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ギシギシ唸る木の階段を上がるのは、やはり実家を思い出して気恥ずかしい。
前を行く広い背中、紺色の作務衣の下で肩甲骨が動く。
短く刈った黒い髪は手ぬぐいを外されて、露わになっていた。
プライベートの時間だ。
菜穂は唾を飲み込み、黒ずんだ階段に目を落とした。
着替えを入れたトートバッグは、将馬が運んでくれている。
「あ」
急に彼が止まったので、俯いていた菜穂はぶつかってしまった。
「悪い、大丈夫か?」
「ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてたの」
「ふうん」
振り返った彼は、意味ありげな視線を向けてくる。
「将馬くん?」
「待ちきれなくて、エロイこと考えてたってわけか」
「なっ! 違います」
「冗談だ。それよりこれ」
逞しい腕を伸ばして、革で出来た花のキーホルダーを渡してきた。
鍵がふたつついている。
「うちの鍵だ。店のと勝手口のと。今日の昼渡して、夜は二階で待っててもらおうと思ってたんだけど……来ねえし」
「あ、ありがとう。わたし、わたしもアパートの合い鍵持ってきたの」
「本当か?」
「うん。そのバッグに入ってるから取って」
「やだ」
「将馬くん?」
「色気ねえこと言うなよ。そいつは部屋へ行ってから、あんたの手で渡してくれ」
「……階段の途中で渡されるのも、色気がないと思う」
「思い出したら渡したくなったんだから、仕方ねえだろ」
ぷいっと顔を背け、将馬は階段を上がり始めた。
浅黒い首に汗が滴り、短い髪から覗く耳が赤くなっている。
年下の彼氏は甘えん坊で大変だ、と思って、菜穂は微笑んでいる自分に気づいた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
黄ばんだ襖を開けた将馬が、その場に座り込む。
「どうしたの?」
「ウソから出た真ってヤツだ」
彼が指差す畳には、大きな水溜りがあった。妙な異臭もする。
「もしかして、猫?」
「駅前にスペアキー作りに行ったとき、デパートで網戸買っときゃ良かった」
菜穂は広い背中を叩いた。
「将馬くん、早く乾かさなきゃ」
「ああ、そうだな。押入れから雑巾出して、表面の水分吸い取ったらドライヤーかけて消臭スプレー吹いて……もうほっといて、今夜はラブホ行くか?」
「この下はお店と厨房でしょ? 放っておいたせいで畳にしみ込んで、下まで滴り落ちちゃったらどうするの?」
将馬が吹き出す。
「どうしたの?」
「いや、年上のカノジョは頼りになると思ってな」
「わたしは……」
菜穂は彼から視線を逸らした。
なんだか照れくさい。
「将馬くんも将馬くんが作るラーメンも好きだから、お店も大切にしたいの」
「ありがとよ。ちゃんと掃除するから、その前に元気くれ」
顎を引き寄せられ、菜穂は将馬に唇を奪われた。
前を行く広い背中、紺色の作務衣の下で肩甲骨が動く。
短く刈った黒い髪は手ぬぐいを外されて、露わになっていた。
プライベートの時間だ。
菜穂は唾を飲み込み、黒ずんだ階段に目を落とした。
着替えを入れたトートバッグは、将馬が運んでくれている。
「あ」
急に彼が止まったので、俯いていた菜穂はぶつかってしまった。
「悪い、大丈夫か?」
「ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてたの」
「ふうん」
振り返った彼は、意味ありげな視線を向けてくる。
「将馬くん?」
「待ちきれなくて、エロイこと考えてたってわけか」
「なっ! 違います」
「冗談だ。それよりこれ」
逞しい腕を伸ばして、革で出来た花のキーホルダーを渡してきた。
鍵がふたつついている。
「うちの鍵だ。店のと勝手口のと。今日の昼渡して、夜は二階で待っててもらおうと思ってたんだけど……来ねえし」
「あ、ありがとう。わたし、わたしもアパートの合い鍵持ってきたの」
「本当か?」
「うん。そのバッグに入ってるから取って」
「やだ」
「将馬くん?」
「色気ねえこと言うなよ。そいつは部屋へ行ってから、あんたの手で渡してくれ」
「……階段の途中で渡されるのも、色気がないと思う」
「思い出したら渡したくなったんだから、仕方ねえだろ」
ぷいっと顔を背け、将馬は階段を上がり始めた。
浅黒い首に汗が滴り、短い髪から覗く耳が赤くなっている。
年下の彼氏は甘えん坊で大変だ、と思って、菜穂は微笑んでいる自分に気づいた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
黄ばんだ襖を開けた将馬が、その場に座り込む。
「どうしたの?」
「ウソから出た真ってヤツだ」
彼が指差す畳には、大きな水溜りがあった。妙な異臭もする。
「もしかして、猫?」
「駅前にスペアキー作りに行ったとき、デパートで網戸買っときゃ良かった」
菜穂は広い背中を叩いた。
「将馬くん、早く乾かさなきゃ」
「ああ、そうだな。押入れから雑巾出して、表面の水分吸い取ったらドライヤーかけて消臭スプレー吹いて……もうほっといて、今夜はラブホ行くか?」
「この下はお店と厨房でしょ? 放っておいたせいで畳にしみ込んで、下まで滴り落ちちゃったらどうするの?」
将馬が吹き出す。
「どうしたの?」
「いや、年上のカノジョは頼りになると思ってな」
「わたしは……」
菜穂は彼から視線を逸らした。
なんだか照れくさい。
「将馬くんも将馬くんが作るラーメンも好きだから、お店も大切にしたいの」
「ありがとよ。ちゃんと掃除するから、その前に元気くれ」
顎を引き寄せられ、菜穂は将馬に唇を奪われた。
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