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「基本料金?」
「はい」
よく見ると、妖精の銀髪はウィッグだった。
青い葉っぱの冠はプラスチック製、四方の森はパーテーションに描かれていて、ところどころに冠と同じプラスチック製の枝がぶら下がっている。
葉擦れの音が聞こえないはずだ。
寒気を覚えて腕を擦ると鳥肌が立っていた。
クーラーの温度設定が低い。酔いと眠気でぽかぽかしていた肌が冷え切っている。
妖精が丸いライトの水晶玉に手をかざすと、中に数字が浮かび上がった。
「まだ十五分しか経っていませんので、ほかにもなにかご相談があれば承りますが」
(そうよ、ここは……)
ここは友達と飲んだバーと同じ駅前の大通りにある、占いハウスだ。
友達と別れた後、ひとり暮らしのアパートへ帰る気になれなくて、なんとなく入った菜穂は待ち時間の長さに眠ってしまい、占い師の部屋へ案内されたときには寝ぼけていた。それだけの話だった。
「料金が同じならいただきます」
ひとり暮らしの三十女としては、なるべく損はしたくない。
「今回の想いが恋であってもなくても、いつかあなたの恋が幸せな結末を迎えることをお祈りしています」
菜穂が差し出した両手に、妖精──タロット占い師のアスル・オハがイヤリングを落とすと、水晶玉が色を変えて瞬いた。単なる機械のプログラムにすぎないのだろうが、なんだか魔法のように見えた。
占いハウスを出たのは夜の十一時すぎ、ライティングされた駅前の大通りが賑わっていた。市の中心地には夏の湿った熱気が満ちている。
(終電はもう出たから、タクシーね)
田舎の終電は早い。タクシー乗り場は特に盛況で、かなり待つ必要がありそうだ。
酔っ払いに混じって待つのは辛い。自分も今は酔っ払いだけれど。
菜穂は商店街に目を向けた。アーケードの照明は消え、薄暗い常夜灯しかない。
東へ延びる商店街は、駅を囲んで大きなホテルやデパートが立ち並ぶ繁華街と、菜穂の勤める会社があるオフィス街をつないでいる。会社帰りの人間が主な客層のため一部の飲食店を除いて閉店が早い。
(将馬亭は十二時までだから、まだ開いてる)
しゃらん。
アスル・オハの部屋でつけてきた、ガラスのイヤリングが揺れて鳴る。
もちろん占いなど信じていない。そもそもあれが占いだったのかどうか。
(三千円で新しいイヤリングを買ったと思おう)
最後の独身友達が結婚してしまったし、占いハウスは変な場所だった。
だからお気に入りの店で大好きなラーメンを食べて、自分を癒す。
「うん、どこもおかしくない」
ひとりごちて、菜穂は自分の格好を見下ろした。
マスタード色のワンピースに、オレンジ色のボレロ。パステルで描いたような薄くやわらかな色合いで気に入っている。
真珠のイヤリングとネックレスはハンドバッグにしまって、引き出物のカタログが入った紙袋に突っ込んだ。そのとき化粧ポーチを出して、口紅は塗り直した。
(ラーメン食べたら取れちゃうかな)
スタイルを変えたりアクセサリーを飾ったり出来ない短い髪は、こういうとき悲しい。
とりあえず商店街へ向けて歩き出す。
恋の魔法なんてありえない。このイヤリングをつけていたからといって、なにかが起きるはずもない。そう自分に言い聞かせながらも、菜穂は胸の鼓動が速まるのを止められなかった。
もしかしたら自分は、本当に将馬亭の店長に恋しているのかもしれない。
──名前も知らない彼に。
「はい」
よく見ると、妖精の銀髪はウィッグだった。
青い葉っぱの冠はプラスチック製、四方の森はパーテーションに描かれていて、ところどころに冠と同じプラスチック製の枝がぶら下がっている。
葉擦れの音が聞こえないはずだ。
寒気を覚えて腕を擦ると鳥肌が立っていた。
クーラーの温度設定が低い。酔いと眠気でぽかぽかしていた肌が冷え切っている。
妖精が丸いライトの水晶玉に手をかざすと、中に数字が浮かび上がった。
「まだ十五分しか経っていませんので、ほかにもなにかご相談があれば承りますが」
(そうよ、ここは……)
ここは友達と飲んだバーと同じ駅前の大通りにある、占いハウスだ。
友達と別れた後、ひとり暮らしのアパートへ帰る気になれなくて、なんとなく入った菜穂は待ち時間の長さに眠ってしまい、占い師の部屋へ案内されたときには寝ぼけていた。それだけの話だった。
「料金が同じならいただきます」
ひとり暮らしの三十女としては、なるべく損はしたくない。
「今回の想いが恋であってもなくても、いつかあなたの恋が幸せな結末を迎えることをお祈りしています」
菜穂が差し出した両手に、妖精──タロット占い師のアスル・オハがイヤリングを落とすと、水晶玉が色を変えて瞬いた。単なる機械のプログラムにすぎないのだろうが、なんだか魔法のように見えた。
占いハウスを出たのは夜の十一時すぎ、ライティングされた駅前の大通りが賑わっていた。市の中心地には夏の湿った熱気が満ちている。
(終電はもう出たから、タクシーね)
田舎の終電は早い。タクシー乗り場は特に盛況で、かなり待つ必要がありそうだ。
酔っ払いに混じって待つのは辛い。自分も今は酔っ払いだけれど。
菜穂は商店街に目を向けた。アーケードの照明は消え、薄暗い常夜灯しかない。
東へ延びる商店街は、駅を囲んで大きなホテルやデパートが立ち並ぶ繁華街と、菜穂の勤める会社があるオフィス街をつないでいる。会社帰りの人間が主な客層のため一部の飲食店を除いて閉店が早い。
(将馬亭は十二時までだから、まだ開いてる)
しゃらん。
アスル・オハの部屋でつけてきた、ガラスのイヤリングが揺れて鳴る。
もちろん占いなど信じていない。そもそもあれが占いだったのかどうか。
(三千円で新しいイヤリングを買ったと思おう)
最後の独身友達が結婚してしまったし、占いハウスは変な場所だった。
だからお気に入りの店で大好きなラーメンを食べて、自分を癒す。
「うん、どこもおかしくない」
ひとりごちて、菜穂は自分の格好を見下ろした。
マスタード色のワンピースに、オレンジ色のボレロ。パステルで描いたような薄くやわらかな色合いで気に入っている。
真珠のイヤリングとネックレスはハンドバッグにしまって、引き出物のカタログが入った紙袋に突っ込んだ。そのとき化粧ポーチを出して、口紅は塗り直した。
(ラーメン食べたら取れちゃうかな)
スタイルを変えたりアクセサリーを飾ったり出来ない短い髪は、こういうとき悲しい。
とりあえず商店街へ向けて歩き出す。
恋の魔法なんてありえない。このイヤリングをつけていたからといって、なにかが起きるはずもない。そう自分に言い聞かせながらも、菜穂は胸の鼓動が速まるのを止められなかった。
もしかしたら自分は、本当に将馬亭の店長に恋しているのかもしれない。
──名前も知らない彼に。
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