修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第六章『主なき聖剣』

第五百四十二話『螺旋を破る意志』

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 剣の冷たい感触も、真っ赤に染まる視界も、全てが一瞬の事だ。この異常な空間で死は許されず、どんな致命傷もあっけなくなかったことにされる。それがこの場所の根本的な法則なのだと理解していても、実際に巻き戻されるまで俺の緊張はほぐれてくれなかった。

「……とりあえず、作戦成功ってとこか……?」

 二本の足で立っていて、視界の先にはウォルターが居る。何度も何度も立ち返ってきた初期盤面につつがなくたどり着いたことを確認して、俺は小さく安堵の息を一つ。俺の胸元では、心地よい冷たさが未だに存在感を放ってくれていた。

 自分から命を絶った時の例外が用意されていたら最悪どころの話ではなかったが、どうやらそこまで細かく条件訳がされているわけではないらしい。どんな死でもこの場所は否定し、俺たちを万全な状態へと戻してくれる。――そうと分かってしまえば、もう自分に向けて刃を構える怖さはなくなった。

 痛いもんは痛いし出来るなら経験したくないのは間違いないが、それでも自分の命を他人に弄ばれるよりはずっとマシだ。ウォルターの思い通りになど、もうなにひとつだって行かせてやるものか。

「滅茶苦茶な理屈振り回して散々好き勝手やってくれたんだ。こっからは俺も好き勝手やらせてもらうけど、まさか今更ケチ付けるなんてことはねえよな?」

「……ありえません。一体あなたに何が起こったというのですか」

 俺が決意を新たにする一方で、ウォルターは化け物を見るような眼で俺を見つめている。自殺を選ばれたのがよほど気に食わなかったのか、足は小刻みに震えていた。

「あなたの輝きは確かに翳り、後はただ穢れていくのを見届けるだけだったはずだ! いったい何がどうなれば、一度失われた輝きを取り戻すことが出来るというのですか‼」

 心底不満そうにステッキをこちらに突きつけ、余裕など一切なさそうにウォルターは問いかけてくる。その輝きとやらが何を見て判断しているのかはさっぱり見当もつかないが、『どうして立ち直れたか』に対する答えはあまりにも単純だった。

「改めて思い出したんだよ。俺には仲間がいて、そいつらは今も俺の事を待っててくれてる。――それなのに、こんなところで一人勝手にくたばってるわけにはいかないだろうが」

 クライヴからすれば俺を追い詰めるための手だったのだろうが、リリスたちが帝国に来ているのを伝えたのは今となっては悪手だった。一度敗北を喫してもなお折れることなく、リリスたちは今も帝都のどこかで戦っている。死の恐怖を間近に感じているのは、何も俺一人ではなかった。

 その事実に、俺は驚く程に強く背中を押されている。心持ちが変わっただけで状況はさして変わっていないはずなのだが、不思議と負ける気がしない。この場所の本質が我慢比べにあるのならそれこそ無敵だと言ってもいいだろう。

「俺な、あいつらに会いたくてたまらねえんだよ。オッサンの悪趣味な笑顔なんか見てるよりよっぽど癒されるからさ」

 耐え続けることにしか勝ち目がないならいくらでもそれに付き合う覚悟はあるが、生憎と時間は有限だ。出来る限り先を急ぐ必要があるし、そのためには俺の方から新しいことを仕掛けていくしかない。――そのための手がかりは、既にもう掴んでいた。

「……本当に、そんな綺麗事で立ち直ったとでも?」

「そうだよ、まさか嘘ついてると思ってんのか?」

 すっかり余裕がない様子のウォルターに、意識的に満面の笑みを浮かべて返す。さっきまでの状況がまるっきり反転した様でいい気味だと、俺は内心ほくそ笑んだ。

 自分勝手な論理を振り回して好き勝手やってくれたんだ、こっちにもやり返す権利はあるってものだからな。コイツの仕掛けをぶっ壊すぐらいしたって罰は当たらないだろう。

「そう言えばさ、そいつはいつだかこんなことを言ってたんだよ。『不老不死を実現する術式なんてこの世に存在しない』ってな」

 笑みを絶やさないよう意識しながら、さも話が繋がっているかのように話題を切り替える。……誰が見ても分かるほどに、ウォルターの表情が歪んだ。

 考えてみれば、おかしなところはたくさんあったのだ。逃げ出した末に心臓を刺されたときの事も、血痕の一つも残らない石畳の事も。――あれほど強く太陽が照り付けていたはずなのに、冷や汗以外一切流さなかった自分の身体も。

 もしここにリリスが居てくれたなら、きっと容易く真実を見抜いていたはずだ。『子供騙しにもなりゃしないわ』とか呆れた表情でこぼすリリスと苦笑するツバキのやり取りを、結論にたどり着いた今なら容易に想像できる。

「不老不死が実現できるものじゃないなら、そこには何かのカラクリがある。不老不死――というか、何回だって死ねるような環境だって騙すことの出来る何かがな」

「……やめなさい」

 今俺に見えているのはあくまで思考のゴールだけ、ウォルターの仕掛けの全てを見抜いているわけじゃない。しかしそれを悟られないように滔々と話し続ければ、あっちは全て見破られたと思い込む。焦りを露わにしながらステッキを構えるその姿が、俺の推理を何よりも後押ししてくれていた。

「一番簡単に考えるなら、この空間自体がそもそも現実じゃないって考えるのが手っ取り早いかもな。必死こいて逃げたはずなのにいつの間にかお前の目の前に戻ってきてたこともそれなら説明が付くし――」

「――やめなさいと、言っているでしょう‼」

 しかし、答え合わせが全て終わる前にウォルターは叫びながらこちらに突っ込んでくる。直線的ではあるがその踏み込みは鋭く、構えられたステッキは容易に足を切り落とせるほどの切れ味だ。この空間の本質が何であれ、まともに食らえば死ぬほど痛いのは間違いない。

 だが、その動作はあくまで目で追える範疇にあるものだ。もっと強くて鋭い剣を、俺はたくさん知っている。

「図星を突かれたら暴力で解決とか、オッサンも案外子供なんだな?」

 繰り出された剣の軌道をよく観察し、それに合わせて剣を振るう事で最低限のモーションで防御を完了する。今まで偶然の噛み合いでしかなかったが、今回ばかりは完全に狙い通りだ。

 そして、この空間で有効な戦い方はご丁寧に教えてもらったばかりだ。辛うじて即死にはいかない程度のダメージが一番心を抉ってくることを、俺はよく知っている。

「う……るああああッ‼」

 何十回も殺されてきた分の恨みも込めて、俺は全体重を乗せた突きを無防備な肩口へと叩きこむ。骨を叩く鈍い感触が伝わってきた直後、からんと音を立てて杖が地面に落ちた。

「ぐ、お……ッ」

「俺の真似をされても困るからな。殺しはしないけど、徹底的にやらせてもらうぞ」

 低い声を上げてのけぞるウォルターに構わず、引き抜いた剣を反対側の肩にも突き刺す。右肩よりは少し浅いが、それでももう剣を握ることは出来ないだろう。最初からウォルターがここまで徹底的にやってたら、話は大きく変わってたかもしれないな。

 念のためステッキを手の届かない位置へと蹴り飛ばして、懐に隠してある短刀も全て遠くに投げ捨てる。その間にも怒りに満ちた声がぎゃんぎゃんと響いていたが、生憎それに動揺するほどやわな人生を送ってきたわけじゃない。身体的な苦痛はともかく、罵声なら飽きるぐらいに浴び続けてきたし。

「んじゃ、答え合わせの続きと行くか。不老不死なんてない以上、ここは何らかの方法を使って死をなかったことにしてるように見せかけてるってだけだ。きっと俺は一度も死んでねえし、死にかねないほどの致命傷だって喰らってねえ」

 何もできず倒れ伏すウォルターを見下ろして、俺は目一杯の悪辣な笑みを浮かべる。これはただの勝利宣言ではなく、魔術師としてのウォルターの心臓を抉り出すにも等しい行為だ。俺の想像通り搦め手を使ってこの状況を作っているのであれば、そのカラクリを暴かれて無事でいられるはずもなかった。

「でもって、そうなった時に考えられる可能性は二つだ。まず一つ目は幻覚を見せられてる可能性なんだけど、こっちは多分却下でいい。幻覚を見せてるにしても血痕が残らなかったり暑さを一切感じなかったり、何なら疲れが全くなくなったりするのはおかしいからな」

 幻を見ていようが剣を振ればそれ相応に疲れるし、身体の状態が巻き戻ったからと言ってそれがなかったことになるわけではない。俺の置かれていた状況はもっと不条理で、ウォルターにとって都合の良すぎる物だ。

 となれば、可能性はもう一つの方に絞られる。何もそれは未知の物でなく、生きていればほぼ確実に体験する現象だ。それを操るという考え方が希薄な以上、どうしたって見落としがちになってしまうだけで。

「催眠魔術って表現すると少し意味合いが違ってきちまうかもしれないけどな。とにかく、お前が操ってるのはそんな感じの奴だ。俺たちは今お前が作った夢の世界にいて、その中で延々と殺し合ってる。夢だから何回死んでもなかったことになるし、その状況を作るのにも苦労しねえってわけだ。――どうだ、当たってるか?」

 何十回も繰り返した死の果てに辿り着いた結論を、俺は悪辣な笑みとともに堂々と叩きつける。口をあんぐりと開けたウォルターの表情が、その正しさを何よりも力強く保証してくれていた。
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