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「あざーっした!」
将馬亭に入るなり榊に頭を下げられて、菜穂は首を傾げた。
青年は隣に立つ、さっきの切れ長の目をした美女を手で指し示す。
「俺のカノジョの青葉ちゃん、田崎青葉です。今、夏風邪で声が出せないんで、俺が代わって紹介します」
ああ、と菜穂は頷いた。それで無言だったのか。
白いシャツに黒いタイトスカート、少し無表情な感のある田崎が軽くお辞儀する。
榊は目の大きいウサギが描かれたカラフルなTシャツを着ていた。
静と動、カウンターの前に並ぶふたりは、なんとなくアンバランスだ。
悪い、と断り、将馬はひとり厨房へ入っていく。
「初めまして、朝霞菜穂です。……えーっと」
「店長の恋人」
どう言おうかと菜穂が悩んでいる間に、榊が彼女に告げた。
仕方がないので言葉を続ける。
「はい、えっと、そういう感じです」
菜穂を見つめる田崎の顔色が変わった。
(……将馬くんの恋人には、相応しくないって思われたのかな)
榊が自分の耳のピアスを指差す。
「あれ? ガラスのイヤリング、どうしちゃったんスか? そういえば昨日もつけてらっしゃいませんでしたけど、飽きちゃいました?」
「ううん。家で落としてね、割っちゃったの」
将馬からの電話を切った後、掃除機で吸い取るのが忍びなくなって、ガムテープで取ってピルケースに仕舞った。今もバッグに入れて持ち歩いている。
「それは残念でしたね。お気に召さないってことはなかったですか?」
「え、ええ? 可愛いし、揺れるとしゃらしゃら鳴るのが好きだったわ」
榊は満面に笑みを浮かべて田崎の背中を叩いた。
「良かったね、青葉ちゃん」
彼女は頬を赤らめて、彼を睨みつけた。
(どうしたのかな?)
「あ、ごめんなさい。実はあのイヤリング、青葉ちゃんが作ったんです」
「そうなの?」
「はい。青葉ちゃん、アクセサリー作る学校に通ってるんです。プライベートでもアクセサリー作って、バイト先の占いハウスでお客さんにあげてるんですよ」
「占いハウス?」
田崎は真っ赤になって俯いている。
「イエス! タロット占い師のアスル・オハとは青葉ちゃんのことなんです」
「そ、そうだったの」
「あそこって冷房キツイでしょう? そのせいで夏風邪ひいちゃったっていうのに、熱が下がったからって無理に出勤して声まで出せなくなって。同僚だって休まれるより病気うつされるほうが困……痛っ! 暴力はダメだろ、青葉ちゃん」
頬を膨らませた田崎が、榊から顔を背けている。
どうやら菜穂の見えない場所で抓るか殴るかしたようだ。
髪の色も服装も普通だったけれど、よく見れば確かに彼女はあの妖精だった。
榊が溜息をついた。
「占いハウスの休憩室で待っててくれれば良かったのに、夏風邪がぶり返した体で無理して来るし」
(そっか……)
携帯に目をやっていたのは、メールで到着を伝えるためだろう。将馬の胸に飛び込んだように見えたのは、三人組から逃げようとしたのもあるにしろ、熱でふらついたのが大きな理由に違いない。すらりとした彼女の体躯は今も少し安定を欠き、ときおり榊につかまっていた。そのたび榊は手を伸ばして、田崎の手を支える。
服装も雰囲気もまるで違うけれど、ふたりはお似合いなのだと菜穂は思った。
「榊、田崎さん」
将馬が厨房から顔を出す。
「タクシー来たから、勝手口のほうへ回ってくれ」
ふたりのためにその準備をしていたらしい。
榊たちは彼に向かって頭を下げた。
「あざーっす!」
「菜穂」
「はい」
「すぐ戻ってくるから、そこらに座って待っててくれ。ふたりを見送って、勝手口に鍵かけてくる」
「あ、はい……」
二階で待っていろと言われなかったことが、少し寂しい。
最後にもう一度菜穂にも頭を下げて、榊たちは帰っていった。
将馬亭に入るなり榊に頭を下げられて、菜穂は首を傾げた。
青年は隣に立つ、さっきの切れ長の目をした美女を手で指し示す。
「俺のカノジョの青葉ちゃん、田崎青葉です。今、夏風邪で声が出せないんで、俺が代わって紹介します」
ああ、と菜穂は頷いた。それで無言だったのか。
白いシャツに黒いタイトスカート、少し無表情な感のある田崎が軽くお辞儀する。
榊は目の大きいウサギが描かれたカラフルなTシャツを着ていた。
静と動、カウンターの前に並ぶふたりは、なんとなくアンバランスだ。
悪い、と断り、将馬はひとり厨房へ入っていく。
「初めまして、朝霞菜穂です。……えーっと」
「店長の恋人」
どう言おうかと菜穂が悩んでいる間に、榊が彼女に告げた。
仕方がないので言葉を続ける。
「はい、えっと、そういう感じです」
菜穂を見つめる田崎の顔色が変わった。
(……将馬くんの恋人には、相応しくないって思われたのかな)
榊が自分の耳のピアスを指差す。
「あれ? ガラスのイヤリング、どうしちゃったんスか? そういえば昨日もつけてらっしゃいませんでしたけど、飽きちゃいました?」
「ううん。家で落としてね、割っちゃったの」
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「それは残念でしたね。お気に召さないってことはなかったですか?」
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「良かったね、青葉ちゃん」
彼女は頬を赤らめて、彼を睨みつけた。
(どうしたのかな?)
「あ、ごめんなさい。実はあのイヤリング、青葉ちゃんが作ったんです」
「そうなの?」
「はい。青葉ちゃん、アクセサリー作る学校に通ってるんです。プライベートでもアクセサリー作って、バイト先の占いハウスでお客さんにあげてるんですよ」
「占いハウス?」
田崎は真っ赤になって俯いている。
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頬を膨らませた田崎が、榊から顔を背けている。
どうやら菜穂の見えない場所で抓るか殴るかしたようだ。
髪の色も服装も普通だったけれど、よく見れば確かに彼女はあの妖精だった。
榊が溜息をついた。
「占いハウスの休憩室で待っててくれれば良かったのに、夏風邪がぶり返した体で無理して来るし」
(そっか……)
携帯に目をやっていたのは、メールで到着を伝えるためだろう。将馬の胸に飛び込んだように見えたのは、三人組から逃げようとしたのもあるにしろ、熱でふらついたのが大きな理由に違いない。すらりとした彼女の体躯は今も少し安定を欠き、ときおり榊につかまっていた。そのたび榊は手を伸ばして、田崎の手を支える。
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「榊、田崎さん」
将馬が厨房から顔を出す。
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ふたりのためにその準備をしていたらしい。
榊たちは彼に向かって頭を下げた。
「あざーっす!」
「菜穂」
「はい」
「すぐ戻ってくるから、そこらに座って待っててくれ。ふたりを見送って、勝手口に鍵かけてくる」
「あ、はい……」
二階で待っていろと言われなかったことが、少し寂しい。
最後にもう一度菜穂にも頭を下げて、榊たちは帰っていった。
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