恋の魔法は耳で揺れ

キマメ

文字の大きさ
36 / 40

36

しおりを挟む
 しばらくして戻ってきた将馬は、カウンターの向こうに座った。
 客席に座った菜穂とは、カウンターで隔てられている。
 形の良い額、吊り上がった眉に通った鼻筋、浅黒い肌に薄い唇──丸一日会っていないだけの恋人の顔を食い入るように見つめてしまう。

「……なあ」

 彼は視線を逸らし、低い声で尋ねてきた。

「アイツらに、どこまで聞いた?」
「え?」
「占いがどうこうってヤツ」
「あの田崎さんが占いハウスで働いてるってことなら聞いたわ。……実はね、先週ここに来る前に、わたし彼女に占ってもらったの」

 耳に手をやる。すべてはあのガラスのイヤリングから始まった。

「……知ってる」
「そうなんだ。榊くんに聞いてたの?」
「ああ。田崎さんが榊にメールして、アイツが俺にメールしてきて、だからあのとき俺は店の外に出たんだ」

 そういえば店から出てきた将馬は、手に携帯を持っていた。

(え、じゃあ……?)

 菜穂は俯いて、両手で顔を覆った。燃え上がりそうなほど熱い。
 将馬亭の店長が気になるという発言は、田崎から榊を通して本人に伝わっていたのだろうか。とんでもないプライバシーの侵害だ。

「ふたりを責めないでやってくれ。アイツらは俺の気持ちを知ってたから、それでつい、いらないお節介をしたんだ」
「将馬くんの気持ち……?」

 そっと視線を上げると、真っ赤になって俯いている彼が見えた。
 体が大きいので、背中を丸めていても顔がわかる。

「……好きなんだよ」

 怒ったように将馬は答えた。

「俺は、先週の金曜日なんかよりずっと前から、あんたのことが好きだったんだよ。だから田崎さんはあの日、教えてくれたんだ。あ、一応言っとくが、あんたの名前や占いの内容なんかは聞いてないぜ。あんたが来るって直接言われてもない」

 一応プライバシーは守られていたらしい。

「じゃあなんて言われたの?」
「これからしばらく外に出てたら、いいことがあるかもって。俺は占いとか信じてねえけど、田崎さんがインチキしてるとは思ってない。アクセサリーにかかった恋の魔法ってのは、一歩踏み出すための気合みたいなもんだろ?」

 彼は顔を上げて菜穂を見つめ、照れくさそうに微笑んだ。

「最初はアイツらが、俺の好きな酒でも持ってきてくれるのかと思ってたんだ。けどあんたが、恋の魔法のかかったイヤリングで気合を入れて、ほかのだれでもない俺に会いに来てくれて、すげえ嬉しかった」

 榊が練習作をつけてくるので、将馬はアクセサリーのデザインを知っていた。
 それが菜穂の耳で揺れているのを見て、状況を悟ったのだという。

「どうして?」

 尋ねると、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をする。

「どうしてって、好きな相手が自分を好きだってわかったんだ、嬉しいだろ」
「そうじゃなくて、だって、わたしたちあの夜まで、お客と店長がする以上の会話なんて、したことなかったじゃない。どうして、わたしを好きになったの?」

 菜穂は平凡な見た目だし、人を惹きつけるものも持ってない。
 彼の言葉を信じられなかった。

「知らねえよ」

 将馬は不機嫌そうに口を尖らせた。

「好きになる理由なんて、自分自身にだってはっきりわかりゃしない。初対面の印象は最悪だったしな。ラーメン屋に来て、ラーメンは苦手とかぬかしてたんだから」
「ご、ごめんなさい」
「でも……そうだな」

 将馬の顔がほころんだ。

「苦手って言ってたくせに、食べ終わるころには幸せそうに笑ってた。あの笑顔に惚れたのかもしれない」
「そんな、みんな将馬くんのラーメンを食べたら幸せな顔になるでしょ?」
「ありがとよ。確かにみんな美味いって言ってくれる。でもなんか、あのときのあんたの笑顔は特別だったんだ。……一目惚れ、ってヤツだったのかな。それからたまに来てくれるようになって、元気でないときも幸せに笑って、元気なときはさらに幸せな笑顔になってくれるのが、俺はすげえ嬉しかった」

 いつしか毎日菜穂を待ち望むようになったと語る。

「女はヘルシーが好きだからと思って野菜たっぷりヘルシーラーメンを開発したし、ラーメンばっかじゃ飽きるかと思ってメニューも増やした」
「わたしのために?」
「俺があんたに会いたかったからだ。バイトのヤツらにあんたが来ると上機嫌だってからかわれて、やっと自分の気持ちに気づいた。惚れてんだ、って。前に、来るもの拒まずだったのは自分から口説けなかったからだって言ったけど、あんたのことは口説こうとしたんだぜ?」

 菜穂にはまるで覚えがない。

「レジの調子が悪い振りして、レシートの裏にメアド書いて渡そうとしたんだ。でもあんた、レシートはいりませんって言うんだもんな」
「そうだったの……」
「おう。去るもの追わずじゃねえのも、あんたにだけだ。俺を見習って家計簿つけ始めたって言われたときは複雑だったぜ。いつほかの男がレシートの裏にメアドを書いて、あんたに渡すかわからねえからな」
「わたし、そんなにモテない」
「わかるもんか。少なくとも俺には、あんたは世界で一番可愛い女だ。……菜穂」

 将馬は立ち上がり、カウンター越しに体を寄せてきた。
 汗ばんだ体から雄の匂いがする。
 耳の横に顔を寄せて囁く。

「……昨日から、すげえ不安だった」
「今日のお昼に行かなかったから?」
「いや、あんたの耳にあのイヤリングがなかったからだ。俺に飽きて、恋の魔法が必要なくなったのかと思った」
「榊くんたちには話したんだけど、壊しちゃったの」
「知ってる。それは……厨房でタクシー呼びながら盗み聞きした」
「ふふっ。将馬くんは悪い子ね」
「ああ、だから年上の恋人に躾けてもらわねえと」

 年下の恋人は、菜穂の耳を軽く噛んだ。
 そこにまた、魔法でもかけるかのように。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

処理中です...