修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第三章『叡智を求める者』

第百六十一話『欠け落ちた夢』

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『――なんで、――が追い出されなくちゃいけないんだよッ⁉』

 ……気が付けば、幼い頃の俺が師匠の胸ぐらにつかみかかっている光景が俺の目に飛び込んでくる。俺はその当事者だったはずなのに、それを俯瞰的な視点で見つめている現状がなんだかおかしかった。

 やり取りを通じて俺の身に起こっている危険を教えてくれた二人組が、今となっては険悪な雰囲気とともに向かい合っている。……それが無理なくできるくらいには、俺の背丈も大きくなっていた。

『なんでも何も、アイツはこの村のしきたりを破った。そのことを知ってもなお破り続けようとした。……そんな奴に、これ以上修復術のことを教えるわけにはいかない。だから、この場所には居られない』

 感情が抑えきれないと言った様子の俺とは対照的に、あくまで師匠は淡々と、感情を押し殺すように答えを返す。いつもの師匠らしくない、事務的な受け答えだった。

 今思えば、あの時の師匠が平然としていたわけはない。俺と同じくらい、師匠は『――』と付き合いがあったのだから。そいつを追い出すことが辛くない事なんて、ないわけがない筈で――

「……あ、れ?」

 ……一体、誰のためにつかみかかっていたのだったか。誰が『あの場所』を去ることが理解できなくて、俺は師匠に食って掛かっているのだったか。……その対象の名前だけが、俺の記憶から欠落しているかのように思い出せない。大事な存在の、はずなのに。

『何がしきたりだよ、もう顔も知らない誰かが作ったルールがそんなに大事かよ! ――は、ただ苦しんでる人たちを一人でも多く助けたいだけで――‼』

 名前の分からない大事な存在のために、俺は師匠に向けて必死に言葉を紡ぐ。その名前が入っていると思しき部分だけご丁寧にノイズがかかったように聞き取れなくて、結局誰が大事だったのかは分からずじまいだ。……それ以外の光景は、今でも鮮明に思い出せるのに。『あの場所』で過ごした日々は、一つだって忘れることのできない思い出だったはずなのに。

「……づ、あ……」

 必死に思い出そうとする俺を、頭を締め付けられているような激痛が阻害する。まるで思い出されるのが都合が悪いとでも言いたげに、思考の機能を制限してくる。……夢の中だというのに、その痛みだけがやけに鮮明だった。

『……いいか、マルク。修復術を使うってのは、魔術師として死んだ人間を蘇らせることに等しいってことだ。そりゃ当然素晴らしい事だが、それが当たり前になっちゃ都合が悪いんだ。……あらゆる魔術師が修復術ありきで動くようになれば、間違いなくそのツケがくる。そうさせないためにも、修復術は世界に知られるべきものじゃないんだ。――は、その理念を理解してくれなかったけどさ」

『……だから、追い出すってのかよ。これ以上修復術を広めさせないために、不十分な知識のままで』

『そう言うことだ。……俺たちが研究してるのは、誰もを救うための魔法の一手じゃない。俺たちは、ヒーローになりたいわけじゃないんだよ』

 俺がどれだけ訴えかけても、師匠の声色に感情は戻ってこない。普段は子供っぽい俺の師匠が、今だけは誰よりも大人だった。……大人だったから、子供の俺の声は届かない。

『……師匠は、それでいいのかよ……‼』

『残念だよ。アイツはお前と一緒で筋が良かったから。二人そろってこの場所の新世代として活躍してくれることを夢見たことだって一度や二度じゃない』

『じゃあ、なんで‼』

 何を言っても伝わらないことを本能的に理解してしまったのか、俺の語彙力はどんどんと弱まっていく。更に感情を叩きつけるだけになって、それに引き換え師匠の声はどんどんと冷たくなっていく。

 分かっていた。俺がどれだけここでわめき散らかしたところで、一度決まった沙汰が覆ることはないのだと。『――』と過ごす日々はもう来ないのだと。……だけど、それが続くことを諦めきれなかった。だから食って掛かった、そのはずなのに。

「……なんで、何も思い出せないんだよ……?」

 大切だった人の名前も声も、少しだけ覚えていたような気がする輪郭すらも、ぼやけたままで何も進まない。最初から記憶していなかったかのように、いつまで経っても俺の隣に、師匠の前に居たはずの人間のことが思い出せない。……思い出すことを咎めるかのように、俺を激しい頭痛が襲う。

 ならばいっそ覚めてしまえと夢の世界に願っても、俺の前に広がる世界は消えてくれない。目を閉じて拒絶したくても、実体のない俺はどうやって目を瞑ればいいのか。分からない、何も分からない――

「……う、あ?」

 思い出せないまま頭痛だけが激しくなっていく中で俺が呻きを上げていると、実体のないはずの俺の体が急に熱を帯びる。まるで温かい何かにくるまれたかのような、優しい熱を俺はいつの間にか纏っていた。

 それを認識すると同時、並が引いていくかのように頭痛が収まっていく。未だに記憶の空白が埋まることはないけれど、思い出すことを阻もうとする痛みはもう襲ってきてはいなかった。

 痛みが引いたことで、俺は再び目の前に広がる景色に意識を向けられるようになる。……師匠の胸ぐらをつかんでいたはずの俺は、いつの間にかその胸に縋るようにして涙を流していた。

『……なんで、俺たちは修復術を学んでるんだよ……⁉』

 嗚咽交じりの聞き苦しい声で、俺は師匠に問いを投げかける。その姿を一瞥して、師匠は目を瞑った。……まるでそれを合図にするかのように、夢の世界が滲んでいく。

 この後にどんな答えが返って来たかを、俺は鮮明に覚えている。こんな状態の俺の問いかけなんか無視したって良いはずなのに、凄くまじめな声色で師匠は真剣に答えてくれたのだ。……今思えば、その時だけはいつもの師匠が表に出てきていたのかもしれない

 世界が滲み、夢の世界が終わっていく。走馬灯でも何でもないこの光景が俺に何を伝えようとしたのか、それは分からないけど。そもそも、ここでの記憶を現実に持ち帰れるかどうかは定かではないけど――

『……この術を、抑え込むため。不用意に他人の目に触れて研究されるようなことが無いように、俺たちは修復術を学んでいるんだ』

 真剣な声で、師匠は研究することの意義を説く。研究されないために先に研究しておくとは意味が分からないが、しかしそれが出まかせの方便にも思えない。師匠の顔を見てそう直感したことを、俺は今でも覚えていた。……たとえ空白があったって、それだけは記憶違いなんかじゃない。

「……思い出全部を、忘れたわけじゃないよな」

 そう呟いた瞬間、視界に映るものすべてが急速に滲んでいく。まるでその答えが出るのを待っていたかのように、かろうじて輪郭を保っていた夢の世界は崩壊して。

『……修復術は、お前が思うより優しい形をしてないんだ。分かってくれよ、マルク』

――そんな師匠の言葉が聞こえたのを最後に、俺の意識は現実へと向かっていった。
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