修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第六章『主なき聖剣』

第四百七十九話『瓦礫の山と奪われた過去』

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 足早に、しかし足音が騒がしくはならないように階段を駆け下りて、こんな朝早くから受付に座っている職員の女性に軽く会釈する。にこやかな挨拶が返ってきたのを視界の隅でしっかりと確認しながら扉をくぐれば、ユノの姿はすぐに見つかった。この時間から集まった住人たちを指揮して、建造物の再興に取り掛かっているようだ。

 建物の形は保っている騎士団支部とは違い、正面に見える建物はその原型をほとんど留めていない。きっと何かしらの商業施設ではあったのだろうが、それを判別するための材料はほぼ崩れ去ってしまっている。たとえその建物にどれだけの歴史があったのだとしても、残骸たちからそれを見出すことはもはや不可能だ。

 襲撃者たちが奪って行ったのは、何も今を生きるベルメウの人々の生活だけではない。過去に生きた人々が積み上げてきた生活の断片も、あの一日によってその多くが奪い取られた。仮に建物が修繕できたのだとしても、それを取り戻すことは困難だと言っていいだろう。どれだけ襲撃前の見た目を再現してみたところで、限りなく過去の存在に近づけた『何か』以外の存在になることなどできないのだから。

 道路を挟んだ向かい側の景色を見つめながら、リリスはそんなことを考える。その間一度も車が道路を走り抜けなかった事もまた、リリスの心をチクリと突き刺していた。

 ロアルグに頼んで車を一台持ち出してもらった時も、ちょうどこれぐらいの時間帯だった。しかしその時はもう車はあちこちで走っていて、都市は賑わいを見せていたものだ。……それに比べて、車輪の音が響かない街道のなんと静かな事か。

 ベルメウがこの先どれだけ完全な再興を果たしたのだとしても、きっとその光景の中に自動で走行する車の姿はないのだろう。いや、もしかしたら『魔構都市』という肩書すら消えてしまっているかもしれない。今までベルメウの住人たちが仕組みの分からない魔道具たちを信用してこられたのは、一度も誤作動を起こしていないという実績ありきの物なのだから。

 魔道具たちの暴走の真相を知るのは、リリスやフェイを中心としたほんのわずかな人物だけだ。騎士団員だって全員は知らないし、まして都市の住民が知る由などあるはずもない。……たとえクライヴの存在がベルメウにとって、そして設計者にとってとてつもないイレギュラーだったのだとしても、それを知識として得る機会はどこにもなかった。

 魔道具への絶対的な信頼を軸に回ってきたベルメウの仕組みは、あの日を境に完全に崩壊した。ガリウスがあれほどまでに悔いていたのも、今ならば理解できることだ。……あの男が、きっと誰よりもベルメウの未来を想っていた男が望んだベルメウの在り方は、取り戻そうと思う事すら難しく感じてしまうほどに遠ざかっている。

『夜明けの灯』と騎士団がともに奮闘したことによって、守ることができたものは確かにある。……だが、それはきっと守れなかったものを仕方がなかったと割り切る理由にはならないのだ。『夜明けの灯』はマルクを、ガリウスは『魔構都市』と言うベルメウの根幹をそれぞれ奪われている。それはきっと、痛み分けと呼ぶにはあまりに大きすぎる失態で――

「……リリス様、こんな朝早くから一体どうなさったのですか?」

 そんな考えを遮るように声が隣から響いてきて、リリスは思わず一歩飛び退きながら声の主を確認する。いつの間にやらそこに立っていたのは、さっきまで住民たちに指示を出していたユノだった。

 騎士服を木屑や石の欠片で汚したその姿は、ロアルグとはまた違った騎士らしさを感じさせる。ガリウスの背中を追いかけてこうなっているあたり、本当に根っからまっすぐな気質という事なのだろう。

 素直に用件を応えるべきか一瞬逡巡して、二人の間には沈黙が浮かぶ。然しそれをすぐに振り切って、リリスは素直に答えることを選んだ。

「ちょっと、悪い夢を見たのよ。それで目が覚めちゃって散歩でもしようと思ってたら、外からあなたの声が聞こえてきてね」

「それでここに降りてきてた、ってことですか。……騒がしくはなかったですか?」

「ううん、寧ろいい賑やかさだと思うわ。再興作業が明るいのに越したことはないし」

 少し不安げに眉を顰めるユノに首を振って、リリスは作業を進める住民たちに目を向ける。雑談らしき話声を交えながら瓦礫の撤去を進める住民たちからは時折笑みも漏れていて、早朝だというのに不満げな様子は少しも見当たらなかった。

「あの瓦礫たち、何か細工でもしてあるの? とてもただの住民が雑談しながら運べる大きさだとは思えないんだけど……」

「ああ、あれは自分の魔術です。触れたものの重量をある程度コントロールできる、ちょっと特殊な性質でして」

 少し照れたように頭を掻きつつ、ユノは疑問に答えて自らの魔術を開示する。ユノが言った通りかなり奇妙で特殊な効果ではあったが、それならば目の前の光景にも納得がいくというものだ。

「色々応用が利きそうな良い魔術ね。扱えるあなたが少し羨ましいわ」

「身に余るお言葉です、自分なんてまだまだ未熟者ですから。……自分の魔術を瓦礫の撤去に使うことだって、マルク様と出会っていなければ思いつかなかったかもしれないので」

 謙遜交じりにマルクの名前が出てきて、リリスはかすかに息を詰まらせる。リリスの知らないところでもその在り方は誰かに影響を与えていることが、リリスには何故だかとても誇らしかった。

 あの奴隷市場でマルクに見出したものが嘘じゃなかったのだという証拠は、ともに過ごす時間が長くなるにつれて際限なく増えていく。その欠片を見つけ出していくたびに、リリスの心は熱を帯びる様な気がするのだ。

「だからこそ、マルク様が攫われてしまったことが悔しくてなりません。……もう一度お会いしてお礼を言わなければならないと、そう思っているのに」

 そんなことを思うリリスをよそに、ユノはさらにそう言葉を続ける。その拳は強く握りしめられ、漏れ出る無念の感情が本心からの物であるのだと直感させた。

 レイチェルたちの話によれば、ユノを助けることをマルクは悔やみながらも諦めたという話だった。だからこそ、始めに対面を望んだ時には恨み節の一つでも出るのではないかと思っていたのだ。……けれど、出てきたのは全く違う憂いの言葉と感謝の言葉で。

 マルクを守り切れなかったことを、ユノは心の底から悔いている。それがユノを信用できると確信した理由で、質問してみたいと感じさせた決め手でもあるのだろう。

「大丈夫よ、マルクは必ず取り戻すわ。この命に懸けても――なんてことは、昨日のあなたの言葉を踏まえるとそう簡単に言えないのだけれど」

「ええ、仮に冗談でも言わないでください。……たとえ貴女の命と引き換えにマルク様を取り戻すことができたのだとしても、それは自分がお世話になったマルク様ではなくなってしまっているかもしれませんから。貴女の命は、貴女がマルク様の命に感じているのと変わらないほどに重たいものです」

 そこに差なんてあるはずがありません――と。

 苦笑交じりに付け加えた言葉に、ユノは大真面目な様子で応える。胸の内でずっと存在感を主張している違和感が、その言葉とともに主張を強めたような気がした。

 リリスを欠いた後のマルクがどうなってしまうのか、リリスには想像ができない。だが、きっとどうしようもなく変わってしまうことは事実なのだろう。それを危惧しているから、ユノもガリウスも命を捨てることを諫めようとしているわけで。

「……ねえ、ユノ。一つ質問に答えてもらってもいいかしら?」

 話題が一段落したところを見計らって、リリスは緊張交じりに切り出す。命の重みに差がないのだと断じたユノは、リリスが言葉を詰まらせた天秤を前にどんな答えを下すのか。……それを知ることで少しでもこの感情が晴れることに、淡い期待を寄せながら。

「リリス様の頼みなら一つと言わずいくつでもお答えしますよ。……して、どのようなご質問ですか?」

 すぐにユノから快い反応が返ってきて、リリスは軽く息を吸い直す。夢で見たあの光景を思い返しながら、目の前の騎士へと向き直る。マルクとよく似ているらしい人物の背中を追いかける、まっすぐな騎士の瞳を見つめて――

「……あまり、気を悪くしないでほしいのだけれど。戦場であなたの命とガリウスの命のどちらかを選べって言われたとき、あなたはどちらを優先するのかしら?」

 胸の奥が詰まる様な感覚が強まっていくのを自覚しながらも、目を逸らさずにリリスは問う。……僅かに目を丸くしたユノの瞳の中には、見たことないぐらいに強張ったリリスの顔が映っていた。
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