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第四話 安井道頓①

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正澄と三成は人払いをして、大阪城内の宿舎で休みをとっていた。

「どうした? 人払いなぞしよって」
「兄上、平兵衛のことだが……」

正澄は三成の言葉を最後まで聞かずに答える。

「良いのではないか? 悪人には思えぬ」

「いや、あの男は何者だ?」

三成が思い出したのは襲い掛かろうと準備していた闘犬を一瞬にして葬った一撃だ。

あの日は七月。
夏となり、蝉の鳴き声が森の木々一つ一つにへばりつき音などは聞こえない。

しかも、刺客は上手く茂みに隠れており、10人ほどいた人間誰一人も気づかなかった。

「これほどまでの強者、天下に名が轟いていないのはおかしくはないか?」

ーー確かにそうだ。かなり実戦慣れしている上に逃げ出すと予想して的中している。

正澄は手元にある水を一口飲んだ。

「兄上、平兵衛の存在……漏らすでないぞ」

正澄は頷いた。

三成にとって強力な手駒が増えたわけである。

「お主、まさか……」

正澄は唇を震わせながら問う。

彼にとっては天下など夢のまた夢。
狙う気もない。ただ、家族と恩がある豊臣家が無事ならばそれでいい。
しかし、弟の三成は間違いなく天下に向かって戦を仕掛ける。
ただ、それは私利私欲によるものではないことだけはわかる。

ーー御恩ある豊臣家を守る

島左近、蒲生旧臣、渡辺勘兵衛、杉江勘兵衛……

武勇に秀でた家臣を集めていたのはそれが理由だ。

三成はガタガタと震える正澄を落ち着かせるために微笑みながら言う。

「兄上、まずは太閤殿下の回復を祈りましょう」


その頃、平兵衛は老婆に手を引かれ、安井邸へと向かっていた。

平兵衛はハッと振り返ると、浪人が商売人に怒鳴りつけている。

「おい、コラ! どう言うつもりや!」

「その子を離せ言うたんや? 聞こえんのか?」

ーー喧嘩か?

奴隷として人身売買されるであろう少女が縄で縛られている。

「はぁ? こんな小銭で買えるか!? ボケ!」

と叫び、浪人が小銭を男に見せつけた瞬間。
高い音を立てながら、小銭が吹き飛んでいく。

ーーな、何が起こったんや?

浪人が振り返ると、平兵衛が短筒を構えている。

「帰りな。次は頭を打ち抜くそ」

浪人は冷や汗をかきながら

「ここは太閤さんの土地や! 短筒ぶっ放しよって! 捕まえたる」

と言うと、

「捕まえたる? ワイが安井道頓と知ってのことか?」

男が返す。

「え、アンタが!?」

浪人は顔を真っ青にして、逃げ出す。

「んひぃ! 申し訳ございません」

道頓は少女の頭を撫でながら言う。

「もう大丈夫や。うち来て、美味しいもん食べよ? 団子でええか?」

「ボン、よくやった!」

老婆が叫ぶと、道頓は振り返る。

「婆ちゃん、見てたんか?」
「ああ。ちなみにアンタを助けたんは三成さんところの平兵衛さんや」
「おお、さよか、さよか」
「太閤さんを守りに来はった方や! 綺麗なん着せたってや……」

老婆が少女を見る。

「この子にも、おべべ着せたらなあかんな。よう見たら、べっぴんはんやないの?
平兵衛さん、太閤さんの息子さんに会わせてあげたら?」

ーーおいおい、勝手に決めるな。

と、平兵衛は思うが、同時に

ーー逆らわない方が良さそうだ。

と思い、彼は頷いた。

ーー太閤という男は知らないが、まぁ石田三成という男はこの子を無碍にはしないだろう。

平兵衛はそう思っていると、道頓が和かにやって来る。

「さよか! 三成はんのお仲間とこの子のために酒宴せなあかんな!」

そう言うと、大阪の民衆が湧き出す。

そして、道頓が周囲の人間に向かって言う。

「よろしい! 今日は祭りをするで!」

ーーな、なんだ? コイツは?

平兵衛は道頓と大阪の民衆の勢いに押されていた。






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