修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第三章『叡智を求める者』

第百七話『眠らない理由』

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「……さて、そろそろローナンに差し入れを持っていかねばな。アイツは食が細いとはいえ、食べ盛りであることに変わりはないのだから」

 バーレイがそんなことを言いだしたのは、アポストレイが走り出してから大体十時間が経っただろうかと言う時の事だった。その右手には結構な量の干し肉が握られていて、しっかりと栄養を取らせようという意図をありありとこちらに伝えてきている。

 俺はと言うと茶菓子やらなんやらで結構満足しており、特にご飯を食べたいとも思えなかった。それは他の二人にとっても同じなのか、唐突に取り出された干し肉を羨むでもない様子で見つめている。

「栄養を取るのは良いけど、それをそのまま食べることはできないでしょう? それとも、コックピットには簡易的な調理システムがあるとか?」

 バーレイの手のひらからはみ出している干し肉を見つめつつ、どこか心配するようにリリスはそう問いかける。しっかり塩漬けにされているそれをそのまま食べさせようとしていたら問題もいいところだが、幸いなことにバーレイはしっかりと首を縦に振った。

「ああ、コックピットには魔術コンロが備え付けてあるんだ。水は魔術で賄うことが出来るから、それだけあればすぐに干し肉入りのスープが作れるといった寸法だな」

「へえ、それは賢い仕組みだね。仮に長旅になっても大丈夫なよう、甘味から主食までしっかりと備え付けてあるってわけだ」

 バーレイの説明を聞いて、ツバキは興味深そうに唸りを上げる。水を魔術から賄っているという話も相まって、その食事スタイルは冒険者に近しいもののように思えた。

 ま、今の技術じゃ度に持っていける食べ物も限られてるからな……目指すゴールが違うから冒険者と研究者って区分けされてるだけで、その食事スタイルとかは割と変わりないのかもしれない。

「そう言うことだから、私はコックピットに行ってくる。そのついでにここからの運行ルートとかも聞いてくるから、お前たちはここでゆっくりくつろいでいてくれ」

 干し肉を手に持ったまま話をまとめて、バーレイはくるりと俺たちに背を向ける。そのまま足早にコックピットへと向かうと、重々しい装飾が為された扉をくぐってコックピットへと消えていった。

「……ふう。大分リラックスしてたけど、やっぱり三人でいる時が一番気が楽ね……」

 それを見送るなり、ただでさえ思い切り座席にもたれかかっていたリリスが更に体重を預ける。よほど脱力しているのか、その体はずるずると地面に向かって投げ出されていた。

「そうだね……。楽しい時間ではあったけど、緊張が抜けきることはそう言えばあまりなかったな」

 その姿をほほえましく見つめながら、ツバキは大きく伸びを一つ。リリスよりはシャキッとした姿勢を保ってはいたが、その表情には疲れと安堵がはっきりと表れていた。

「いくら打ち解けられそうだとは言え、アイツが研究院の一員であることには変わりないからな……。ほんと、脳内にちらつくだけでもうっとうしい奴もいたもんだ」

 今もにんまりと笑っているウェルハルトのシルエットを否定しながら、俺は二人の疲労感に教官を示す。『双頭の獅子』に居た時も同じような居心地の悪さを感じた時はあったが、今日のそれはもっと根が深いものであるように思えた。

 『双頭の獅子』、と言うかクラウスやカレンに感じていたそれが引け目とか威圧感のそれだったのに対して、今の奴は俺たちとバーレイの所属の違いの問題だからな……。あくまで個人間に過ぎないのとは違って、今俺たち四人を取り巻いていたのはもっと根が深いものだ。

「それと十時間も一緒に居ればそりゃ突かれるのだって仕方ねえよ。……まあ、窓が閉じてるからほんとに十時間なのかってのも怪しいけどさ」

 最初の戦闘も含めて魔物を撃墜したのは四回、それも一切の苦戦をすることなくアポストレイはここまで運行を進めている。戦闘態勢に入って窓が露出した時を見計らって外の様子を見つめてはいたが、それにしたって時間を正確に把握するのは無理難題というものだった。

 腹時計は正確だなんて言い文句があるが、それも茶菓子によって作動してない状況だからな……俺たちが互いに話す以外の娯楽を持たないのも外の景色が見えないからだし、窓がめったに現れないこの舟の作り自体がこの部屋を異質なものに作り替えているのかもしれなかった。

「……あ、もう十時間なの……? それなら、これだけ眠いのも納得できる話ね……」

 体内時計がすっくり狂っていたらしきリリスは、低い姿勢で座席にもたれかかったまま声を上げる。もう相当眠気が来てるらしく、その声は普段よりも数段柔らかく聞こえた。

 バーレイがいた時はまだしゃっきりしてただろうに、本当にすごい変化っぷりだな……。それだけ俺たちの前ではリラックスできてるってことだし、それはそれで嬉しい事なんだけどさ。

「ボクたち、今日は早起きだったものね……。リリスの姿を見ていると、ボクもなんだか眠くなってきたよ」

 目を軽くこすりながら、ツバキもリリスに追随する。時間間隔が狂わされるこの空間は、自己管理に優れたツバキをも眠気に包んでいるようだった。

 俺はと言えば、疲れたという感情はあれ眠いというふうにはならない。……というか、たとえ勧められたとしても寝ようという気になるとは思えなかった。

「あんまり眠いのを我慢してもよくないし、ヤバそうだったら無理せず寝てろよ? 目的地に着いたときに揃って寝不足とか、笑い話にするのも難しそうだからな」

 そんな俺の事は棚に上げておきつつ、俺は二人にそう促す。……すると、下の方からとても熱烈な視線が俺に向けられた。

「……その提案、ありがたく受けさせてもらうわ。寝られるところで寝ておくのは、護衛でも冒険者でも大事なことだし」

「ああ、珍しい共通点だね。……マルク、ボクもその言葉に甘えていいかい?」

「勿論だ。お前たちがどれだけ万全に動けるかが、そのまま俺たちがどれだけ仕事できるかに繋がるんだからな」

 どこか申し訳なさそうなツバキの視線を受けつつ、俺は迷うことなく頷く。二人が万全でいてくれるということは、『夜明けの灯』が盤石であるということとほぼ同義と言って良かった。

「俺もどっかで仮眠は挟むから、俺の事は気にせずゆっくり寝ててくれ。せっかく何もしなくても目的地に向かってくれてるんだからな」

「そうね。……それじゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ。……ありがとうね、マルク」

「睡眠はいつだって大事だからな、気にしないで大丈夫だ。……くれぐれも寝違えるなよ?」

 冗談めかした俺の言葉に対して、二人から言葉が返ってくることはない。慣れない状況だらけでよほど疲れていたのか、すぐに二人は眠りの世界に誘われていた。

 普段は頼もしいその表情も、寝ている時は年相応のあどけないものに変わる。そのリラックスしきった表情は、商会の護衛たちは絶対に知り得ないものだろう。

「……それを守るのが俺の役割、ってな」

 二人の寝顔を見つめながら、俺も座席に思い切りもたれかかる。そのまま目を瞑れば俺もいつかは夢の世界に向かえるのだろうが、そうする気は微塵も起きてくれなかった。

 なぜならここは『アポストレイ』の中。言い換えてしまえば、研究院の領域と言っても差し支えないものであるわけで――

「……おや、お前は寝ていないのか。寝不足は不調の下だぞ?」

――それを作り上げたバーレイと言う研究者に対して、俺が警戒しないわけにはいかないからである。
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