修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第五章『遠い日の約定』

第四百七話『リーダーの在り方』

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 頭の中に思い浮かんでいるのは、リリスが移動でたびたび使う風の球体だ。あれの完全再現とまでは流石に行かなくても、ある程度空路を使えるだけで九番街までの道筋は一気に縮まると言ってもいい。一つだけ懸念があるとすれば間違いなく監視達には見つかるところだが、三人の力を合わせれば誤魔化せるだけの余裕はある――と、少なくとも俺は信じている。

「空……ですか。それが実現するなら、確かにたどり着くのは速くなりそうですね」

「ああ、ちょっと前に似たようなこともやってる。その時はあまり長い距離は跳べなかったけど、お前の魔術があるんなら話は別だ。……誰も追いつけないルートから、ガリウスの事を助けに行ってやろうぜ?」

 少し戸惑いながらも感嘆の息を吐くユノに、俺はさらにもう一押しする。発想だけ聞けば突飛もいいところだが、何も純然たる博打ってわけじゃないからな。そこだけはちゃんとユノに信じてもらわなければ。

「……あたしたちの身体が軽くなるなら、マルクが言ってるみたいなこともできるとは思うよ。今まで生きてきた中で、今が一番うまく魔術を操れてると思うし」

 にわかに沈黙するユノに先駆けて、レイチェルは首を縦に振る。その口から発された言葉は慢心でも思い違いでも何でもなく、間違いなくレイチェルはこの数時間の間で飛躍的に成長していた。

 そのきっかけが何であれ、レイチェルが魔術の感覚をつかみつつあるのは大きな収穫だ。全ての責任を背負おうとするなら、それだけの実力と覚悟がいる。誰に何と言われようとレイチェルが今の生き方を貫くのだとしたら、それは最も必要なものだ。

「そう、ですか。……なら、助けを求めた自分がいつまでも日和っているわけにはいきませんね」

 迷いを捨てたレイチェルの言葉を聞いて、ユノも決心したように首を縦に振る。予想していたよりもすんなりと策が通ったことに安堵しつつ、俺はユノとレイチェルにそれぞれ手を差しだした。

「んじゃ、早速空の旅と行くか。ユノ、俺たちを軽くできるか?」

「はい、任せてください。最初は少し感覚がおかしくなるかもしれませんが、きっとすぐに慣れるはずです」

 俺の手を取りながらそう言うと、レイチェルの方へとユノはもう片方の手を伸ばす。その手がしっかりと握られたのを目にした次の瞬間、妙な感覚が全身を包み込んだ。

 下を見れば俺の足はしっかりと地面に接しているのに、びっくりするぐらいにその実感がない。気を抜けばひとりでに空中に浮かんで行ってしまうような、そんな不安感がある。

「何、これ……⁉」

 その感覚に襲われているのは俺だけではないらしく、レイチェルも目を見開いて微かに声を漏らしている。俺たちは今文字通り身軽になっているわけだが、それは何もいいことばかりではない様だ。

「二人とも、慣れるまでは足の裏だけに全ての意識を集中してください。……大丈夫です、貴方たちはここにいる。それを自覚できれば、次第に妙な感覚は収まっていくはずですよ」

 未知の感覚に俺たちが狼狽えていると、穏やかなユノの声が耳を打つ。その声に従うままに意識を集中させると、希薄だった接地感が少しずつだが戻っていくような気がした。

「軽くなっているとはいえ、些細なことで紙切れみたいに吹っ飛んでいくことはありませんから。……大丈夫です、貴方の身体は貴方たちだけが操れるものだから」

 なおも続くユノの声に従って、俺たちは少しずつ混乱を収めていく。――ユノも『師匠』から同じことを言われていたのかもしれないななんて、そんなことを考える余裕も少しずつだが出てきた。

 体が軽くなってから、大体一分ほどは経っただろうか。ユノの言う通り違和感は少しずつ消え、普段通りの身体の感覚が戻ってくる。それに安堵しながら隣を見れば、同じように俺の様子を伺おうとしていたレイチェルと目が合った。

「……っし、俺たち二人とも大丈夫そうだな。それじゃあレイチェル、任せたぞ」

「うん、こっからはあたしの役目だね。安心して、役割はちゃんと果たすよ」

 俺の合図に頷きを変えし、レイチェルは軽くうつむいて目を瞑る。両手が塞がっていることもあっていつものようにペンダントを握り締めることは出来なくても、それでも十分だと思えるぐらいにスイッチが入っていた。

「守り手様、お父さん、お母さん。……あたしがあたしの責任を果たすために、どうか力を貸して」

 小さな口が言葉を紡ぎ始めると同時、俺たちの足元から風が吹き上げ始める。それは見る見るうちに勢いを増し、小さなつむじ風となって俺たちの髪を派手に揺らした。

 体が軽くなっていることもあって、この時点から気を抜くと吹き飛ばされてしまいそうだ。そうならないためにも二人の手を必死に握ると、同じぐらいの強さで握り返される。……飛ばされない様に踏ん張っているのは、みんな同じことだった。

 三人がかりでどうにか体を地面につなぎ留めながら、俺たちは準備が整うのを待つ。そうして待つことしばらくして、レイチェルは『お待たせ』と言わんばかりにうつむいていた顔をきっと上げた。

「……飛ぶよ、二人とも! せーーー……のっ‼」

 そのまま発された掛け声に従って、俺たちはどうにか踏ん張っていた地面をついに蹴り飛ばす。……その瞬間、ひときわ強く吹き上げた風が俺たちの身体を天高くまで舞い上がらせた。

 あっという間に倒壊した建物の高さを超え、ここら一帯の街並みを見下ろせるほどに俺たちの身体は上昇する。眼下に広がるベルメウの景色は、想像していた以上に無残なものだった。

 その中でも、建物などに傷がつくことなく制圧された一角は不気味な雰囲気を放っている。あの冒険者はやはり命を落としたのか、あれほどそびえたっていた土壁はもう欠片も見えない。

 やはりどう足掻いてもこれが現実で、きっとアグニ達が描いていたシナリオ通りの展開だ。これが完遂されるようなことがあれば、アグニ達以外の命は根絶やしにされてしまうだろう。どれほど好きにやらせることになるのだとしても、それだけは絶対に避けなければならないことだ。

「九番街はあっち、だよね。……急ごう」

「ああ、コントロールは任せた。ガリウスのためにも、出来るだけ早くレストランまでたどり着かねえとだからな」

 叶う事ならこのままレストランの上空までたどり着き、そして空中から奇襲できれば最高だ。そうして接近戦を始めることが出来れば、ユノの魔術はとてつもない脅威としてアグニに降りかかることになるだろう。
 
 レイチェルの確認に二人揃って頷きを返すと、俺の身体は背中側に向かってかなりのスピードで移動していく。進行方向の様子が見えないのは何気に恐ろしいものがあったが、レイチェルやユノよりも俺がそうなる方がいくらかマシだ。

 改めて眼下の景色を見やると、結構な数の下っ端たちがこちらを見上げているのが分かる。中には魔銃らしきものを構えているような姿勢を取っているのもいたが、打ってこないという事は射程範囲外という事なのだろうか。真偽は分からないが、あちらから手出しできないのは朗報だ。

 想像していたよりもはるかに高いスピードで、そして快適に俺たちは九番街へと接近していく。そんな中で少しずつ言葉を交わす余裕が出来てきたのか、ユノが少し遠慮がちに口を開いた。

「……マルクさん、よければ一つお聞きしたいのですが」

「ん、どうした?」

「唐突に尋ねたくなってしまいまして。……騎士団にも認められているパーティのリーダーにとって、リーダーという立場はどの様な存在なのだろうか、と」

 少し思い詰めたような表情をしながら、ユノはそんな問いかけを投げかけてくる。ユノが言う通りそれは本当に唐突で突拍子もないものではあったが、しかし切実なものでもあった。

 その問いかけにどう答えようか迷って、俺は少し沈黙する。俺はリーダーになったというよりは、成行きでそうなったという方が正しいからだ。俺がリーダーで居られるのは、間違いなくリリスとツバキがあの時背中を押してくれたからだった。

 だから理想のリーダー像とかそういうものがあるわけじゃないし、『こうなれたらいい』なんて思って始めたわけでもない。俺が考えているのは、『どうしたら大切な存在を一つ残らず守れるのか』という自己中心的な事だけだ。

「……初めてマルクさんと顔を合わせた時、自分はなぜだか支部長の事を思い出しました。髪の色も体格も、そんなに似ているわけではないのに。雰囲気が似ているとか、そういう事なのかもしれません」

「俺が、ガリウスに似てる?」

 俺の沈黙を受けて重ねられたユノの言葉に、俺は思わず顔をしかめる。ガリウスの事を慕っている人間がそれを口にしたとなると結構な信憑性があるが、そうなった場合俺がガリウスに抱いている感情は同族嫌悪という事になる。それは違うんじゃないかと思ったが、なぜかそれを完全に否定することは出来なかった。

 もしも仮に、俺がガリウスの立場だったら。どう足掻いても確実に敵の標的になるような人間を『夜明けの灯』で預かってくれと強制されたら。……もしそれがきっかけで、リリスやツバキ、そしてレイチェルに危険が及ぶようなことがあったら。俺は、そいつにどんな言葉をかけるのだろう。

「はい。貴方を見ていると、度々支部長の影が重なります。自分が憧れて追いつきたいと思った存在と似た境地にいると、何となくですがそう感じるんです。だから、そんな貴方に聞きたくて」

 急にこんがらがりだした俺をよそに、ユノはさらに言葉を重ねる。その度に俺の思考はこんがらがって、筋の通る答えがだんだん遠くなるような気がして。それを探しながら、俺が視線をさまよわせていると――

「……ん?」

 眼下の景色を捉えた俺の視界の中に、一人妙な存在が映りこむ。黒のローブを着た下っ端たちに囲まれる、白い服を纏った一人の男。……それは、俺たちのいる方向に向かって真っすぐに手を伸ばしているように思えて。

 それ自体は意味のない行為のはずなのに、俺の背筋に言い知れぬ寒気が走る。今までに感じたそれとは比べ物にならない、あまりにも危険な感覚。理屈抜きで、本能があの人間に恐怖している。

「レイチェル、下になんか妙なのが――」

 その感覚に突き動かされるままに俺は口を開き、今感じ取った危険を必死に共有しようとする。……だが、生憎気づくのが遅すぎたようだ。


「――成程、風の球体か。木っ端どもが騒いでおった時には何事かと思ったが、面白いことを考える輩もいたものじゃの」


 俺たち三人が手を繋ぐことでできた輪の中に、白い服を着た男が突如姿を現す。……それは、さっき俺が眼にしたのと同じもので。

「転移、魔術――」

「ほう、あの小細工を知っておるか。……しかし残念、その推測は的外れじゃ」

 俺が呟いた言葉に男は首をゆるゆると振り、それに伴って白いひげがゆらゆらと揺れる。……その手は、腰に差した剣へと伸ばされていて。

「ああ、ようやく心躍る戦いが出来そうじゃ。――木っ端を踏み潰すのは、儂の趣味ではないからの」

――恍惚とした声とともにその剣が抜き放たれたとき、俺は落ちるのも構わず繋いでいた手を迷いなく離した。
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