら)

 

 目が合うだけで胸の奥がくすぐったく熱くなり、自然と呼吸が浅くなる。

 

 けれどそれは決して嫌なものじゃなくて。

 

 むしろずっとこの時間が続けばいいのに――そんな風に思ってしまうほどだった。

 しばらくして、レオニードがそっと私の手から皿を受け取った。

 

 「……もう、お前は休め」

 

 「え?」

 

 「今日は俺が最後までやる」

 

 そのぶっきらぼうな言葉が、なんだかひどく優しくて、胸がまたどきんと跳ねた。

 「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 小さく笑って見せると、レオニードはわずかに口元を緩め、そっと視線を逸らした。

 

 (その顔が……好き)

 

 胸の奥にそっと手を当て、小さく息を吐く。

 気づけば、二人でこうして過ごすことが当たり前になっていた。

 

 何も言わなくても通じ合う時間。

 

 店に漂う甘い匂いの中で、視線が重なり、またそっと逸れて――それでも胸の奥はずっと柔らかく熱を灯していた。
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