修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第三章『叡智を求める者』

第百七十六話『修復術師の矜持』

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 修復術を扱えることは、俺にとって誇りの一つだ。あまり他人においそれと明かせるものではないけれど、もう立ち上がれないと絶望する誰かの力になれるこの力が俺は好きだ。……だから、あの時リリスを救えたのは本当に嬉しい事だった。リリスと出会えただけで今まで味わってきた憂き目は全部チャラにしていいと思えたのは、今でも昨日のことのように思い出せる。

 修復術は、誰かを助けることしかできない術式だ。それでいいし、それ以上を求めてもいけないと思う。治せるから壊せるなんて考え方は、修復術に限っては適用できなくていいものなんだ。

――だから、俺はこの呪印術式というものが許せない。修復術と似たようなメカニズムを持っていながら、それをただ歪めるためだけに使っていることが認められない。その技術があれば、誰かを救うことだってできたはずなのに――

「……二人とも、何かあった? なにやらただ事ではなさそうな声が聞こえてきたのだけど……」

――とめどなくあふれてくる激情は、こちらに歩み寄ってきたリリスの心配そうな声によって中断される。吐き気を催したときにツバキがかなり心配していたし、その声を聞きつけて様子を見に来てくれたのだろう。それに対して、ツバキは小さく首を横に振った。

「いいや、何でもないよ。思ってる以上に刻まれてる呪印の量が多いから、二人揃って思わず驚いちゃっただけで」

 力なく笑いながら、ツバキは恥ずかしそうに頬を掻く。その仕草はごく自然で、はたから見たら嘘をついてごまかしているなんて到底思えなかった。

 だが、今回ばかりは相手が悪い。十年を超える年月を共に過ごしてきたツバキの相棒は、その言葉を聞いて首を大きく傾げた。

「……貴女がそんなことで驚くなんて珍しいわね。いつだか仕事仲間が真っ二つになったときだって、そんなに慌ててはいなかったでしょうに」

 いつのことかもわからない護衛時代の物騒なエピソードを持ち出しながら、リリスはツバキを真っすぐに見やる。ツバキもその視線を受け止めていたが、横から見える黒い瞳は少しだけ揺らいでいるように思えた。

「……二人とも、お願いだから無理だけはしないで頂戴。もしまた私の手の届かない範囲で何か起きてしまったら、私は――」

 口をつぐむ俺たちに向かって、リリスは拳を強く握り締めながらそう口にする。……何かをこらえるようにうるんだ青い瞳が俺たち二人を捉えていて、俺の心がずきずきと痛んだ。

「……リリス、ちょっとだけ待っててくれるか?」

 その心が命じるままに、俺はすっくと立ちあがる。ツバキがさすってくれていたおかげなのか、強引に押しとどめたにしては気持ち悪さもすっかり楽になっていた。

 そして俺は一つ深呼吸をして、荒ぶっている感情を少しだけ押しとどめる。もちろん怒りはあるが、それを示すのはこいつらに向かってじゃない。……呪印術式に対する激情は、全部その作り手と狂信者にぶつけないとな。

 気持ちを一度リセットして、俺はリリスの背後でしゃがみこんでいるノアの姿を視界にとらえる。おそらく集中しているであろう彼女に届くように、俺は意識的に声を張った。

「……ノア、ちょっとだけリリスを借りてもいいか? 魔術に関することで少し聞きたいことがあってさ」

 俺の声を聞きつけて、ノアは俺たちの方を振り向く。遠いせいでその表情はよく見えなかったが、程なくしてその首が縦に振られた。

「……うん、今なら大丈夫だよ。何か重大なことが分かったらウチもそっちに合流するね」

「ああ、そうしてくれ。無理言って借りた分の成果はこっちも出すつもりだから、期待しててくれよ?」

 ノアの快諾に俺が頭を下げながら返すと、ノアも大きく手を挙げてそれに応える。いろいろな疑問を飲み込んでくれたのだろうその対応をありがたく思いながら、俺はリリスの方に視線を戻した。

「……悪いな、ちょっとノアにはまだ聞かせられない話だったからさ。多分ツバキも、それでごまかそうとしてくれてたんだろ?」

「うん、そうだね。……まあ、そのための嘘も君には見抜かれてしまったわけだけど」

「何年一緒に戦ってきてると思ってるのよ……。どれだけ無残な戦場でも冷静さを失わなかった貴女が今更呪印の量で驚いたなんて話、信じろっていう方が難しいわ」

 今度こそ心から恥じ入るように頬を掻くツバキに、リリスはあきれたようにため息をつく。しかし怒っているというわけではなく、ただただ本心からツバキの下手な噓に驚いているようだった。

 確かに、普段は飄々としていて本心を読み取るのが難しいのがツバキだしな……。そんな奴がいきなり下手な嘘をついてきたら、叫び声よりもそっちの方が信じられない事態というものだろう。いくら器用なツバキといえど、相棒の問いをごまかすのは流石に難しかったってわけだ。

「……貴方が隠したがるということは、きっと修復術がらみの事実ってことよね。こいつの体、そんなにひどい状況だったの?」

「ああ、察しがよくて助かるよ。……率直に言うと、吐き気がするぐらいにグチャグチャだった」

 俺たちの方にもう一歩体を寄せながら、リリスは小声で問いかけてくる。それに俺も静かにうなずくと、倒れ伏す男の方に視線を向けた。

 その体内を走る魔術神経の様子を思い出すだけで、心の底から湧き上がってくるような怒りがまた蘇ってくる。あれを壊れていると表現するのはどこか間違っているのかもしれないが。あんな魔術神経の様子が正しいなんてことがあるわけはなかった。

「呪印術式は修復術と少しだけ似てるって話、前にしただろ? こいつの魔術神経を見たことで、その仮説は確信になったよ。……まあ、同時に救えない外道の術式だってこともはっきりしたけどさ」

 まったく新しい魔術神経を好き勝手に作り上げることができるなら、その技術を使って損傷した魔術神経を修復することぐらい目でもないのだ。だが、呪印術式がそういう用途で使われている痕跡はない。誰かを救えるだけの技術を持ちながら、それを正しく使うことをしなかったのだ。

「……マルクがそこまで怒りを露わにしてるの、珍しいわね。身勝手な研究者のことが許せないのは、今までこの場所を見てきた私も同じだけど」

「ああ、ボクも同感だね。……君が何を見たかを完全に理解することはできないけど、君の怒りが正しいものだってのはわかる。それだけは、ボクたちが絶対に保証するよ」

 気が付けばまたこぶしを握り締めていた俺の激情を、リリスとツバキは力強い言葉で肯定してくれる。それがとても心強くて、温かかった。

 夢で見たあの時には、その思いが認められなかったから。ただそばにいる誰かを助けたいという『――』の思いは、感情を殺した師匠に否定されてしまったから――

「づ、う」

 不思議と今の状況にダブって思い出された過去の記憶は、しかし肝心な誰かの存在に蓋をされたまま再生される。その歪な記憶が生み出す頭痛を必死に頭の隅へと追いやりながら、俺は現状へと意識を引き戻した。

「マルク、大丈夫かい? まだ顔色が優れないけど――」

「ああ、もう大丈夫だ。……俺は、俺のやるべきことを果たすよ」

 心配そうに俺の顔を覗き込む二人に微笑み返して、俺は男の体を見やる。……いつ目覚めるかわからない以上、もう躊躇していられる時間は多くないだろう。たとえそれがどれだけ見たくないものであろうとも、今俺の中で芽生えた仮説を検証できるのは俺だけなのだ。

「……俺は、修復術師だからな」

 その肩書をもう一度噛み締めて、俺は枯れ枝のような男の腕にもう一度手を触れる。……その瞬間、おぞましいほどに歪められた魔術神経の様子が再び瞼の裏へと浮かび上がった。
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