修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第二章『揺り籠に集う者たち』

第五十六話『暗闇を抜けた先で』

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――フワフワとした、浮遊感があった。

 自分がどこにもいないような、行き場のない漂流を繰り返しているような不安定な感じ。どうして自分がそうなったかを思い出そうとして、俺はすぐに答えにたどり着く。

 右腕付近の魔術神経の損傷、その他全身の魔術神経の疲労。そして何より、脇腹を貫通した刺し傷。今思えば、どうして最後に体が動いたのかが不思議なくらいの重傷っぷりだ。

「……これは、少しやりすぎたか……?」

 ふと、漂流する意識の中でそう口にしてみる。即死級の傷ではないにせよ、治療を誤れば命に関わる不祥な事には間違いはない。俺が今ここにいることが、間違えた先の結末だとしたら――

「……いや、そんな事はあり得ねえか」

 しかし、そんな最悪の想像はすぐに打ち消される。俺の仲間たちが、そんな最悪の結末をみすみす選ぶとは思えなかった。あの二人が負けるところなんて、俺には想像が出来なかった。

「……きて」

 そんな俺の予想を裏付けるかのように、どこかから声が聞こえる。大切な仲間の、悲痛な声。こんなに必死な声なんて、聞いたことがないくらいの声。……俺のために、アイツはこんなにも必死になってくれるのか。その事実が、少しうれしかった。

「……ぶだ。あの……っと、戻ってきてくれるよ」

 少女の焦燥を諫めるかのように、穏やかな声が続いて聞こえる。だけどよく聞くとその声も少しだけ震えていて、その言葉は少女のためだけじゃないことが分かる。

「……心配かけて、ごめんな」

 非戦闘員があそこまでの大立ち回りを見せたんだから、心配したくなるのも無理ない話だよな。二人を安心させるためにも、出来るだけ早く戻ってこないと。

 そう決心した瞬間、意識が目的をもって浮上していくような気がする。暗闇の中、声が聞こえる方に向かって手を伸ばすかのように意識をはっきりと手繰り寄せる。ちょうどそれは、最後あの剣に手を伸ばしたかのように――

「――っは」

「……マルク‼」

 ふっと目が開けて体を起こした瞬間、リリスが俺の名を呼んで抱き着いてくる。思わずまた倒れ込んでしまいそうになったが、どうにか踏ん張ることができた。そんな俺の奮闘なんて知る由もなく、リリスは俺をきつく抱きしめていた。

 ここは……ツバキお手製の影の領域の中、だろうか。あの剣を引き抜いた後に気を失っていたようだが、どうやら命は助かったらしい。かなりギリギリの立ち回りにはなってしまったが、命を懸けただけの価値はあったみたいで何よりだった。

「ほんと、馬鹿なんだから……私が治療術を覚えてなかったらどうするつもりだったのよ……‼」

 俺の無茶を咎めるようなその声は涙ぐんでいて、リリスがどれだけ不安な様子で俺の容態を見守ってくれていたかが分かる。かすかにふるえるその背中に、俺はゆっくりと手を回した。

「……それでも、俺はきっとああしてたよ。お前が苦しんでるのを見続けるくらいなら、少しくらい無茶してその状況を覆しに行く方がよっぽどマシだ」

 仮にタイムリープしたとしても、俺は同じ行動をとり続けるだろう。その周回の中で何度傷を負おうと、最悪の場合死のうとも。あの行動に、後悔なんて一つもなかった。

「……それは、ボク的にも頂けない発言だな。今回ばかりは、どうやら全部丸く収まりそうだけどさ」

 内心俺がそんなことを考えていると、頭上から少し厳しい声が飛んでくる。……ふと見上げれば、ツバキが俺の事を少し厳しい目で見つめていた。

「君はもう、ボクたちにとって絶対に必要な人間なんだ。……だからこそ、自分の命を軽視するような真似は見過ごせないね。ボク達より自分の命が軽いとか、まさかそんなことは思っていないだろう?」

「……それ、は……」

「……ああ、やっぱり少なからず思ってたか。なんとなくそうだろうとは思ってたけどさ」

 とっさに否定できない内心を見透かされたかのように、ツバキは肩をすくめてため息を吐く。だが、その声色はどこか優しい響きを伴っているように思えた。厳しくも優しい、まるで師匠か先生かのような感じだ。……だから、本音をこぼしても大丈夫だと思えた。

「……もし俺が動けなくなっても、お前たちがいれば状況は打開できると思ってたよ。自分のことを軽視してたってのは、あの瞬間だけは否定できねえ」

 たとえ俺が終わっても、二人がいれば俺たちは終わらないと、即思っていたことは否定できない。俺の役割は、二人に勝利のためのバトンを繋ぐことに他ならなかったんだから。

「そういうところが馬鹿だって言ってんのよ……! 私を守ろうとして私より早く死にかけるとか、本末転倒にもほどがあるでしょう⁉」

「でも、なんだかんだお互い生きてる。……今は、それで手打ちにしないか?」

 魔術神経の損傷が特に激しいであろう右腕に触れながら、俺から未だに離れようとしないリリスに笑いかける。何か言いたげにしゃくりあげる声がすぐに続いたが、どうやらそれはリリスの中で飲み込まれたようだった。

 俺を抱きしめていた両腕をほどき、リリスの体がゆっくりと俺から離れる。暗がりでも綺麗に輝く青い瞳は、揺らめきながら俺を見つめていた。

「……今日のところは、それで勘弁してあげるわ。次に同じようなことをしたら今度こそ説教だから」

「分かってるよ。……もうあんな危ない橋は渡らねえ」

 真剣なリリスの言葉に押し切られるようにして、俺も小さく頷く。それを見届けて、ようやくリリスの表情が少しだけほころんだ。

「……ん、そうしてちょうだい。貴方のフォローをするの、かなり手間取ったから」

「あの剣が抜けた後のリリス、本当に大暴れしてたものね。マルクの撤退が優先されなきゃ、あのまま『双頭の獅子』は壊滅していただろうさ」

「壊滅……⁉」

 俺たちのやり取りが終わったのを見計らって差し込まれたツバキの言葉に、俺は思わず身を乗り出さざるを得ない。『双頭の獅子』が壊滅するなど、誰も想像できなかったことなんだから。……それが出来るとしたら、このダンジョンで一人しかいない。

 ツバキの言葉を確かめるかのように、俺は左手をリリスの肩に触れさせる。その手から流れ込んで来たリリスの情報に、俺は思わず目を見開いた。

「……リリス、お前こそどれだけの無茶を……‼」

 今までどれだけ戦っても問題が起きなかったリリスの魔術神経が、相当なダメージを負っている。俺の右手付近の魔術神経の損傷も相当なものだが、その対処なんて後回しにしてもいいと思えるくらいにリリスの魔術神経はズタボロだ。初めて出会った時ほどじゃないにしても、相当ひどい状況なことに変わりはなかった。

「……ここと、ここがポイントか……!」

 早急に修復術式を起動し、リリスの魔術神経をより丁寧に精査する。俺の術式も万全とは言えないが、それでも治しきれる規模の損傷なのがせめてもの救いだった。すぐに魔力を流し込み、ちぎれかけの部分に意識を集中させる。

「……余計な事、言わなくて良かったのに」

「いいや、これは必要な事だ。……まだ続いている、難局を乗り越えるためにね」

 大人しく修復を受けるリリスがツバキに抗議の視線を向けるも、それをツバキはすげなく却下する。その黒い瞳は、俺たち二人をまっすぐに捉えていた。

「……マルク、どうか聞いてくれ。君が意識を取り落とした後、戦況がどう動いたか――そして、ボクたちがどうしてここにいるのかを、さ」
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