修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第四章『因縁、交錯して』

第二百六十五話『きっかけが何であろうと』

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「……さて、ようやくいい機会が訪れてくれましたわね。ここまで周りに人が居続けるとなると、立派に振る舞い続けることにも限界が来るってものですわ」

 俺たちが城門の近くに到着してから少しして、バルエリスが駆け足で俺たちに追いついてくる。その表情からはどことなく強張りが消えているような気がして、リラックスしているのが一目でわかった。

「ボクたちが準備にいそしんでいる間、君には少し経路の違う視線が注がれているわけだもんね。……それで、君から見て準備の場はどうだった?」

「はっきり言うと普通極まりないですわね。過剰に皆様方に絡んでくる人も少なかったですし、基本的に粛々と準備は進んでましたわ。……ああ、でも一度だけかなり話し込んでいましたっけ」

「ああ、あれに関してはアグニ達とは無関係だから大丈夫だよ。ただシンプルに従者同士のマウンティングに巻き込まれてただけ――って言うと、それはそれで誤解を招いちゃいそうだけどさ」

 顎に指をあててここまでの出来事を回顧するバルエリスに、ツバキは困ったような笑みを浮かべて答える。やはり距離が合ったせいか、ツバキとガロンらが交わした会話の中身までは把握されていなかったようだ。……まあ、あの時に限ってはその方が好都合だったかもしれないが。

「いずれ聞かれるだろうから先に言っておくけど、妙な魔力の気配は一つも掴めなかったわ。転移魔術の気配は消しきれるものじゃないって分かってることも踏まえると、まだアグニ達は城に乗り込んできてないと見てよさそうな状況ではあるわね」

「……つまり、まだ一応は平和な準備会になってるってわけだな。アイツらが何もしてこないとは思えないけど、もしかして深読みしすぎてたか……?」

「いいんですのよ、対策にやりすぎなんてありませんわ。百回やって一回しか実入りがなかったのだとしても、その一度で決定的な成果を手にしてしまえばわたくしたちの勝ちなのですから」

 リリスの先取り報告を受けて俺が首をひねっていると、後ろからバルエリスがその背中を景気良く叩いてくる。驚いて思わず振り返ると、バルエリスが少しはにかんだような表情を浮かべて俺の方を見つめていた。

「……と言っても、この場に来てから一番何もできてないのはわたくしなのですけれどね。ですが、『百や千の空振りを惜しんでいては一度の直撃も生まれない』と、騎士様もそう言っておられたのを思い出しましたわ」

 頭を軽く掻きながら、バルエリスはそんなことを俺に伝える。……その姿は、焦りや戸惑いを隠しきれていなかった姿とは全く別人のように思えて。

「そうだな。……焦んないようにってお前に言ったのは俺なのに、いつの間にやら結果を求めすぎてたのかもしれねえ」

「いいんだよ、少なくともその焦りが行動に出てることはなかったし。……それに、焦ってることに自分で気が付ければ上出来なんでしょ?」

 俺の肩に手を置きながら、ツバキはぱちりと片眼を瞑る。それはまるっきり俺とバルエリスのやり取りの焼き直しで、それに気づいた俺の口からは笑みがこぼれていた。

 ここに至るまでバルエリスにはいろんなことを話してきたが、よく考えればそのほとんどがツバキやリリスと出会ってから学んだことだ。クラウスの下で過ごした三年間よりも、二人と過ごした短い時間の方が俺の中でよっぽど血の通った経験として生きている。……そんな単純なことに、今更気づかされてしまったから。

「ああ、ツバキの言う通りだ。……ほんと、お前たちには教えられてばっかだよ」

「そんなことないよ、ボクもマルクたちにいろんなものをもらってるから。他の誰も教えられない、本当に大切な事ばっかりね」

 柔らかい微笑を返して、ツバキはそんなことを言ってくる。知らないうちにツバキの隣へと陣取っていたリリスもうんうんと同調していて、それが余計に俺の笑顔を深めていた。

「……皆様方は本当にいいチームですわね。策略と打算でしか手を組めない貴族連中にこの姿を見せつけてやりたいぐらいですわ」

「それほどでもないわよ、私だってマルクと最初に手を組んだのは打算からだったし。……問題は動くきっかけよりも、ともに動く中でどんな経験を積み上げていくかじゃないのかしら」

「ああ、そんなときもあったな。あの時は俺もお前の力を借りようと思ってたし、借金の件とか諸々含めてお互い様だと思うけどさ」

 初対面のころを語るリリスにつられて、俺の脳内にもリリスと出会った奴隷市場の景色が思い出される。誰もが欲しがるような容姿をしていながら、『タルタロスの大獄に向かいたい』という無理難題を突き付けてくるためにリリスはあそこで売れ残っていた。そのことを思えば、あの場で一番打算的に動いていた奴隷はリリスだったのかもしれないな。

 俺も俺で『迷惑のかからない仲間を』って考えから記憶の片隅にあった奴隷市を訪ねたわけだし、お互いにお互いの存在をうまく使おうとしたのが俺たちの始まりなわけだ。まさかそれがかけがえのない関係性にまで発展するとか、あの時は露ほども想像していなかった。

「そんなきっかけで生まれた関係が今となってはこの距離感、だもんね。……生きてると何が起こるか分からないって、きっとこういうことを言うんだと思うな」

「……何かまだ言いたいことがあるみたいな視線だけど、まあ大体はツバキの言った通りね。本当にその出会いがお互いにとって有益なものになるのなら、きっかけなんてなんだっていいのよ」

 少しからかうような視線を向けたツバキに小さくため息をつきながら、リリスは台車の中に入れられたパラソルに手をかける。二、三メートルはありそうな巨大なそれをものともせずに悠々と持ち上げると、そのまま軽い手つきで地面へと突き立てた。

 普段から鍛えているだけあって軽々と持ち上げているように見えるが、実際のところはそこそこの重さがあるだろう。俺の筋力はリリスに遠く及ばないにしても、まさか持ち上げられないなんてことはないと思いたいところだが――

「マルク、もしよかったら一緒に持ってくれるかい? こういう細長いものの取り回しには慣れてなくてさ、二人で持った方が確実だと思うんだよ」

「…………ああ、そうだな。そうした方がお互いに安全か」

 俺の内心を完全に読み切ったかのようなタイミングでツバキから提案が飛んできて、俺は少し焦りながらもそれを承諾する。その焦りすらも読まれていたのか、パラソルの先端の方を支えているツバキの方から温かい視線が向けられているような気がした。……多分、やろうと思えばツバキも一人でこれぐらいは持ち上げられるんだろうな……。

「っ、ととと……。バルエリス、こんなもんぐらいの間隔で大丈夫そうか?」

「ええ、それくらいをレミーア様は想定していられると思いますわ。当日は大量の方々がいらっしゃいますし、日除けになる場所はどれだけあっても困りませんもの」

 苦戦しながらも設営を終えた俺が確認を取ると、バルエリスが軽い様子でサムズアップを返す。そのまま自然な動きで隣にあった台車の中に手を突っ込むと、その中のパラソルをひょいっと持ち上げた。

「……あー、これは確かに結構重たいですわね。しかも縦に細長いし、一人で持つのには少しだけコツが要りそうですわ」

「いや、それを一人で軽々持ち上げたやつが言っても説得力ねえからな……?」

 少しふらつきこそしたがすぐに体勢を整えたバルエリスを見て、俺はため息をつきながらぼそりとこぼす。騎士を目指して鍛えているからというのはもちろんあるのだろうが、単純な力比べにおいて俺の出る幕は本当になさそうだった。

「……マルク、この仕事が終わったら筋力の付け方も教えましょうか?」

「……ああ、頼む。このままだと、俺の中のなけなしの誇りもどっかに吹き飛んでいきそうだ」

 俺の役割が直接戦闘にない事自体は理解していたとしても、やはり男として譲れない一線というのはどこかにあるものだ。……せめて腕相撲で接戦を演じられるぐらいには鍛えたいという目標が、今新たに俺の中で生まれていた。

「あ、トレーニングの方法ならわたくしにも覚えがありますわ。ホテルに着いたら何らかの形で書き残して差し上げますわね」

「おう、めちゃくちゃ助かる。……ちょっと最近、鍛えなくちゃいけないって思う出来事が多すぎるから、なっ……と」

 リリスの提案に乗じて出された提案もありがたく受け取りながら、俺はツバキと一緒に二本目のパラソルを持ち上げる。その視界の端ではバルエリスが少し苦戦しながらもパラソルを設置し終えていて、額に流れた汗を軽くぬぐっていた。

 今のこの光景を見て、俺たちの間に主従関係があると思う人は誰もいないだろう。四人ともが同じ目標に向けて汗を流し、その合間に談笑する。それはまるで俺たち三人の日常の中に、バルエリスが驚くぐらいすんなり溶け込んできているかの様で。

――リリスがさっき言ってたことは俺たちとバルエリスの関係も指しているんだろうなと、何となくそう思った。
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