修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第五章『遠い日の約定』

第三百七十七話『迷いのない解答』

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 異なる属性の魔術は、衝突すれば基本的にぶつかり合い互いを破壊するだけだ。術者が同じであってもその法則は変わることはなく、何の気なしに氷魔術と風魔術をぶつけてもそれはただ風によって氷が吹き散らされるだけの光景になるだろう。

 そうなってしまえばもちろん制御なんてできるはずもなく、風の渦の中をただ氷の武装がグルグルと無秩序に回転するのがオチだ。カラミティタイガーの討伐においてそれが有用に扱えたのは、その無秩序な暴走に対して影魔術で外枠を作ってくれたからに他ならなかった。

 だが、今リリスの眼下で吹き荒れている吹雪はそうではない。吹き荒れる風もその中で暴れまわる氷の武装たちも、全てがリリスの制御下にある。一つの魔術として統制され、ウーシェライトの攻撃をものともしない盾として機能している。『合成魔術』とでも呼ぶべきその一手は、エルフの感性と人間の理論が混ざり合って完成した前代未聞の現象だった。

 無数の槍は全て吹雪の中で凍り付き、渦の中を荒れ狂う氷の剣たちによって粉々に砕かれていく。本来ならば数秒と保たずに拡散していくはずのそれが維持された結果、完成したのはどんな攻撃を持居てつかせる絶対防御だ。

「……でも、それだけじゃ決着には不十分よね?」

 風に乗って宙を舞いながら、リリスは不敵な笑みを浮かべる。……そして、手の中に一振りの剣を形作った。

 時間稼ぎのためならばこの盤面は理想的以外の何者でもないが、リリスたちは合流への道を急ぐ側だ。現状維持では満足できないし、迅速かつ確実にウーシェライトを撃破する必要がある。……つまり、もう一歩踏み込まなければいけないという事だ。

「……吹雪よ、私に従いなさい」

 氷の剣を吹雪に触れさせながら告げると同時、リリスは自分を押し上げていた風の流れを下向きへと切り替える。……すなわち、ウーシェライトへと向かって飛び込んでいく方向へ。

 飛び込んでいく過程で鉄の槍が襲い掛かってくるが、それらは剣の一振りですべて氷の粒へと変わり果てる。リリスが踏み込んだ魔術の新たな領域は、明らかに今までのそれと一線を画していた。

「すごい……すごいすごいすごいですよッ‼」

 迎撃をものともせず落下してくるリリスを、ウーシェライトは歓喜に充ちた表情で見つめている。彼女がおもむろに両手を合わせた瞬間、出現したのは巨大な鉄の障壁だった。

 今までの生成物とは違う、完全に防御のみを目的とした鉄の塊。搦め手なしの純粋な強度で勢いを止めにかかったそれを見て、しかしリリスは不敵に笑う。……このタイミングで防御に回ってくれるのは、むしろ好都合としか言いようがなかった。

「……まさか、この程度で止められるとでも思ったの?」

 空中で器用に体を捻り、吹雪を纏った武装を頭の横に構える。飛び込んだ瞬間には剣の形であったしそれは、いつの間にやら槍のような形状へとその姿を変えていた。

 その変化はまず間違いなく意図的で、そして咄嗟に考え出したものだ。古城事件のようなことがまた起こってしまった時、今度こそ最善の結果を導くために。一切の妥協をしないために磨き上げられた魔力技術の結実が今、リリスの右腕には握られているわけで――

「――吹雪よ、貫きなさい‼」

 槍が触れるまでもなく鉄の壁は凍結し、狙いたがわず凍り付いた部分へと氷の槍が衝突する。落下の速度に風魔術による後押し、そこに影魔術による筋力強化を伴った一撃は、極低温にさらされた鉄を打ち砕くには十分すぎた。

「っ、はは……。なんて、なんて一本気なんですか、あなたは‼」

真正面から鉄の防護を打ち砕いたリリスを見て、ウーシェライトがひきつった笑みを浮かべながら叫ぶ。喜悦の色は表情から消えていなかったが、その声には間違いない動揺がこもっていた。

「昔から不器用な自覚はあるわよ。……だから、どんな細かい技術を身に着けても結局はこういう大技にたどり着くの」

 その様子を横目で見つめながら、リリスは軽くため息を吐く。今まで知らなかった魔術の世界に触れてリリスが得た結論は、『最終的には力押しが大前提なのだ』という身も蓋もないものだった。 

 細かい魔力の操作は、異なる属性の魔術を融合させるために作られた技術ではない。魔力消費の効率を上げるためのメソッドは、大魔術を躊躇なく打ち放つために生み出されたものではない。本来の使い方とは全く違うけれど、リリスにとってはこれが最適解なのだ。……故に、力押しであることに引け目も負い目も感じる必要はない。

「搦め手を知ったうえでその結論にたどり着くなら、私にとってそれが最適解ってことだからね――‼」

 力に頼らない方法を学んだからこそ、力押しとそれを天秤にかけることが出来る。……それが常に力押しの方へと傾くのなら、それはもはやリリスの適性と言うものだ。搦め手に向かないことを悩む必要など、これっぽっちもありはしない。

 実戦を通して改めてそう確信しながら、リリスは勢い良く地面へと着地する。吹雪を纏った槍が地面に突き立てられたことによって、リリスの周囲の地面が一瞬にして凍り付いた。

「お、わ⁉」

 壁を生み出した後距離を取っていたウーシェライトも、足元を滑るように襲い来る氷の波に足を取られる。それによって一瞬傾いた体を、今のリリスが見逃すはずもなかった。

 吹雪を新たに展開するのにはまた時間がかかるが、今吹き荒れているものの流れを変えることなら普段の魔術とさして過程は変わらない。彼我の距離は十メートルほど存在するが、それぐらいならば十分に射程範囲内だ。

「吹雪よ、私に続きなさい!」

 体を起こす勢いで槍を引き抜き、リリスは迷いなく地面を蹴り飛ばす。一歩一歩リリスが地面を蹴り飛ばすたびに周囲は凍り付き、速度はぐんぐんと上がっていった。

 戦闘中だけのことで言うのならば間違いなくリリスの方がこの街を荒らしていると言ってもいいが、こればかりは勘弁してほしいところだ。今リリスが駆けるのは仲間たちを守るためであり、ついでにこの街を救うためでもある。……どれだけこの一帯を氷で埋め尽くすことになっても、ウーシェライトを逃がすわけにはいかない。

「は……ああああッ‼」

「いい気迫です、それでこそ私が此処にいる意味がある――‼」

 氷の槍を手に吠えるリリスに応えるかのように、ウーシェライトは満面の笑みを浮かべて両手を振るう。その瞬間に魔力の気配は変質し、リリスの眼前にいくつもの防壁が出来たことが分かった。

 凝視しなければ存在にすら気づけないそれは、さっきも使った鉄の糸だろう。確かにあれの耐久性は凄まじく、リリスの氷の剣すらも一度搦め取って見せた。一重でも面倒だったそれを二重三重に展開してしまえば、槍の一撃を届かせることは限りなく不可能に近くなる。

「……吹雪よ、蹴散らしなさい‼」

――もっとも、それは糸が武器を搦め取れる前提で話を進めた場合であるが。

 蜘蛛の巣のように展開された鉄の糸たちを見て、リリスは即座に吹雪を前面に押し出すことを決断した。分厚い鉄の壁すら氷漬けにしたそれは至極当然のように鉄の糸も凍り付かせ、脆くなったそれを風に混じる氷の刃が一瞬にして切り裂く。結果として、リリスの足取りを阻むものは一切合切消滅した。

「二度同じ手を通そうとするとか、私もすっかり舐められたものね」

 視覚でも魔力の気配でもそのことを確認し、リリスはもう一段ギアを上げる。もはやリリスの攻撃を止める要因はなく、ウーシェライトにそれを受け流すだけの反応速度も対策もない。――記述される結末は、たった一つだけだ。

「……凍り付きなさい」

 最大限の速度を維持したまま、リリスは氷の槍を無防備な胸に突き立てる。……思った以上にそれはあっさりと貫通して、ウーシェライトの口から赤い血がこぼれ出た。

 それと同時に胸の付近が凍り付き、その浸食はじわじわと広がっていく。たとえ傷を治すことが出来ても、槍が突き刺さっている以上凍結から逃れることは不可能。負傷によって死ぬか氷の像になって死ぬか、今からウーシェライトが変えられるのなんてその程度だ。

「くっ……はは、これは予想外ですね……。噂には聞いていましたが、まさかここまで歯が立たないとは」

 それを分かっているのかいないのか、ウーシェライトは血を吐きながらそう呟く。その表情は晴れやかで、今から死ぬことに対して微塵も恐怖していないかのようだった。

「何かを守る者は強い、という事なのですかね……。世界の人々すべてが、貴方のような志を持っていればよかったのに」

「さあね。……守るって気持ちだけで強くなれるなら、そんなにいい話はないでしょ」

 その態度に半ば呆れながらも、リリスは油断することなく言葉を返す。どれだけボロボロになったとは言えども、鉄魔術は致命傷をもたらしかねないものだ。……ウーシェライトの発した魔力が満ちている範囲にいる以上、一ミリたりとも気を抜いてはいけない。

 その警戒は、決して間違っていないものだった。ウーシェライトの魔術は前もって展開しておいた魔力を変質させて攻撃や防御に使うものであり、その魔力がない場所へいきなり攻撃を仕掛けることはできない。つまり、リリス以外がウーシェライトの魔の手にかかることはない。

 この場にある魔力を起点に弾丸の類を作り出したのだとしても、この位置に立っていればその魔の手が届く前に撃ち落せる。この至近距離は、ウーシェライトの置き土産を防ぐには完璧な位置取りだ。

 そう、リリスはウーシェライトを最大限警戒していた。命の途切れるその一瞬まで、どんな一矢も報いさせない体制を整えていた。――だからこそ、だからこそだ。

「……最期のこの戦いを、記述してくれる人が居て本当によかった。これで、しっかりと刻んでいただけますね。『鉄の刃によって多くの愚物を浄化したウーシェライト・シュラインは、最後には自分を大きく上回る強者に敗北して息絶えた。その結末は、味方によっては愚物のそれと言えなくもないが――』」

 まだ凍り付いていない右手を震わせながら僅かに掲げ、リリスの向こう側を指さしながらウーシェライトは呟く。……しかし、リリスはその誘いに乗ることはなかった。ただまっすぐにウーシェライトを睨みつけ、死が訪れるその瞬間を見届ける心づもりだ。

 その精神性は理解できないが、一人の刺客としてのウーシェライトは十分に厄介だった。故にこそ、最後の最後まで一切身動きをさせる気はない――

「『忠実に囮としての役割を全うするあたり、最期までそこそこ頭の回る女であった』――と、ね」

「……ッ⁉」

――その評価ですら、ウーシェライトのことを正確に捉えるには至っていなかった。

 ウーシェライトが吐血交じりにそう言い切った瞬間、何かが破裂したような轟音とともに膨大な魔力の気配が膨れ上がる。その発生源は、安全圏にいたはずの、マルクたちのところで。

「……知って、いますか? 『精霊の心臓』は、持ち主が不可避の命の危機に、晒されると――」

 失策に気づいて慌てて振り向くが、煙と魔力の気配がそれぞれ邪魔をしてマルクの気配を掴むことが出来ない。それを見たウーシェライトは、とても愉快そうな吐息を微かに漏らして。

「……転移魔術を行使して、強引にその攻撃から逃れさせようとするそうです。……さて、あなたたちの大切な宝は、どこで何をしてるんでしょうね?」

――リリスの感覚を阻むものが消え去った時、二人の姿はどこにも残されていなかった。
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