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第三十六話 始まる
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最後の軍議である。
東軍の武将たちは集まり、本多忠勝が話している。
本来ならこの場に加藤嘉明、細川忠興がいただろう。
しかし、今はいない。
予想の歯車は確実に狂い始めている。
しかも、西軍は先に関ヶ原の地に辿り着き、完全に包囲されたかたちとなっている。
しかし、誰も口には出さないが、小早川秀秋と毛利輝元、吉川広家は確実に裏切る。
ーー天下を左右する戦……三成たちにできる度量はないと毛利輝元は考えているはず。この戦に勝ちさえすれば中国と四国の大部分はひっくり返るはずだ。
しかし、徳川家康は気づいている。
ーーここまでワシを追い詰める人物。奴らは二の矢がないわけがない。
彼は天下人である。
薄々は島津義久を中心とした第二陣が控えていることに気づかないわけがない。
短気な家康は本来ならば、上手くことが運ばなかった時、苛立ちを隠そうとしない。
しかし、今はその先にある恐怖を感じ始めている。
自分の死だけなら、まだ受け入れられる。
だが、息子たちとここまで尽くしてくれた家臣たちを失うことに恐怖を覚えている。
ーー初めて、破滅に繋がる敗北となるのか?
「家康様、心配なされるな。今まで通り勝つまででございます」
本多忠勝は戦の構図を見ながら冷や汗をかいている家康を励ました。
彼の声は勇ましい。
西軍の攻勢が伝えられる度に東軍は空中分解になりかけたが、忠勝の言葉により踏みとどまっている。
家康は笑みを作るが、その表情に説得力はない。
他の九州から参戦した大名はすでに血の気は引いている。
九州はすでに西軍により支配されている。
この戦に勝たねば破滅することになる。
惨めな敗北が眼前に迫る。
農民に竹槍で刺される姿、罪人として市中に引き回される姿、破滅し一族もろとも死罪となる姿……
それは徳川家康たちとは無縁であった……故に彼の家臣団はリアルに感じることはできなかった。
ーー我らが負けるわけがない!
忠勝たちはそう思っている。
ーーどうあっても天は我らに味方する。
家臣たちの自信と他大名の必死さ……
そして、徳川家康はようやく全てを受け入れた。
ーーワシの天下を信じて闘い、散っていった者のために勝つ。勝たねばならぬ。
ヒリヒリする緊張感。
悟りを開き、家康は微笑み決意する。
ーー真の戦をする時がきたのだ。
十郎と法正が徳川軍を見下ろして見つめる。
「周瑜殿。貴方様の噂は三国で争っている時代より聞いておりました」
法正からの言葉に十郎は頷く。
「正体を気づいておったか? さすがよ」
「はい、此度も完璧な陣形……」
法政の言葉を遮るように十郎は言う。
「だが、分が悪い。さすがは徳川家康よ。私はここを去り、至急佐和山に帰り、正澄殿、直景殿と籠城の策を立てねば」
法正は笑いながら言う。
「士気、兵力、武将個人の力ではそうなるでしょう。しかし、戦はそれ以外の要素もございますこと、お見せ致しましょうぞ」
「お主、何を考えておる?」
「悪の力をとくとお見せ致します。遠くからご覧くださいませ」
法正はそのまま去っていく。
一方で小早川秀秋の焦りは募る。
「松野重元が、行方知れずだと!?」
前方には島津、前田慶次、大谷勢といった屈強な軍勢がいる。
共に徳川家康につく予定だった脇坂安治たちが大坂に戻った今、秀秋自身が討死する可能性もある。
しかも、重元がどこにいるのかわからない。
秀秋は東軍への参加を勧めた稲葉正成、平岡頼勝の二人を呼んだ。
「どうなっておる? これは?」
頼勝が平伏しながら話し始めた。
「い、いや、戦が始まれば……」
「前田利益、島津義弘、士気が高い大谷勢。此奴らを相手に勝てるか?」
ーー勝てるわけがない!
しかも、九州は西軍の手に落ちて帰る場所はない。
秀秋は頼勝を蹴り上げ、馬乗りになって殴り始める。
彼の血が正成にかかり、ようやく、全てを理解した。
ーー間違えた。仕える主君も何もかもを。
頼勝の顔が腫れて赤く膨らんでいく。
「頼勝、正成、もし負けたら死ぬまで殴ったるでよ。覚悟しとけ」
秀秋は殴り疲れ、そのまま去っていく。
兵士たちが震え始める。
一方で、
前田慶次、島津義弘、レオニダスの三人はこれまでの自分たちが関わってきた戦の話に花を咲かせていた。
「ほう、300で数万の兵を?」
レオニダスの話は俄かに信じがたいが、彼の身体には無数の傷があり、その功績が真実であると物語っていた。
「これじゃあ、一人で金吾ぶっ潰してしまうな!」
戦うことに生涯を費やしてきた彼らはすでに友として会話している。
絶対的に不利な戦こそ彼らの腕の見せ所であり、この大規模な戦に参加できたことが既に嬉しくて堪らないのである。
「おお、始まるぞ」
三成が全軍に檄を飛ばす。
十万近い軍勢を前に三成は言う。
「よく聞いてくれ! 此度は皆、よく集まってくれた! 豊臣家の不徳によりよく思わない者もいよう。それは太閤殿下に代わり、私が謝ろう。しかし、皆もわかるよう世は安定した。この世を保ちたい。皆、力を貸してくれぬか? もう戦で泣かぬ世!我々で再び作ろう!」
兵士たちの士気が高まる。
大軍の足音が聞こえ、天下分け目の戦が始まる。
東軍の武将たちは集まり、本多忠勝が話している。
本来ならこの場に加藤嘉明、細川忠興がいただろう。
しかし、今はいない。
予想の歯車は確実に狂い始めている。
しかも、西軍は先に関ヶ原の地に辿り着き、完全に包囲されたかたちとなっている。
しかし、誰も口には出さないが、小早川秀秋と毛利輝元、吉川広家は確実に裏切る。
ーー天下を左右する戦……三成たちにできる度量はないと毛利輝元は考えているはず。この戦に勝ちさえすれば中国と四国の大部分はひっくり返るはずだ。
しかし、徳川家康は気づいている。
ーーここまでワシを追い詰める人物。奴らは二の矢がないわけがない。
彼は天下人である。
薄々は島津義久を中心とした第二陣が控えていることに気づかないわけがない。
短気な家康は本来ならば、上手くことが運ばなかった時、苛立ちを隠そうとしない。
しかし、今はその先にある恐怖を感じ始めている。
自分の死だけなら、まだ受け入れられる。
だが、息子たちとここまで尽くしてくれた家臣たちを失うことに恐怖を覚えている。
ーー初めて、破滅に繋がる敗北となるのか?
「家康様、心配なされるな。今まで通り勝つまででございます」
本多忠勝は戦の構図を見ながら冷や汗をかいている家康を励ました。
彼の声は勇ましい。
西軍の攻勢が伝えられる度に東軍は空中分解になりかけたが、忠勝の言葉により踏みとどまっている。
家康は笑みを作るが、その表情に説得力はない。
他の九州から参戦した大名はすでに血の気は引いている。
九州はすでに西軍により支配されている。
この戦に勝たねば破滅することになる。
惨めな敗北が眼前に迫る。
農民に竹槍で刺される姿、罪人として市中に引き回される姿、破滅し一族もろとも死罪となる姿……
それは徳川家康たちとは無縁であった……故に彼の家臣団はリアルに感じることはできなかった。
ーー我らが負けるわけがない!
忠勝たちはそう思っている。
ーーどうあっても天は我らに味方する。
家臣たちの自信と他大名の必死さ……
そして、徳川家康はようやく全てを受け入れた。
ーーワシの天下を信じて闘い、散っていった者のために勝つ。勝たねばならぬ。
ヒリヒリする緊張感。
悟りを開き、家康は微笑み決意する。
ーー真の戦をする時がきたのだ。
十郎と法正が徳川軍を見下ろして見つめる。
「周瑜殿。貴方様の噂は三国で争っている時代より聞いておりました」
法正からの言葉に十郎は頷く。
「正体を気づいておったか? さすがよ」
「はい、此度も完璧な陣形……」
法政の言葉を遮るように十郎は言う。
「だが、分が悪い。さすがは徳川家康よ。私はここを去り、至急佐和山に帰り、正澄殿、直景殿と籠城の策を立てねば」
法正は笑いながら言う。
「士気、兵力、武将個人の力ではそうなるでしょう。しかし、戦はそれ以外の要素もございますこと、お見せ致しましょうぞ」
「お主、何を考えておる?」
「悪の力をとくとお見せ致します。遠くからご覧くださいませ」
法正はそのまま去っていく。
一方で小早川秀秋の焦りは募る。
「松野重元が、行方知れずだと!?」
前方には島津、前田慶次、大谷勢といった屈強な軍勢がいる。
共に徳川家康につく予定だった脇坂安治たちが大坂に戻った今、秀秋自身が討死する可能性もある。
しかも、重元がどこにいるのかわからない。
秀秋は東軍への参加を勧めた稲葉正成、平岡頼勝の二人を呼んだ。
「どうなっておる? これは?」
頼勝が平伏しながら話し始めた。
「い、いや、戦が始まれば……」
「前田利益、島津義弘、士気が高い大谷勢。此奴らを相手に勝てるか?」
ーー勝てるわけがない!
しかも、九州は西軍の手に落ちて帰る場所はない。
秀秋は頼勝を蹴り上げ、馬乗りになって殴り始める。
彼の血が正成にかかり、ようやく、全てを理解した。
ーー間違えた。仕える主君も何もかもを。
頼勝の顔が腫れて赤く膨らんでいく。
「頼勝、正成、もし負けたら死ぬまで殴ったるでよ。覚悟しとけ」
秀秋は殴り疲れ、そのまま去っていく。
兵士たちが震え始める。
一方で、
前田慶次、島津義弘、レオニダスの三人はこれまでの自分たちが関わってきた戦の話に花を咲かせていた。
「ほう、300で数万の兵を?」
レオニダスの話は俄かに信じがたいが、彼の身体には無数の傷があり、その功績が真実であると物語っていた。
「これじゃあ、一人で金吾ぶっ潰してしまうな!」
戦うことに生涯を費やしてきた彼らはすでに友として会話している。
絶対的に不利な戦こそ彼らの腕の見せ所であり、この大規模な戦に参加できたことが既に嬉しくて堪らないのである。
「おお、始まるぞ」
三成が全軍に檄を飛ばす。
十万近い軍勢を前に三成は言う。
「よく聞いてくれ! 此度は皆、よく集まってくれた! 豊臣家の不徳によりよく思わない者もいよう。それは太閤殿下に代わり、私が謝ろう。しかし、皆もわかるよう世は安定した。この世を保ちたい。皆、力を貸してくれぬか? もう戦で泣かぬ世!我々で再び作ろう!」
兵士たちの士気が高まる。
大軍の足音が聞こえ、天下分け目の戦が始まる。
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