修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第四章『因縁、交錯して』

第二百六十一話『一つまみの様子見』

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「さて、後はこの大きな机一つだけですね。二人とも、協力を頼めるかい?」

 四人並んで座ってもまだまだ余裕がありそうな長机に手をかけながら、ツバキは俺とリリスの方を向いて告げる。それに揃って頷きを返して、ツバキが手をかけている方とは反対側の方に手を置いた。

 リリスは側面を持ち、その向かい側に別の陣営から準備に来ている人が入る形だ。本来ならツバキとリリスの二人だけでも十分持ち上げられるんだろうが、念には念を入れないといけないからな。

 皆迅速な準備を心がけているからなのか、俺とリリスが口を開く機会も訪れないままに準備は粛々と進んでいる。城の裏手での設営に合流して二十分は経過しようかという所だが、今のところは何のほころびも生まれていないと言ってよかった。

 余談だが、バルエリスは少し離れたところで城の裏手全体を見つめている。曰く『レミーア様から預かった役割はこれですもの』らしいが、実際のところはバルエリスのでっち上げだろう。……だが、監視役と言ってもいいバルエリスの存在がこの場の空気を引き締めていることは大きい要素だ。

 これで作業効率が上がればレミーアからの信頼度はまた一つ上がるし、上手くいけば準備に携わるほかの従者たちからの好感も期待できる。それでいながら俺たちの近くを離れることはないように微調整を重ねているのだから、立ち回りとしては完璧と言っていいだろう。……上流階級で器用に振る舞う術を、予想以上にバルエリスは身に着けているようだった。

 何も言われなければ貴族だと勘違いしてしまいそうになるくらい堂々としているが、実際のところ『良家の娘』であって貴族ではないんだよな……。そんなバルエリスでこのクオリティの立ち回りができるのならば、もっと場数を踏み続けてきた上流階層の貴族たちはどれだけになってしまうのだろうか。

 手のひら全体にかかるどっしりとした重みを感じつつ、俺はそんなことをぼんやりと考える。普段と履き心地が違う靴も少しずつではあるが足になじんできたこともあって、考え事をする分には普段と何ら変わりない環境を構築することができつつあった。

「……ああ、ここらへんで頼む。間隔とかはそんな拘り過ぎなくていいらしいからな」

「ええ、了解しました。……それじゃあ、せーので降ろしましょうか」

 その矢先、俺たちに混じって机を運んでいた一人の従者がそう声をかける。焦げ茶色の髪を短くまとめたその男はここの準備を仕切る役目を任されていたのか、飛び入りの俺たちにもいい塩梅の仕事を振り分けてくれていた。

 バルエリスが場を引き締めるためのリーダーならば、この男は作業を円滑に回すためのリーダーと言ったところか。その力量はほかの面々にも信頼されている様で、仕事を回す男に異論を唱える者は誰もいなかった。

「よ……っ、と。サンキュー、これでこの場所の設営は大体終わりだ。ほかの場所との兼ね合いもあるから、俺たちはここでいったん休憩だな」

「ええ、こちらこそありがとうございます。それとごめんなさい、きっと計画なども入念に立てていたのでしょう?」

 軽く頭を下げながら、ツバキは丁寧な様子で返す。男はそれを見てゴリゴリと頭を掻くと、いかにも気さくという表現が似合うような笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ、人手が増えるに越したことはねえ。それにレミーア様の指示でこっちに来たってことは、ここに割く人数が少し足りないって思っていらっしゃったってことだろうからな」

「それは……どうなんでしょう。レミーア様はボクたちを受け入れてくれた優しい方ですが、それだけではないという気配もひしひしと纏っているような気がしますから」

「ああ、そいつは間違いねえだろうな。というか、ちょうど俺たちの主もそんなことを言ってたよ『アレは食えたもんじゃない』とか、とんでもねえしかめっ面と一緒にな」

 仕事が一段落したことの安堵によるものなのか、男とツバキはフランクな様子で会話を重ねている。意識的に落としていく中で慣れ始めてきたらしく、その光景はどこからどう見ても男二人が談笑しているようにしか見えない。

 いろいろと器用なのは分かってたにせよ、まさかこんな分野まで網羅しているとはな……。不自然に思われない程度に俺たちの方にも意識を割いてくれていたし、それも大体が首の動きで回答できる簡単なものだ。俺とリリスは今『何らかの事情で喋らない』とは思われているだろうが、その事情が性別を偽っているからだとは全く思っていないだろう。

 まだアグニ達の側に決定的な動きは見えないが、俺たちの潜入自体は順調だ。二人のやり取りを見れば、俺は自信をもってそう言い切ることができた。

「……そういえば、後でお前の主人にも礼を言っといてくれ。いてくれたおかげで空気が引き締まって、少しダルそうにしてたやつが面白いぐらいに背筋を伸ばしてたからな」

「はい、謹んでお伝えしておきます。ここにいる方たちにそう思っていただけるならば、バルエリス様もわざわざご足労された甲斐があると思いますので」

 俺がそんなことを考えている間にいくつか話が進んだのか、話題は俺たちの主人であるバルエリスの方に向く。上流階級についてバルエリスから偏った考えを伝授されてきた俺はその話題に内心身構えたが、頭を下げるツバキにそんな緊張はなさそうだった。

「しゃんとしてるというかなんというか、気品のある方だよな。立ち姿もピシッとしてて、名代としての役割を果たそうって気概が伝わってくる。俺んところのむさくるしいご主人とは大違いだな」

「あまり主を悪く言うものではありませんよ。どこからどのように本人に伝わるか分かりませんから」

「正論だな。……けど、正論ばかりで従者って仕事もやってられるもんじゃねえよ。なんだかんだ長い付き合いになってきたし、こういうガス抜きは必要になってくるってんだ」

 いつかお前も分かる日が来ると思うぜ――と、どこか哀愁を漂わせながら男はツバキの肩をポンポンと叩く。その着やすい仕草に隣に立つリリスが身を震わせたが、今は同性と思われてるわけだしそれに関しては抑え込んでもらうしかなさそうだった。

 逆に言えば、同性だという事を疑わないぐらいにツバキは馴染めているということだ。まずこの場にいる従者の面々に受け入れてもらうことができれば、そこからどんどんと信用されていくことも決して難しくはないはず――

「……しっかし、アルフォリアの家も貴族じゃないとは思えねえぐらいに層が厚いなあ。普段出てくる後継者の方も随分きちっとしてたけど、バルエリス様の方も見劣りしないぐらいに風格のある方じゃねえか」

「……っ!?」

――そんな俺の展望は、突然の一言によってすべて白紙へと返された。

 男の方としては、気安いノリのままで発した言葉だったのかもしれない。だが、その言葉に俺たちは揃って息を呑む。……そんな話は、欠片も聞いたことがなかったからだ。

 とっさに目線だけでバルエリスの方を見やるが、こっちの話の内容までは聞こえていないらしい。今すぐにでも走って行ってその話の真偽を確かめたいところだが、そうできないのがもどかしくて仕方なかった。

「……どうしたよ、そんなに驚いたような顔をしてさ」

 さすがにツバキもすぐに取り繕うのは難しかったようで、男は困惑したような様子で訪ねる。……それにツバキが冷静に返したのは、咳ばらいを一つ挟んでからの事だった。

「……いえ、不意なことで少し驚いただけです。よくアルフォリア家のことをご存じなのだな、と」

「んなことねえよ、実際のところバルエリス様の存在は知らなかったし。それにこれくらい、従者同士の会話の中じゃジャブみたいなもんさ。『相手が想定している以上の知識を有していると人はえてして動揺するものだ』――って、古臭いご主人様に叩きこまれたもんだからよ」

 ツバキの称賛に男は肩を竦め、小さく笑みを浮かべる。……その表情を気さくと評することは、今のやり取りを見た後だとできそうにもなかった。

 こんな細かいやり取りの中にも、腹の探り合いという意図が仕込まれていたのだ。しかも相手が俺たちだからという事ではなく、至って普通の事のようにそれをやってきている。……そうして見せつけられたものが、俺たちにどれだけの動揺を与えているかも知らずに。

 しかし、それよりも問題なのは男から聞かされた『後継者』とやらの存在だ。バルエリスが様々な場数を踏んでいるならば、その後継者と並んでバルエリスの存在だって認知されていてもおかしくはない。……しかしそうではないことによって眼の前に浮かび上がるのは、どうやっても説明がつけづらい矛盾の存在だ。

 今までの態度から見るに、バルエリスと俺たちの目的が一緒なのは疑いようがない。今更敵対するようなことがないのも信じられる。……だが、だとしてもこの矛盾は何なのか。一度見えてしまった都合上、それを考えずにはいられない。

 内心の迷いが外に出ないように苦悩しつつ、俺は新しく投げ込まれた状況をどうにか消化しようと苦闘する。……状況が動いたのは、その苦闘の最中の事だった。

「…………殿方同士のご歓談、とてもいいものですね。盛り上がっている中、ぶしつけな申し出ではあるのですが――」

 男とツバキの会話に割って入って、一人の女性の声がする。会話の空気をリセットする存在を俺は救世主と呼べばいいのか面倒事と言えばいいのか、とっさに答えを出すことはできなかった。……だが、そんな中でも一つだけ、確信をもって断言できることがある。

「……私も今しがた、持ち場の準備を終えて待機に移ったところなんです。お二人のお話、混ぜていただいてもよろしいですか?」

――ツバキと男の方を見つめる緑色の瞳は、明らかに特別な感情をはらんでいるという事だ。
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