修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

文字の大きさ
329 / 583
第四章『因縁、交錯して』

第三百二十五話『出会いの価値は変わらない』

しおりを挟む
「まあそんなわけで、俺たちとお前が馬車に乗り合わせて一緒に事件に挑むことになったのは仕込まれた偶然だったってわけだ。もちろんお前が俺たちに興味を持たなかったり、いきなり話しかけてきたお前のことをよく思わなかったりすれば破綻する脆い筋書きではあったけどさ」

 古城襲撃の翌日に発覚した事実を述べ終えて、俺はアネットが横たわるベッドに視線を戻す。俺たちを巻き込んだ騎士団の計画は、改めて言葉にしてみるととてつもなくスケールの大きな所業だった。

「まさか国家組織がグレーラインぎりぎりで生きてる『情報屋』に接触して、その上で俺たちの行動をある程度誘導してたなんてな。アネットから聞いてた騎士の理想とはかけ離れたテクニカルなやり方なこった」

「あの時も言っただろう、私たちの使命は王国の平穏を守ることだ。レーヴァテイン様の身が危険に及ぶリスクを背負うならば、それを軽減するための命綱は用意しておくに限る」

 たとえそれが法のスレスレを行くものであってもな――と。

 少し皮肉るようにそう言ってやると、ロアルグから間髪入れずにそんな反論が返ってくる。それはあの時以来行動を共にするようになって何度も聞いてきた、『今の』王国騎士団の理想に基づいた行動原理だった。

 激動の時代を終えて平穏を得た王国において、騎士団の使命はその平穏を後の世代へと継いでいくことだ。何も奪わずされど奪われず、ただ国民が生きていくための平衡を守りきる。そのために必要な実力を保有する組織として、『騎士団』という名前はとても相応しいものだろう。

 だが、その在り方はアネットが理想とする『騎士』とはまたかけ離れたところに位置するものだ。ロアルグが率いる今の騎士団の中で叙事詩となって後世に語り継がれるだけの人物――つまりアネットが目指すような『理想の騎士』がいるかと言えば、申し訳ないが答えはノーだった。

 理由は簡単なことで、後世に語り継がれるためには相応の逸話を残して『英雄』にならなければいけないからだ。……そして今は、『英雄』の登場を待ち焦がれるほどに荒れた時代じゃないからだ。

 アネットがどれだけ手を伸ばしても、『理想の騎士』とアネットでは文字通り住んでいる世界が違いすぎる。それはアネットにとって残酷な真実であると同時に、そうそう変わらない現実でもあった。

 強いて言うならばこの事件の活躍はまるで叙事詩の主人公と言っていいだけのものがあったが、それだってもとはと言えばロアルグが描いた筋書きだ。偽りだらけの騎士見習いとその護衛たちの存在は、アネットの身を案じた騎士団によって配られた配役だった。

 そんな現実を起き掛けに突きつけられるのは、きっとアネットにとっても快いことじゃないだろう。何なら俺たち全員のことを嫌いになったって何もおかしくはないし、怒るだけの権利はアネットにしっかりとあるわけだしな。

 だから、この結論に何を言われても構わない。そう覚悟しながら、俺はアネットの顔色を窺ったのだが――

「……あー、やっぱりそうでしたのね。何かしらの事情はあるんだろうと思っていましたけど、まさか騎士団が仕組んだことだってとこまで当たっているとは思いませんでしたわ」

「……え?」

 どこか間延びしたアネットの声が返ってきて、俺は思わず間抜けな声を上げてしまう。その横ではツバキが身を乗り出して、のんきにとんでもないことを言ってのけたアネットの黄金色の瞳を見つめていた。

「……ボクたちが裏のある存在だってこと、君は最初から勘付いていたのかい?」

「ええ、初対面の頃から。……だって、おかしいところが多すぎるでしょう?」

 ツバキの問いにあっけらかんと答えて、アネットは三本の指を立てる。まずは人差し指にもう片方の手を当てて、アネットは淡々と言葉を連ね始めた。

「一つ目、観光に行くからと言ってあの馬車に乗るような冒険者がそうそういるはずもありませんわ。あの馬車は車内でのいざこざを防ぐためにあえて貴族以外が乗れないような料金設定をしているだけで、探しさえすればこの馬車以下の値段でもっと手厚いサービスのある馬車なんていくらだって見つかります。それでもあえてあんな馬車に乗ろうなんて冒険者、傍から見れば相当な物好きとしか思えませんわよ」

「……っ、それは」

 その指摘を受けて口ごもるのは、馬車のチケットを俺たちに手配した張本人であるロアルグだ。その顔を見ながらふっと息を吐いて、一本目の指をゆっくり折りたたんだ。

「二つ目、あの時期にバラックに向かうというのにパーティの情報を知らないというのは流石に怪しすぎますわね。それを知っていればどこかの風変わりな貴族が護衛として冒険者を雇ったって無理が通るかもしれませんが、知らないってなれば三人は何の後ろ盾もなく貴族と関係があるわけでもないただの冒険者ってことになりますわ。……そんなもの、『怪しい』って顔に書いてあるのと同然でしょう?」

「……っ」

「三つ目、いくらなんでも周りに空席を作りすぎですわね。大方わたくしとお三方を自然に接触させようとしたのでしょうけど、それならわたくしの近くの席を取る方がよっぽど怪しまれずに済みますわよ。あの時期のパーティ会場に向かう馬車にあれだけの空席、何かの意図がない限り有り得ませんわ」

 二本、三本と指を折りたたんで、アネットは疑わしいポイントを次々と指摘していく。その度にロアルグが弱った表情になっていって、しまいには言葉を失ってしまった。

「まあそんなわけで、マルクたち三人にもきっと何か事情があるんだろうとは早めに気づいてましたわよ。騎士団がそれをやったってところまでは、まあ流石に確信はできませんでしたけど」

 両手を布団の上に投げ出し、アネットはそう結論付けて考察タイムを締めくくる。ロアルグが一切の言葉を失ってるあたり、まるっきり図星を突いていると見て間違いなさそうだった。

「……申し訳ございません、レーヴァテイン様」

 しばらく沈黙が続いたのち、かすれた声でロアルグはアネットへ謝罪の言葉を投げかける。背筋を丸めて力なくうなだれるその姿は、今までで見たことがないぐらいに小さく見えた。

「貴女の抱いている覚悟を見誤り、挙句の果てにはそれを踏みにじりかねないようなことを私たちはしました。……貴女を幼い頃から知る者として、これは許されない失態です」

 まるで懺悔をするかのように、ロアルグはぽつぽつと言葉を紡ぐ。それを聞くアネットもまた、いつしか真剣な表情を浮かべていた。

「この件において、レーヴァテイン様は私たちに如何様でも抗議する権利がある。貴女の中に息づく『騎士』としての誇りを踏みにじったこと、簡単な贖いで許されるとは思っておりません――」

 背筋をわずかに震わせながら、ロアルグはかしこまった様子でアネットへと謝罪の言葉を連ねる。その言葉の一つ一つがアネットへの罪悪感の証で、何かを指示されたらきっと彼は迷うことなくそれに従うだろう。それがたとえ、騎士団長という称号を損なうことに繋がることであっても――

「……何をとぼけたことを言っていますの、早く顔を上げなさい」

――そんな想像が頭をよぎる中で、アネットはまたしても俺の予想を裏切った。

「『騎士を志す以上、いついかなる時であっても騎士で在り続けることを意識するように』――幼い頃に貴女に言われ、その後心掛けている言葉ですわよ」

「……レーヴァテイン、様」

 その言葉にロアルグは顔を上げ、背筋をピンと伸ばしていく。それを見てアネットは満足げに首を縦に振ると、ゆっくりとだが再び上体を起こした。

「確かにロアルグは契約破りまがいのことをした、これは事実ですわ。……ですが、わたくしが持ちかけた契約自体がそもそも理不尽なものであったことも、買えようのない事実ですわよ」

 少しバツの悪そうな表情を浮かべて、アネットは自らの無茶を反省する。その仕草を目にしたロアルグが驚いたように目を見開くと、アネットはクスリと笑みをこぼした。

「その顔、まさかわたくしがそんなことを言うとは思っていなかったって感じですわね。……なら、わたくしもこの事件を通じてまた一つ大きくなることが出来たってことですわ」

「……ええ、私から見てもそれは分かることです。今の貴女の眼は、今まで見た中で最も晴れやかだ」

 しみじみと呟くアネットに対して、ロアルグは恭しい様子で頷く。それがお世辞や社交辞令の類なんかじゃないことは、傍でそのやり取りを見ていた俺たちにも明らかだった。

 比喩表現ではなく、アネットの眼は澄み渡っているように見えるのだ。本当の名前を明かしたからどうこうとかじゃなくて、そこにはもっと多きな転機が多分存在している。いったい何がそうさせたかを問うのは、あまりにも野暮なことであるような気がした。

「そうですの? なら、それはここにいる皆様のおかげですわ。マルクさんたちが居なければわたくし、成長することもないまま罠にかかってあっけなく終わっていたかもしれませんもの」

「ええ、あの時のあなたはまだ『死』を身近に感じたことがなかったものね。……本当に、この短い間に見違えたものね」

 まるで子を見る親のような眼で、リリスはアネットをまっすぐに見つめる。それを誇らしげな笑みとともに受け止めると、アネットはその視線をロアルグの方へと戻した。

「――わたくしがここまで大きくなれたのは、この事件を通じて皆様と出会えたからですわ。……それを仕組んだのはロアルグ、あなたですのよ?」

「……確かに私、ですが」

「ええ、それが分かっているならば誇るべきですわ。この出会いが作為であれ無作為であれ、わたくしにとって意義のある大切な出会いであることには変わらないんですもの。――その出会いを導いたあなたのことを、わたくしがどうして責めるって言うんですのよ」

 なおも申し訳なさそうな表情を浮かべるロアルグに苦笑して、アネットははっきりと騎士団長の責任を否定する。……その言葉を聞いた瞬間、ロアルグの背中からこわばりが抜けたように見えた。

 アネットは穏やかな笑みを浮かべ、そんな騎士団長のことをまっすぐな視線で見つめている。あれほどまでにまっすぐな許しの言葉を経てもまだどこか戸惑っているようなロアルグを見て、アネットは軽く手を打つと――

「――それでもまだわたくしに対して申し訳ないって思うならば、ここにいる四人の方に騎士団を挙げて最大限の待遇を返して差し上げなさい。それが、わたくしの思う一番真っ当な贖いのやり方ですわ」
 
 お茶目に片目を瞑って、レーヴァテイン家のご令嬢はそう命令して見せたのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...