修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第五章『遠い日の約定』

第四百五十一話『修復術』

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「難儀な物じゃな、修復術師に対する扱いは四百年が経とうと変わらぬか。あの小僧も随分と真摯に取り組んでいたというのに、一度安住の地を定めた人間はこれだから――」

「……ちょっと待って、フェイ。あなた以外の誰もその話についていけてないから」

 堰を切ったかのように言葉を重ね始めるフェイにブレーキをかけると、「そうだった」と言わんばかりの咳払いが室内に響く。そのまま深呼吸を一度二度と繰り返した後、改めてフェイは口を開いた。

「そうじゃったな、まずは妾が知っている修復術の説明をするのが先か。妾の知っている『それ』の本質は、クライヴと名乗ったあの男がやってのけたことに他ならぬ。簡単に説明するならば、『魔力を媒介とする事象を自在に書き換える魔術』とするのが的確かの」

「……事象の、書き換え――」

 フェイが語った修復術の本質は、意外にもすんなりとリリスの腑に落ちる。……頭の中によぎっていたのは、リリスが制御していたはずの影の刃が突如自身の足を貫いたあの時の光景だった。

「修復術は魔力の本質的な個所に干渉し、それの働きそのものを書き換える。……奴が手をかざしただけで容易く妾の攻撃を防いでいたこと、小娘も見ていたであろう?」

「見てたわよ。……正直、冗談としか思えない光景だった」

 そう思ったし、そうだと思っていたかった。何年も何年も研鑽し身に着けてきた魔術があんなにも簡単に、たった一つの動作のみで封殺されるなど、それこそ今まで歩いてきた道そのものの否定のような気がしてならなくて。軽く右手を掲げただけで生み出されるあの壁は、リリスがぶつかってきたどんな障壁よりも間違いなく分厚かった。

「リリスさんとフェイ様の攻撃が防がれるほどの防御か……。それを右手一本で生み出すとなるとどう考えてもただ事じゃないね」

「ああ、間違いなくただ事ではないな。……じゃが、アレには確かにタネがある。あ奴は攻撃された瞬間、大気中を漂う少量の魔力に対して修復術を行使したのじゃ」

 さながらこのようにな、と付け加えたフェイが手をかざすと、何もなかった空気中にぼんやりとした光の球が浮かび上がる。続けて軽く手を振るとそれは霧散し、フェイがにやりと笑みを浮かべた。

「とまあこのように、どんな空間にも少量ではあれ魔力が漂っておる。修復術はそれに干渉し、その働きを防壁へと書き換えた。言ってしまえば簡易的な結界術を発動したも同然じゃ。……当然、その強度も展開速度もそれとは比にならぬほどに高いのが厄介じゃが」

「――フェイ女史、少し加えて問わせてほしい。……今の説明が正しければ、クライヴは修復術を用いることでありとあらゆる魔術を再現できるという事にならないか?」

 フェイの説明を黙って聞いていたロアルグが、唐突に息を呑みながら口を挟む。ロアルグからすれば、それは肯定されてほしくない可能性なのだろう。……だが、それにフェイは厳かに頷いた。

「ああ、干渉の仕方を憶えさえすれば可能じゃろうな。あの結界術も転移魔術も、もとはそれを専門としていた魔術師のやり口を解析して修復術で再現していると考えるのが自然じゃ。魔力の本質を書き換えるためには、魔力が本来有している状態を把握できる技能が必要不可欠じゃからな」

 ロアルグが考えた悪い予感を肯定して、フェイは再び光の球体を空中に浮かび上がらせる。ほんのりと輝くそれを指し示しながら、フェイの言葉はさらに続いた。

「妾たちが魔術を行使するときも、無意識ではあれ魔力の本質を変質させておる。空気中の魔力に自分の魔力を用いて、あるいは混同させることで干渉し、望んだ属性の魔力に変質させるというわけじゃ。……当然、どんな変質を起こしてその属性の魔術になるかなど意識しているわけもないのじゃがな」

 その当然を覆すのが奴ら修復術師と言うわけじゃ、とフェイは苦い表情をしながら続ける。その拳がぐっと握られると同時、光の球はあっさりと消失した。

「どのように書き換えれば魔力が属性を帯びるのか、奴らははっきりと理解しておる。だからこそ一瞬にして結界を展開でき、挙句の果てに他者の魔術にすら干渉し支配権を奪う事が出来る。……アレは修復などという生易しい物ではなく、魔術の摂理を冒涜し利用するあまりにも危うい代物よ」

「冒涜し、利用する……か。普段からいろんな物を都合よく利用させてもらってる僕が言うのも場違いな気はするけど、随分と横紙破りなことをやってくれる魔術って認識で間違いないかい?」

「ああ、その認識で正解じゃ。あくまで理論上の話じゃが、修復術を身に着けるという事は今現在成立している魔術体系の全てを掌握できる可能性を得たという事に他ならぬ。……ただの模倣術であるならばいくらでもやりようはあったのじゃが、奴らの所業は当然のようにそれだけではとどまらぬ故な」

 だからこそ悪辣じゃ、とフェイは表情を歪める。……その評価を聞きながら、リリスは今までマルクがしてくれた修復のことを思い出していた。

 修復術に慣れてしまってからは疑問を持つこともなかったが、そもそも手を触れるだけで魔術神経の状況を把握するというのは常人に――いや、魔術に明るいリリスたちでさえもできないすさまじい所業だ。それだけでなく傷ついたそれを修復までしてしまえるその魔術が別の事に応用できないなどと、どうして信じ込んでいたのだろう。

「修復術師を相手取るという事は、今までに奴が学習してきた全ての魔術師を相手取るも同然という事じゃ。そこに術者本人の工夫が加われば厄介さはより増す上に、下手にこちらが魔術で攻撃を仕掛ければそれすらも学び取られる可能性がある。……身近なところで言えば、影魔術なんかは既に模倣されていても何らおかしくはないな」

「影魔術――ツバキさんのか。あれも特異な上にかなり強力な魔術って聞いてるから、奪い取られるのはかなり厳しいね」

 フェイが提示した可能性を受けて、ガリウスは顎に手を当てて考え込む姿勢を取る。それに頷いたフェイは改めてリリスの方を一瞥すると、簡潔にこの会議の結論を取りまとめた。

「ああ、その認識で間違いはない。修復術師が率いる組織と全面衝突するならば、こちらも無策で突っ込むわけにはいかない。対策を練り、個人個人の戦闘力を底上げし、確実な勝算を携えて帝国に向かわねばならぬ。……妾も助力は惜しまぬ、貴様ら騎士団も全力を尽くしてくれるな?」

「そうだね、少なくともベルメウはフェイ様の提案に全面的に賛同するよ。この都市の現状じゃまともに指揮をとれるのは僕ぐらいだ、きっとすぐにでも体勢を整えられる」

「ああ、騎士団全体を挙げてフェイ女史の提案に乗らせてもらう。マルク殿は騎士団にもなじみ深い恩人だ、きっとすぐにでも人員が集まる。……そうなれば、後は王国へと直談判するのみだ」

 最後の確認に堂々と頷きを返した二人に、フェイもまた満足そうな仕草を見せる。それをきっかけに会議が終了の雰囲気に移り始めたその時、緑色の瞳が唐突にリリスの方へと向けられた。

「……小娘、貴様にはまだ語らなければならぬことがある。……修復術師にまつわる、もっと個人的な私情の混じった話じゃ。騎士団二人、悪いが先に席を外してくれるか?」

「分かった、修復術には二人の方がより深く首を突っ込んでるもんね。騎士団として色々処理しなくちゃいけないことも残ってるし、僕とルグは先に移動させてもらうよ」

 フェイの提案に快く頷き、友人兼仕事仲間の背中を押しながらガリウスはそそくさと部屋を後にする。そして、小さな円卓にはフェイとレイチェル、そしてリリスだけが残された。

「……よし、あの男どもは去ったようじゃの。これで扉の前に張り付いて盗み聞く様な輩ではないと信じていたが、改めて確認するとそれはそれで安心するものじゃな」

「そうね、秘密があるならできる限り疑心暗鬼になっておくのは鉄則だわ。……それで、私にだけ話さなくちゃいけないことってのは?」

 冗談めかしたフェイの言葉に肩を竦めながら、少しぶっきらぼうな様子で問いかける。会議と名のついた場が終わったこともあって、リリスの肩の力は少し緩みつつあった。

「ああ、言ってしまえば単純な事じゃ。妾はさきほど、小僧の記憶が操作されておるという話をしたな?」

 その言葉を口に出すと同時、フェイの雰囲気が少し自信ありげなものへと変わる。それに引きずられるように首を縦に振ると、フェイも頷き返しながら続けた。

「なぜ妾がそのように断じたのか、小娘にはしっかり説明せねばならぬと思ってな。……何せお主、小僧に惚れているじゃろ」

「……ええそうよ、何か悪いことでも?」

「いいや、むしろ望ましいことじゃ。種族や在り方に囚われず愛したい者を愛する、実にいいことではないか。……だからこそ、そのような相手の事は少しでも多く知っておくべきじゃろ?」

 強気に肯定したリリスにむしろ嬉しそうな反応を見せながら、フェイは軽く片目を瞑る。それにリリスが何か言葉を挟む隙間も与えず、フェイは視線をおもむろに上に投げると――

「……実はな、修復術師は本来なら彼らの里から抜け出してはならぬ存在じゃ。……ベルメウを作り上げ消えゆく妾を『約定』と言う名の命綱でつなぎとめた修復術師が為したことがきっかけでその考え方はさらに強固なものになったと、その原因となった人物から自慢げに聞かされたのが懐かしいのぉ」

――少し、昔話をするとしよう。

 口ずさむように呟いて、フェイはリリスでもレイチェルでもないどこか遠くへピントを合わせる。――それはきっと、今やフェイしか知らない本当の御伽噺の始まりだった。
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