修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第四章『因縁、交錯して』

第二百四十七話『転移魔術の怪』

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「……これは、ずいぶん派手にやってますわね……」

「ああ、きれいに吹っ飛んでるな……。思いっきりこのドアを蹴ったリリスの姿が目に浮かぶよ」

 くの字に折れまがったドアの残骸を見つめながら、俺とバルエリスは驚きと困惑が混ざったような声で呟く。……ふと後ろを振り向けば、それをやってのけた張本人が珍しく気まずそうにもじもじとしていた。

 ホテルでの朝食と作戦会議を終えた俺たちは今、再び古城へと足を踏み入れている。いくら転移術式を敵が有しているとは言えど昨日の今日で流石に大規模な再展開をしてくるとも思えないが、『古城に通い詰めるしか対策としてできることもない』と言うリリスの言葉が決め手になった形だ。割り切りの早さと思い切りの良さに関して、四人の中でリリスの右に出るものはいなかった。

 俺の眼の前に見える吹っ飛ばされたドアも、言ってしまえばリリスの長所を象徴するものだろう。その判断に助けられたことは多いし、それを責めるつもりもない。……それはともかく、パーティ会場の一室としてはもう使いようがないぐらいには部屋の中はボロボロだった。

 入り口前からはドアの残骸しか見えないが、一歩中に踏み込んでみると壁や床のあちこちに穴が開いているのが目につく。決して広くないこの部屋の中で起きたという戦いがいかに激しいものだったか、これを見ればすぐにわかるというものだ。

「……これに関しては、アグニとの戦闘でそうなったんだもんな?」

「ああ、これぐらいしないとボクたちの方が死にかねなかったぐらいだからね。……だから、仮にその段階までドアが無事だったとしてもどっちみち――いや、蹴り飛ばされたとき以上にドアはひどい壊れ方をしててもおかしくなかったんじゃないかな?」

「……無理にフォローしなくていいわよ、私も派手にやりすぎたのは分かってるから……」

 あの時の戦闘を思い返すツバキに、リリスはばつが悪そうに声をかける。牽制したりリラックスしたりしおらしくなったり、今日のリリスは感情の起伏が激しくなる日らしい。

「それぐらいポジティブに考えてもいい、ってことだよ。そもそもあっちにはこの城を綺麗に保つ気がなさそうだし、ボクたちの意識だけで解決できる問題じゃないさ」

 リリスの背中に手を当てて、ツバキは明るい声でしっかりと断言する。すかさず俺がそれに頷きで追随すると、リリスも小さく首を振り返してくれた。

「……ええ、そうよね。これもまた、優先順位の問題だわ」

「城ごとぶっ壊れるようなことにならなければパーティはできるだろうしな。……あの連中がそれをやらないとも言い切れないのが、俺たちからしたら恐ろしいところだけどさ」

 その可能性が捨てきれない限り、俺たちは古城に向かい続けなくてはいけないのだ。転移魔術師がいると思えば仕込みボウガンのように原始的なやり方の罠もあるし、敵がいないからと言ってパーティが破壊される可能性が少しもないと言い切れないのが面倒極まりなかった。魔術によって起動する爆弾の一つや二つ仕込まれていると言われても、今までのことを考えるとすんなり納得できちまうからな。

 まだまだ全貌が見えない敵勢力の影に辟易しつつ、俺はボロボロになった部屋を見回す。壁に空いた穴や床に落ちた絵画がかろうじてここで戦いが起こったことを物語ってくれているが、それがなければだれも信じてくれないだろうと思うぐらいには人がいた痕跡は抹消されていた。

「……ここにあったはずの血だまりもすっかり消えてるわね。血痕までどこかに飛ばせるなら、そのついでにドアとかも回収していけばよかったでしょうに」

「それは流石にしないとは思うけど、血痕が消えてるのは確かに妙だね。……そういえば、妙に躊躇なくアグニは仲間を撃ち殺していたっけか。アグニが感情的に動くとも思えないし、血痕が出ても大丈夫なように仕込みはしてたのかも」

 部屋の片隅に歩み寄って、二人は低い声で言葉を交わす。作戦会議の時に聞いた話によれば、拷問によって情報を吐きかけた男をアグニは容赦なく切り捨てたらしい。二人が拷問慣れしているところにも冷徹な決断をすぐに下せるアグニの辣腕にも俺は感心せざるを得なかったが、その実在を証明する証拠はすべてなくなってしまっているようだった。

 アグニ・クラヴィティアという存在について俺は話を聞いてしかいないわけだけど、それだけでも厄介な人物だってのは分かるんだよな……。リリスとツバキから逃げおおせて見せたことも含め、判断力に非常に優れている用意周到な人物と言った印象だ。……もしかしたら、俺たちの存在を認識したその瞬間から仲間の一部を切り捨てる用意があったのかもしれない――なんてのは、流石に考えすぎかもしれないが。

「……とりあえず、この部屋を見ててもアグニ達の組織に繋がる手がかりはなさそうね。血痕含めてまるごと全部アグニが転移させてしまったのかしら」

「そう考えるのが妥当だけど、にわかには考えづらい話だね。……仮に王国の人間でもないんだとしても、他者を巻き込んだ大規模な転移ができる術師の存在なんて噂にならない方がおかしいぐらいだと思うんだけど――」

「――ええ、ツバキさんの考えて居る通りですわ。安定運用が可能な転移術師なんて、どの貴族も喉から手が出るほど欲しがってますもの。……少なくとも、この街に馬車で向かっている方々はそう思っているでしょう」

 顎に手を当てて考え込む仕草を取ったツバキを肯定するように、バルエリスがそんな情報を付け加えてくる。そういわれてみれば、馬車の存在は安定した転移術式がまだ存在していないことの証明だと言ってもよかった。

 ローリスクかつ魔力効率のいい転移術式が開発されたなら、観光とか景色を楽しむとか以外の目的で馬車を使う必要なんてなくなるわけだもんな。貴族向けの馬車みたいなものが商売として成立している時点で、転移魔術の希少性は証明されてるようなものだ。

「……そういえば、あの商会の主も私に『転移魔術は覚えられんのか』とか言ってたような気がするわね。『師匠となる人を雇えるならばできなくもない』って言ったらやけに素直に引き下がったあたり、主に転移術師の知り合いは一人もいなかったみたいだけど」

「一人もいないからこそ頼んだ、ってところだろうしな……。魔術神経にとんでもない負担をかける術式だってのは知ってるし、仮に雇えたとしてすぐに限界を迎えて潰れるんだろうけどさ」

 昔を懐かしむリリスに、俺は小さく肩を竦める。転移術式を習得させるためには転移術式を覚えている人員が必要とは本末転倒なことだが、リリスが転移術式を使えないままでここまで来られたのはいっそ幸運だと言ってもよかった。

 たった一メートルほどの短距離転移で俺の右腕に走る魔術神経がぐちゃぐちゃになったところから考えると、十人近くの人間を一斉に長距離転移なんてしようものならかかる負担はとんでもないもののはずだ。俺が何かの間違いでアグニと同じような術式を使えるようになったんだとしても、それを一度使おうとした時点で俺の魔術師としての生命は終わってしまうだろう。『魔術の使用方法を知っていること』と『その過程に身体が耐えられること』は、必ずしもイコールで繋がらないのだ。

 そして、おそらくだがリリスの魔術神経も転移術式の連続使用には耐えられない。俺の修復術があるから一応事後対応はできるが、だからと言って魔術神経が壊れる可能性がある魔術に対してゴーサインは出したくないし、そこまでの負担ありきの作戦はできれば考えたくないというのが本音だった。

「……そうなると、案外転移で逃げ帰った先でアグニとやらがもう潰れてる可能性は十分にありますわね。……話を聞く限り狡猾な人間ですし、その可能性は薄いと言ってもよさそうですが」

「バルエリスの言ったとおりだったら本当にありがたいけど、そう簡単にいく相手にも思えないんだよね……。『またの機会に』なんて生意気なことも言ってたし、何か潰れずにいるためのからくりがあると考えた方が現実的だろうな」

 バルエリスの率直な感想に、しかしツバキは残念がるように首を横に振る。その姿を見つめながら、俺はツバキのいう『からくり』に意識を向けた。

 真っ当に考えるならば、想定できる可能性は二つ。一つ目は、俺たちはおろかバルエリスの情報網にすら引っかからないところでローリスクかつ効率のいい転移術式を開発した奴がいること。そして二つ目は、そもそもアグニが俺たちと基礎スペックからして違う存在であることなのだが――

「……ねえ、マルク。貴方の知識の中に、魔術神経がとてつもなく丈夫なことが特長の種族はいないのかしら?」

「おお、奇遇だな。……ちょうど俺も今、その可能性を確かめてみようと思ってたところだ」

 まるで俺の思考を読み取ったかのようなリリスの問いかけに、思わず笑みがこぼれる。そのやり取りの心地よさに身を委ねながら、俺はかっちりと目を瞑って記憶を掘り起こしはじめた。
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