修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

文字の大きさ
149 / 583
第三章『叡智を求める者』

第百四十八話『すべてを知るために』

しおりを挟む
「……氷よ」

 リリスが小さく呟くと同時、リリスの手の中に氷の大剣が作り出される。もう戦いは決着した部屋の中で、リリスはそれを大上段に構えた。

「……体に異常はないか、リリス?」

「大丈夫よ、貴方が直してくれたんだもの。……ダンジョンを出るまで、へばるような真似はしないわ」

 俺の問いにリリスは笑顔で応え、氷の剣を思い切りよく振り下ろす。その剣閃はリリスの手で両断された魔物の左手首付近を更に切り裂き、俺たちの顔など軽々握りつぶせてしまいそうな大きな手を本体から悠々と切断した。

「……ノア、これでいいのかしら?」

「うん、多分大丈夫……な、はず。なんせ非常時のためにここを作った人が残してくれたシステムだからね」

 魔物の左手をノアに受け渡しながら、リリスは半信半疑と言った様子で問いかける。それに恐る恐るながらも頷いて、ノアはドアの方へと小走りで戻っていった。

「……本体は死んでるけど、呪印によってまだ術式は刻まれているはず。なら、ウチの魔力を介してそれを起動してあげることが出来れば――」

 魔物の左手を閉じられたドアに当て、ノアはぶつぶつと何事かを呟く。そして、何かを決心したかのように大きく頷くと――

「……これで、開いて!」

 ノアの祈りがこぼれだした瞬間、ドア付近から強烈な光が放たれる。直視したらしばらく視界がぼやけてしまいそうなその光量は、魔物が呪印を起動した時よりもさらに強烈だった。

 だが、これが呪印起動の証なのだとしたら大きな前進だ。今まで何も起きなかったこの部屋の扉に、ようやく影響らしい影響を及ぼせているという訳なのだから。

「……これで開いてくれなきゃ、とうとう俺たちもここで生活しなくちゃならなくなるぞ……?」

「考えるだけでゾッとする話ね。……だけど、幸いなことにそれは回避できそうよ?」

 前進したとはいえ十分あり得る可能性に俺がひそかに怯えていると、リリスがドアの方を指さしながらウインクを一つ。意を決して扉の方に視線をやってみれば、そこには拳を強く握りしめるノアと、しばらくぶりに開け放たれた扉があった。

「とりあえず第一関門は突破、かな。ここで干からびるようなことにならなくて本当によかった」

「そうね。こんなところで死んだら誰も骨なんて拾ってくれないだろうし」

 それじゃ犬死にもいいところよ、とリリスは苦笑する。扉が開いた原理自体は説明されていないからよく分からないが、とりあえず脱出に向けて前進できたことが大きかった。

 いろんなことにまごついているうちに、いつの間にか呪印が紫色に変わりつつあるからな……。まだ赤みがかってくる気配はないから落ち着いていられたが、この手段が外れていたら今度こそまずかったと言えるだろう。ダンジョンの作り手が正しい解除方法を書き残しておいてくれたことに感謝するばかりだ。

「ありがとうね、ノア。君が危険を承知で分析に当たってくれなきゃ、ボクたちがここを出るのはもっと先になってたかもしれないよ」

 扉の傍で大きく手を振っていたノアに合流するなり、ツバキが右手を差し出しながらノアに賞賛の言葉を贈る。その手をがっちりと握りしめて、ノアは安堵したような笑顔を浮かべた。

「ううん、ここまでウチは守られてばっかりだったもん。皆が経験してきた危ない事に比べれば、ウチのしたことなんて大したことじゃない。……最後に確信を得られたのも、このノートの記述からだしね」

『①』とだけ表紙に記載されたノートを胸の前に掲げ、ノアははにかむように笑う。それが直接的な解決手段だったことは否めないが、あの魔物を背にして冷静さを保ちながら文献に当たれるのは見事な精神力としか言いようがなかった。

 それとも、それが研究者というものなのだろうか。目の前に未知を解き明かすための鍵があれば、どんなに危険な状況の中でもそれを求めなければ気が済まない。……リリスが呟いていた『自分勝手』という言葉が、頭の中で何度もリフレインする。

 まあ、それが無ければ魔物を倒せていたとしても詰んでいたのだから何とも言えないんだけどな。ノアの思惑が何であれ、俺たちの命はノアに救われた。それだけは、間違えようのない事実だ。

「どういうふうにこの部屋を閉じてたかもちゃんと説明したいんだけど、ここは分からないことが多すぎるからね。……いったん撤退して、色々と分析を始めよう」

「そうしたほうが色々とよさそうね。……あんまり悠長にやりすぎるのも、私の性には合わないのだけど」

「いつも向き合っている問題とは少しばかり毛色が違うからね。ある程度のイレギュラーは柔軟に対応するしかないってことさ。……どうせ、『アポストレイ』の迎えが来るのももうしばらく後の話だろう?」

 ツバキがあの舟のことを口に出して、俺は初めてこの村に到着してからまだ一夜を明かしただけであることを思い出す。アポストレイを降りてすぐノアに遭遇してから、時間の流れが分からなくなるくらいにはいろんなことがありすぎたからな。

 定期的に確認に来るとは言ってくれたが、しかし一日に一回来るわけでもあるまい。……事前に宣言してくれていたことを忘れていた俺たちの責任でもあるが、ある程度の長期滞在になるのはどうも避けられなさそうだった。

「……とりあえず、ここを出たら皆ウチの拠点においでよ。何もないなりに快適な作りにしてる自信もあるし、広さもそこそこ保証されてる。そこで、次に向けての作戦会議と行こう」

「ああ、そうしてくれると助かるよ。パーティがバラバラになるのがどれだけ危険か、ちょっと前に味わったばかりだし」

「そうね。村の連中に触られなければいいんでしょうけど、あまりにも大人数で来られたら回避するのもさすがに無理があるし」

 あんまりこっちから強引な手も使えないしね、とリリスはため息を吐く。ダンジョンと違って村の問題は単純な力技で片付けられないだけあって、その表情から辟易しているのがよく分かった。

 この村がヤバいという確固たる証拠さえつかめれば全部ぶっ飛ばしても構わないんだろうが、それがないうちは俺たちが悪者になりかねないからな……。もし実力行使しなければならなくなった時のために、覚悟だけは決めておかなければいけないと思うけどさ。

「うん。食料とかの受け渡しは全部ウチがやるし、君たちは拠点に引きこもってくれていて構わないよ。……君たちを守るのは、この事態に巻き込んだウチが背負うべき責任だからさ」

「……その割には、私たちに隠してることがあまりにも多かったけどね?」

 少し笑みが混じったリリスからの指摘に、ばっちり決意を固めていたノアが「うぐ」と呻き声とも何ともつかないような声を上げる。本格的に責める意思はもうないにしろ、結果的にそのような形になってしまったことはノアも責任を感じているようだった。

 まあ、だからと言って完全に疑いが解けたわけじゃないけどな。これを失敗だと感じて繰り返さないのならそれでよし、もし致命的な形で繰り返したのならばそれ相応の対応を取る。その判断基準だけは、俺の中で鈍らせるつもりはない。

「……そういうことを繰り返さないためにも、早いところ拠点に戻らないとね。このドアがどんな仕組みだったのか、このダンジョンでどんなことが研究されてたのか。そこらへん、皆も気になってるでしょ?」

「ええ、興味津々ね。……少しでも早く答えを得るために、私も力を尽くすことにするわ」

 何かをほのめかすようにそよ風を纏いながらの返答に、ノアも思わず明るい表情を浮かべる。――俺たち四人のダンジョン探索は、初回とは思えないほどの多くの収穫とともに帰路に就いた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...