修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

文字の大きさ
136 / 583
第三章『叡智を求める者』

第百三十五話『芽吹いた種は消えず』

しおりを挟む
「……このダンジョンは、一日周期で通路とかの配置がきれいさっぱり入れ替わる。痕跡を残そうとしてもダメで、魔物の亡骸とかもその時に一斉にどこかに消えちゃうみたい。……だから、このダンジョンにおいて数を積み重ねることは意味がない事なんだよね」

 一撃で踏破しきらないと、とノアは改めて俺たちにこのダンジョンの情報を開示する。……するは良いのだが、それに関しては一言だけ物申さなければならないだろう。

「……そのあたりの情報は早めに出しとくもんだぞ、ノア……?」

 ダンジョンの構造が毎日変わるなどとは確かに馬鹿げた話ではあるが、この村の存在そのものが馬鹿げている以上どんな非現実的な話であろうと信じてかかるのが筋というものだろう。少なくとも俺はその準備が出来ていたし、このダンジョンに踏み込む前にそれを言われてもその信憑性を疑うような真似をするつもりはなかった。

 ただ、ここでいきなり開示されたとなると話は変わってきてしまうのだ。まるでこのダンジョンに来るまではそれを隠しておきたかったのような、そんな絶妙なタイミング。……色々と積み重なるノアの行いが、俺の命を救ってくれたはずの存在を易々と信じさせてくれなかった。

 ノアの存在が無ければ、俺の命はあの小汚い小屋の中で潰えている。だが、ノアの要請が無ければ俺たちがこの村に来ることもなかったわけで……いや、それは考えすぎか。セーフルームを完全な安全地帯とするためにあの魔物の群れを突破する手段を求めたのは至極自然な流れではあるからな。

「……ウチって体験主義者だからさ、実際に見てもらわないと理解するものもしてもらえないかなって思っちゃったんだよね。……昔から、ウチは皆とは違ったから」

――また、あの表情だ。

 リリスたちが待つ拠点に向かっていた時にノアが一瞬だけ見せた痛々しい表情。それが、今のノアにも見え隠れしていた。

 口の端には笑顔が浮かんでいるが、しかしそれも普段と比べればどこか不自然だ。壁に思い切り体重を預けるその姿勢も、その表情と掛け合わされるとどこか投げやりなもののように思えてならなかった。

 やっぱり、ノア・リグランは何かを隠している。それもこのダンジョンに関わる事じゃなくて、自分自身に関する何かを。……その何かが俺たちにとっていい方向に傾くのか悪い方向に傾くのか、それが全く以て分からないのが俺にとっては一番の脅威なのだけれど。

「体験主義者、か。実験を通じて一つ一つ証左を得ていく研究者らしい信条だね」

「どんなに的を射た推論でも、その証拠と一緒に提示しなくちゃ子供の妄想と一緒くたにされるのが研究者って職業だからね。信頼を得られてる人の直感ならともかく、ウチの言葉なんてそうでもしないと信じてくれない事ばっかりだから」

 ツバキの問いかけにも、ノアは自嘲気味な色を隠さないままでそう答える。その感情が自分のどんな部分に対して向けられているのか、そこまでを探ることはできなかった。

「実際問題、ダンジョンがその作りを変化させるなんて前例のない話ではあるのよね。まあ、ダンジョンで起こる出来事に前例を求めることの方がナンセンスだとは思うのだけど」

「それに関してはリリスが正論だね。ダンジョンではあらゆることが起こりうる。このダンジョンでも、今の技術ですら再現できないことが当たり前のように起こってるんだからさ」

 青く光る呪印をノアに見せながら、ツバキは軽く片目をつむって見せる。その気さくな言葉は、少なからずノアの心を軽くしてくれたようだった。

「……うん、そうだよね。ごめん、これに関してはウチが皆を信じられてなかった。ウチの言葉なんて信じてくれないんじゃないかって、一番ウチのことを信じてなかったのはウチだったみたいだね」

 情けない話だ、とノアは頭を掻く。その表情にはいつもの明るさが戻っているように見えた――少なくとも、表面的には。

 しかし、俺の中で再び芽生えた疑念の種は簡単にその葉を落とさない。二人がノアのことを安心して信じるために疑うのが、二人を支えるために受け持つ俺の役割なのだから。

 ノアは俺たちの協力者だ。それに関しては間違いない。……しかし、それと同時にノアは研究者だ。エルフであるリリスに興味を持ち、実験のための何かに使おうとしたウェルハルトたちの同類だ。……根本的に、冒険者とは視座が違う。

 もしもノアがこのダンジョンの致命的な作りを隠していて、それを俺たちにぶつけようとしているのだとしたら。それに対する俺たちの反応自体も、彼女の実験観察の範囲内なのだとしたら――

「……ッ」

 背筋が凍る。今俺の脳内によぎった想像は、あまりにも根拠がなさすぎる最悪の未来だ。……だけど、それを有り得ないと笑って受け流すことは今の俺には出来なかった。

 ノア・リグラン。赤髪に緑の瞳を宿した、いつも元気な研究者。……だが、彼女は絶対にそれだけでは終わらない。俺たちにも語っていない、何かがある。

「……とりあえず、ウチが持ってるダンジョンに対しての大きな情報はこれで最後かな。後は今までこのダンジョンで見て来たこまごまとしたトラップの仕組みの情報とかもあるんだけど……それもいる?」

「いるに決まってるわよ。それを踏むにしろ踏まないにしろ、『そういうものがある』って仮定して動けるだけで話は大きく変わって来るわ」

「冒険者はあらゆることを想定するからね。それが正しかろうが間違っていようが、結果的に危険を防げたのならそれが正義なんだよ」

 そんなことを考えている俺の目の前では、ツバキとリリスが冒険者としての考え方を懇々と語って聞かせている。情報の正確性なんざ二の次という考え方は、確かに冒険者にはありがちなものだった。

『プナークの揺り籠』での一件だって、アレが本当にプナークかどうかなんてどうだってよかったもんな。俺たちが進む先にとんでもない魔物がいるかもしれないという情報さえあれば、俺たちは心の準備をしたうえでその部屋へと踏み出せるのだから。

「……やっぱり、冒険者ってのは凄いね……。研究者はあくまで根拠を元に語らなきゃいけないから、そういう仮定の話は苦手になりがちなんだよ。そうじゃなきゃ、ありとあらゆる仮説が飛び交ってぐっちゃぐちゃになっちゃうからさ」

「研究者は正しい答えを求めることが全て、冒険者は生きて帰って来ることが全てだからね。ダンジョンに踏み込むうえでの認識からして違うんじゃ、そんなズレが出来てもまあ仕方ないってものだ」

「そうだね。……ありがと、必要以上に責めないでいてくれて」

「ここであなたを責めても仕方ないもの。まだ私たちに実害は出ていないし、これでここから先の情報を出し惜しむことなんてないでしょうからね」

 実害が出ていれば話は違ったけど、と最後に釘を刺すのも忘れない。ノアのやり方が不十分なことを分かったうえで、リリスはノアを許すことを選択したようだ。

 多分、それが現状では一番いい選択だろう。これでまたノアがこのダンジョンについて何かを隠していたのなら、その時は容赦なく追及する。そう成ってしまえば、ノアのことを戦力としてカウントするのは難しそうだった。

「過去に起きたことを責めるくらいだったら、今から先の未来をどうするかを考えた方がよっぽど建設的だからね。ノアがここまでのやり方を公開してくれた分、ここからは全部の知識を総動員して貢献してもらう。……マルクも、今はそれでいいでしょ?」

 俺の方を見やって、ツバキは今後の方針を決定する。その黒い瞳は俺の中にある何かを見抜いてくれているような気がして、それを思うだけで少しばかり気が楽になった。

 疑い続けるのは俺の役目だが、だからと言ってそれを一人で抱え込み続けるつもりもない。本当にノアが信用ならない人物だと、俺の中で確信が付いたときは――

「……ああ。その配置変更とやらを見る羽目になる前に、このダンジョンを突破しちまおうぜ」

 首を縦に振って、俺はツバキの提言に乗っかる。……この安息の地を発つときは、意外にもすぐそこにまで近づいてきていそうだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...