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第三十七話 先手

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ーー福島正則に先陣切らせてはいけない。

井伊直政と松平忠吉は急ぎ馬を走らせた。
特に直政は焦っていた。
周囲から味方になるはずだった京極高次を暗殺した疑いをかけられている。

ーー落ちた信頼を取り戻さねば。

そして、この戦は徳川と豊臣であると暗に示すため家臣である自分が先頭に立たねばならない。

しかし、福島正則と本多忠勝は気づく。

ーーおかしい……宇喜多と島津が動かない?

忠勝は急ぎ、直政に止まるように伝令を送るが、すでに遅かった。

直政と忠吉の軍は福島正則を出し抜き、宇喜多島津の軍のもとに向かう。

「我らが先陣! 徳川の天下であると証明いたしましょう!」

直政は忠吉を家康のように勇敢でリーダーシップを持った人物であると感じ微笑む。

ーー勇ましくなられた。

史実の関ヶ原でも忠吉は勇敢に闘い、島津義弘などの猛将と互角に張り合い、戦功を挙げている。

しかし、その勇敢さはあの男の前では無に近い。


石田三成と島左近が突進してくる直政と忠吉の部隊を見ながら冷静な口調で話している。

「三成殿、予想通りですな」

三成は何度も関ヶ原を繰り返しており、直政が他を出し抜いて突撃してくることはわかっている。

正則は周囲を見渡した。

ーー馬房柵?

そして、彼は気づく。

ーー罠だ!

「直政殿! お待ちください!」

直政は正則の命令など聞かない。
実質、徳川家康にとって豊臣恩顧の武将は敵に等しい。

次の瞬間、忠吉が馬から転げ落ちてきた。

「ま、まさか!」

顳顬から血を流した忠吉が笑顔のまま倒れている。

正確に頭を撃ち抜かれている。
薄暗い森の中から1キロ先の獲物を狩ることができた平兵衛からしたら、目立つ兜をした武将が平野に現れた時点で確実に暗殺することはできる。

直政が平兵衛の実力を見誤っていたのだ。


ーーな、なんと……

直政は自分の戦略を恥じた。

ーーそうだった。奴らには死神がいたのだ。

次の瞬間、直政は腹部に血が流れていることに気づく。
戦時の興奮状態で痛みはない。
しかし、声が出ない。
引き返して忠勝、正則の軍勢と合流しないと全滅してしまう。
必死に声を出そうと振り絞るが、次の瞬間、次々に赤備え集団が倒れていく。

立ち止まっている間に弓矢と銃の標的にされているのだ。

直政が引き継いだ屈強な武田の兵士たちが次々に倒れていく。

ーー私が積み上げてきたものが無惨に……
長篠のようだ……

そう。長篠の再現をされたのだ。

直政は薄れいく意識の中、思う。

家康の後継者になっても惜しくない忠吉を戦死させてしまったことに悔いはある。

しかし、政則より先に先陣を切り、徳川と豊臣の戦にできたことは次に繋がり、家康への忠義を示すことはできた。

直政はよろめきながら立ち上がり、最後の声を発した。

「死神よ、よくやった! この直政の首を持っていけ!」

彼は自身の首を突き、絶命した。

井伊直政軍は少しでも近づこうとするが、馬房柵と長槍に阻まれ雑賀衆の銃撃に耐えられず、次々と倒れていく。

正則は異常な点に気づく。

ーー火縄ではあのような連射や近接発射はできない。

西軍の雑賀衆は石打ち式の銃に変えていたのだ。

十郎と鈴木重秀たちは言う。

「我らの役目は終わった! 佐和山に退くぞ!」

1000を超える鉄砲隊は戦場から引き上げていく。

序盤で徳川四天王と旧武田兵士がほぼ壊滅状態となったのは予想以上に東軍を浮き足立たせた。

ーーやるしかない!


松尾山にいる秀秋は戦闘開始と共に西軍を攻め立てる。

しかし、三成は事前に情報は掴んでおり、伏兵として平塚為広軍を忍ばせており奇襲されてしまう。

史実通り大谷吉継軍のみで秀秋と戦う。
吉継は死ぬ覚悟ができており兵士一人一人まで、それを理解している。

彼は2000人満たない兵士数で秀秋を圧倒した。

士気の差もあるが、秀秋側の指揮官が小競り合いをすると、逃げ出していく。
今、彼の戦場には文官しかいない。
松野重元、脇坂安治がいない。
前線の指揮はできず次々と打ち破られていく。

仕方なく、松尾山城に逃げ込む秀秋。

平岡頼勝、稲葉正成が顔面蒼白となり秀秋を見ている。

「九州の領土、今はありゃあせん。徳川についたもんの井伊直政と一門の松平忠吉は戦死。なんじゃこりゃ?」

頼勝、正成は冷や汗を掻きながら平伏している。

ーー殺される。

「は、腹を切って詫びます」

頼勝がそう言うと、秀秋が彼を蹴り飛ばし、頭を何度も打ち付ける。

「アホ! アホ! アホが!! おみゃあのやっすい腹切って何とかなるがよ!」

秀吉の陰湿な部分を強く受け継いだ秀秋。

「どうせ、三成に殺されるんや! おみゃあら、全員、殴り殺したるでよ! 並べや」

兵士たちがガタガタと震え始めた。

何度も打ち付けられた頼勝は意識が朦朧としてきた。

しかし、秀秋はやめる様子はない。

「おやめください、殿」


秀秋が声のする方を見ると、松野重元がいた。

「重元ぉ! ワシが悪かったでよ! 太閤殿下に気に入られたお前なら……」

次の瞬間、秀秋は熱い何かを体内に感じた。


ーー刺された?


「小早川家に裏切りという戦略はございません。お引き取りください」

秀秋は家臣に裏切られ、初めて自身の行いを省みた。

ーーワシが間違っとったんか?

だが、もう遅い。

秀秋の意識は遠ざかり、彼岸への道を辿り始めた。

重元は頼勝を見て、

「医師に診せろ。まだ何とかなる。そして、秀秋の首を吉継に見せて降伏せよ。頼勝やここにおる者の士官先は見つけてくれるはずだ」

正成は尋ねる。

「重元殿は何処へ?」


「これより精鋭部隊を率いて、西軍にお味方する」
小早川軍は撤退し、正成は秀秋の首を三成に献上して家臣全員の助命が叶えられた。
平岡頼勝は意識が戻った後に秀秋のために自害しようとするが、三成は気に入り自身の配下とした。


吉継が家臣団に告げる。


「金吾はもう攻めてこれまい。少し休め。おそらく、これは数日に渡る合戦となろう」

大谷吉継軍は隠れるように山の方へ入っていく。

「飯を摂るとするか」

兵士たちは束の間の休息をとり始めた。

雑賀衆が去った後、本格的な戦闘が始まっていく。


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