修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第三章『叡智を求める者』

第百七十一話『ズレている正直者』

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 俺がそう告げた瞬間、部屋の中に沈黙が満ちる。そりゃそうだ、俺は三人の決定から真反対を行く提案をしたのだから。その結論だけを聞いた三人が理解に苦しむのも、何もおかしい話じゃない。

 かくいう俺だって、この仮説があくまで想像の域を出られないことは分かっている。ただ表に出さないだけでアゼルは俺たちに対して途轍もない殺意を抱いているのかもしれないし、そのために放った刺客が今この瞬間もダンジョンをうろついているかもしれない。そんな中で誰が開いたとも分からない扉の先に進むのは、自殺行為と思われてもおかしくはない行動だ。

「……マルクの事だから、無責任にそんなことを言ってるんじゃないよね。何を思ったらその結論になるのか、聞かせてもらってもいいかい?」

 だがしかし、ツバキを筆頭に三人は手を止めて俺の主張を聞く姿勢に入ってくれる。その信頼が重くて、しっかり応えなければいけないという責任感が俺の背中にのしかかった。

 だけど、大丈夫だ。その責任感こそ俺の積み重ねてきたものであり、見放された先で得た最も得難いものなんだから。……それを崩さないだけの状況証拠は、俺の中で拾い集められていた。

 ツバキの言葉にゆっくりと頷いて、俺はもう一度大きく深呼吸を挟む。その一瞬のうちに今まで交わしたアゼルとのやり取りが脳裏をよぎって、俺の仮説を補強していった。

 あのうさん臭い笑顔も、なかば狂っているとしか思えないような理想も、俺たちがそれに賛同してくれると信じているのも、アゼルの見ている世界は俺たちと違っているんじゃないかとしか思えない。……だがしかし、ズレているからこそ、あの男はいつだって本気なのだ。

「――信じられない話だろうけどさ、アゼルは俺たちに対して一度も嘘をついてないんだよ。……歓迎するって言葉も、やるならもっと上手くやるって言葉も。胡散臭い奴ではあるしだまし討ちもしてくるけど、俺たちのことを歓迎しているのは確かだし殺すつもりもない――と、俺は思ってる」

 アゼルの目的は、『自分の理想と同じものを見る同士を少しでも増やすこと』。それはきっとこのダンジョンに眠る技術の研究をさらに加速させていくことに繋がるだろうし、術式の完全再現が叶った後に取れる行動も幅広くなる。そんな中訪れた三人の来訪者は、アゼルからしたら最高の福音だろう。

「ずっと疑問に思ってたんだよ。この村に半年近くいるノアが、どうして村の連中から敵視されないのか。それこそ、俺を襲った刺客みたいに誰かが先走っててもおかしくないのにさ」

 俺たちが初めて村に踏み込んだ時点から、アゼルはノアに対してフレンドリーな態度を取っていた。ノアはそれに対してかなり冷たい対応をしていたが、アゼル側がどうにかして歩み寄ろうとしていることは間違いのない事実だ。

「……そう言えば、武力で直接襲われたこととかはなかったかも。嫌がらせのつもりなのか何なのか、ウチに呪印を刻んでこようとする人は何人もいたんだけどさ」

「村人の刻む呪印ぐらいだったらノアは解除できるし、それも大した意味はなかった、と。……それにフラストレーションがたまっていたなら、新しい来訪者に対して拒否反応を示す人がいてもおかしくないのかな?」

「そうかもな。そこまで具体的な流れを想定していたわけじゃねえけど、俺たちが外から入ってきたことでストレスが爆発した可能性はあるか。それがあの双子なら、なんとなく納得のいく話だな」

 ノアの経験談を元として、俺の仮説はさらに組み立てられていく。俺たちへの敵意が半年間募ってきたものの結実なのだとしたら、あの双子の襲撃にも何となく説得力が増すような気がした。

 アゼル直々に俺たちの案内を任されてたことからも、アイツらがノアと接する機会が多かったのはなんとなく推察できるし。……アゼル曰く、他者の刻んだ呪印の存在が分かるとか言ってたか。その体質のせいもあって、アゼルからはある程度重用されていたのかもな。

「もし仮に、アイツらが俺の肩に刻まれてた吸魔の呪印を感じ取ることが出来て、そこからアゼルの意図を邪推したんだとしたら――あの時アゼルがキレてたのも、なんとなく理解できる話だな」

 左肩を刺された状態からでも交渉が成立させられてしまったあたり、あの双子はお世辞にも頭が回るタイプだとは思えない。そんな奴が余所者へのストレスをためた状態で、対象を衰弱させるための吸魔の呪印を見たら――力づくの一手に走ってしまうのも、まあ納得できる話だ。問題だったのは、双子が汲み取った意図がアゼルの狙いからは全く真逆のところにあったということなんだけどさ。

「……この仮説が正しいなら、あの男は部下に心酔されているからこそ計画を失敗したということになるわね。無様を通り越してむしろ滑稽だわ」

「そうだね。……認めたくない話ではあるけど、アゼルの作戦通りにマルクが痺れ薬を飲まされていたら今の様には言ってないだろうし。……アゼルの言葉に嘘はないってのは、今のところ信憑性が高いと言ってもいいのかもしれない」

 ここまでに起きて来た事実を考えると、俺の仮説が更に真実味を帯びてくる。それを認めてツバキが首を縦に振るのを見て、俺は話を前へと進めることを決断した。

「……そうなると、アゼルの言っていた『俺たちへの害意はない』っていう言葉もまた真実ってことになる。今のところは、俺たちを敵に回す理由もまだないだろうしな。……そんでもって、あのダンジョンへの立ち入りは他ならぬアゼルが禁止してるんだよ」

「……そう言えば、ノアがそんなことを言ってたわね。このダンジョンは聖地として扱われていて、村人が勝手に足を踏み入れることは禁止されているって」

「うん、そうだよ。少なくともウチはその禁止事項が破られたところを見たことはないし、アゼル自身もダンジョンの中に入ることはなかったと思う。……どういうわけか、ウチが踏み込んでいくことに関しては何もおとがめなしだったんだけどね」

 リリスの確認に頷きつつ、ノアはそんな風に語る。俺たちが踏み込んでいったことに関してもアゼルは一切咎める様子を見せていなかったし、余所者が足を踏み入れる分には問題ないらしい。……あの狂人の事だから、あそこに眠る技術に触れればその素晴らしさに気づいてくれるとか思っているのだろうか。

 ……いや、そこは今考えるべきところじゃないな。問題はその状況下において、今ダンジョンの中に俺たち以外の何者かが居るということだ。俺たち以外の人間、つまり足を踏み入れてはならないはずの村の連中がな。

「ノアの言ったことが正しいなら、今こうやって俺たち以外の人間がダンジョンにいることは本来ならありえないはずだ。……だけど、開けたはずのない扉が一つ開かれている。それにアゼルの思惑が絡んでいるって考えるのは、自然な事だろ?」

「……まあ、その通りだね。だけど、アゼルが嘘をついていないならそれがボクたちを狙った刺客であるということにはならない。……と言うか、刺客なら先行していたボクたちの足取りを追わないで違う部屋に行くのは明らかにおかしいしね」

「そう、そこなんだよ。……正直なところを言うと、それが違和感の始まりだったんだ。俺たちがあの呪印だらけの部屋に向かった時に三つ目の扉は開いてなかったんだから、アゼルの息がかかってる奴らの方が第二層には遅れてついてるはずなんだ。……それなのに、俺たちをガン無視するのは明らかにおかしい」

 俺の考えの出発点にたどり着いて、ツバキは大きく首をひねる。それに対してある程度の説明が付けられるのが、俺の立てた一つの仮説だった。

「今までの事から考えると、このダンジョンに現れた何者かは俺たちの命を狙ってるわけじゃない。それに、アゼル本人ってのも考えづらいと思う。アイツが姿を消したら、村がもう少しざわついてたっていいはずだしな」

 魔物もうろついてるし、決して安全な場所と言う訳でもないからな。ツバキの影を弾けた以上ある程度の実力はあるのだろうが、それでもこの場所に一人で足を踏み入れることはリスクを伴う。そのような手を、あの周到な狂信者が取るとは思えなかった。

「……まるで、ここに来ている人物の正体が分かっているような口ぶりね。……もしそうなら、あまり情報を出し渋る意味もないと思うわよ?」

 貴方の仮説はかなり芯が通っているし――と、リリスがこちらをじっと見つめながら告げる。期待とも催促ともつかないその言葉に、俺は思わず頭を掻いた。

「……そうだな、早いとこその話をするか。と言っても、そんなひねりのある話じゃないんだけどさ」

 そう前置いて、俺は一呼吸入れる。そして、すっかり納得したような表情を浮かべている三人の瞳をそれぞれ見つめると――

「……アゼルが処分しなきゃって言ってたあの双子、居ただろ? ……その『処分』とやらを穏便に終わらせるために、このダンジョンが利用されてるんじゃないかと思ってさ」

――あの夜に拠点で見た二人の顔を思い出しながら、俺はそう結論付ける。このダンジョンを訪れたのが彼等であるとあたりを付けているからこそ、俺は開かれた扉の先に進むことを提案していた。
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