修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第六章『主なき聖剣』

第四百五十七話『責任はその背に』

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「ごめんねリリス、フェイって結構恋愛とかそういう人の想いが絡む話が好きみたいで……」

「いいのよ、フェイも悪意があって話してるわけじゃないってのは分かったし。色々と三稿にもなったし、私はそう悪い時間だったとは思ってないわ」

 申し訳なさそうに身を縮こまらせるレイチェルに、リリスは苦笑を浮かべながらそう答える。こちらをからかおうという意図がなかったとまで言うと流石に嘘にはなってしまうが、少なくとも悪感情から来た行動じゃないという事は恋愛について語るフェイの声色を聞いていれば分かる。

 恋愛に対する心構えはともかく、フェイから伝授された『恋愛テクニック』とやらは全部実行する気に慣れないほど大胆なものだったが。アドバイスを実行している自分の姿も全くと言っていいほど想像がつかなかったし、フェイ流のやり方はリリスには合わないという事だろう。

 それに、恋愛話をしたこと自体が持つ意味もちゃんとある。こうして一時の休息をとっている間にもあれこれと言葉を交わしているアネットとフェイの様子は、対面してまだ一時間も経っていないとは思えないぐらいに柔らかいものだった。

「それに、あの話を通じて皆肩の力も抜けたみたいだし。これから一緒に戦っていく仲間同士が打ち解けられるきっかけを作れたのなら、私の恋心が暴露されただけの価値はあるんじゃないかしら」

 特にアネットは初対面でフェイに純粋な尊敬の目を向けていたし、恋愛話がなければ今でも肩の力が抜けきらなかった可能性は大いにあり得る話だ。尊敬は対人関係において大事な感情ではあるものの、それが過剰になると真っ向からの意見の交換が難しくなる可能性もある。適度に肩の力を抜くという意味では、さっきの会話はこれ以上ないものだったと言っていいだろう。

「これがもしフェイの狙い通りだって言うなら凄いことよね。……どこまでが計算でどこまでが好奇心か分からないから、もしかしたら本当にそうかもしれないってのがフェイの底知れないところなんだけど」

「そうだね、時々好奇心と計算の両方で動いてるときもあるし……。あたしは大体フェイの隣にくっついて過ごしてるけど、今でも底が見えないって意味ではあたしもリリスと同じかも」

 少し大げさに肩を竦めながらこぼしたフェイへの称賛に、今まで申し訳なさげだったレイチェルの口からも微笑がこぼれる。丸まった背筋もほんの少しだけ伸び始めていて、レイチェルも少しずつではあるが本来の調子に近づきつつあった。

「あたしね、いつもフェイに助けてもらってばかりなんだ。守り手様として宝石の中に居た時も、約定を果たして外に出てきてからも。……あたしも出来ればフェイの力になりかったんだけど、『その体で無理をするでない』って止められちゃって」

 自分の胸元に手を当てて、レイチェルは少し悔しそうに零す。その手の動きが少しだけぎこちなくて、リリスはそこに損傷した魔術神経の影響を見出さずにはいられなかった。

 リリスも経験したことがあるものだが、魔術神経の損傷による身体機能の低下は本当に著しいものだ。体中に魔力が行き渡らないだけで身体はこうも不調をきたすのかと、そう恨み節をこぼさずにはいられないほどに。今のレイチェルも体を動かすこと自体は出来るだろうが、戦闘などの激しい動きをしようものならその影響はさらに色濃くレイチェルを蝕むだろう。

「別にね、魔術が使えなくなったことを後悔してるわけじゃないんだ。けどね、あたしが背負った責任は今も残ってる。あたしに何が起こっても、責任は決して消える物じゃない。……いまのあたしがそれをどう果たせばいいのか、まだよく分かってなくてさ」

 少しだけ自嘲気味に、レイチェルはリリスにだけ聞こえるような声色でこぼす。口元には微かな笑みこそ浮かんでいたが、それが虚勢であることは言うまでもなかった。

 本人がそれをどこまで自覚しているかは分からないが、レイチェルの成長速度は明らかに常人とはかけ離れたものだ。故郷を燃やされてからの一週間で、そしてベルメウで経験した襲撃で、レイチェルの精神はあり得ないほどの速度で成熟している。……だが、それには確かな代償があった。

「……私は、あなたに責任を果たしてほしいと思ってる人がそんなにいるとは思えないけどね」

 背もたれに体重を預けながら、リリスはぽつりと呟く。むしろフェイを目覚めさせてベルメウの窮地を救って見せたのだ、感謝されることはあっても批判に遭う事なんてほぼないだろう。……レイチェルの評価は、自己と他者で明らかに食い違っている。

「ううん、そうだとしても責任は果たさなきゃダメなの。……あたしはあの時、そう決めたんだから」

 それを裏付けるようにして、レイチェルは胸の前で強く拳を握り締める。かつてそこについていたペンダントはすでになく、レイチェルの手は空を掴んでいた。

 前進したように見えても、自分自身を責めていたあの時のレイチェルが跡形もなく消えるなんてことはあり得ない。自分自身を否定するレイチェルはまだ彼女の中に住んでいて、それがレイチェルに責任を果たすことを命じているのだ。

「……あなたは、本当にまっすぐなのね」

「まっすぐなんかじゃないよ、あたしは何回も折れ曲がってる。リリスたちが傍にいてくれたから、あたしはどうにか立ち上がることが出来てるんだ」

――だから、その人たちのためにも頑張らないと。

 そんな言外の想いを、リリスはレイチェルの表情から色濃く読み取る。自らを追い込んでいるのが無自覚だったならまだいいが、レイチェルの場合自覚した上でなお追い込むことをやめていないのが大問題だ。……このまま放置していれば、その想いはレイチェルの身体を更に蝕みかねない。

(フェイがそれに気づいてない――なんてことは、流石にないと信じたいけど)

 瞑目するレイチェルから少し離れたところで談笑するフェイに視線を移しつつ、リリスはそんなことを考える。フェイは思っていた以上に誰に対しても友好的な態度を取っているが、それでもレイチェルの扱いは別格だ。何せフェイはずっとレイチェルの事を守ってきたのだから。

 一精霊としての立場を貫いている今でさえレイチェルを守ることへの熱量は変わっていないどころか増しているように感じるし、フェイがマルク奪還に積極的なのもほぼ間違いなくレイチェルに修復術を施してもらうためだ。……問題は、当人がそれをどこまで自覚できているかと言う所なのだが――

「……さて、歓談もこのあたりにいたしましょうか。そろそろ団長の使者としての本懐を果たさせていただきますわよ」

 そんなリリスの思索が完結するより先に、アネットがフェイとの雑談に区切りをつける。両手を打ち合わせる音が高らかに鳴って、一同の視線がアネットへと集中した。

「改めまして、わたくしはアネット・レーヴァテイン。――共同戦線を張る者同士、有意義な話し合いにいたしましょう」
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