小説家と漫画家の淫らなレッスン

ミクラ レイコ

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社長の息子

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 その二日後の土曜日の夕方、私は祐樹さんの住むマンションを訪れていた。祐樹さんの漫画を見せてもらう為だ。

 

「うわあ……これ、新作ですか? まだ背景が完成してないのに、すごく綺麗……!」



 私は、祐樹さんの仕事部屋で感嘆の声を上げた。私の目の前にあるスチール製の机には、黒いノートパソコンが置いてあり、その画面には一枚の絵が映し出されている。

 海辺に佇む一組の男女の絵。その絵は、幻想的な雰囲気を漂わせていて、とても素敵だった。



「ありがとう。……でも、数枚先の画像を見たら、紗季さん卒倒するかもしれないよ」



 意地悪な笑顔で祐樹さんに勧められ、私は数枚先の画像をアップにしてみる。



「なっ、なっ、なっ……!!」



 卒倒こそしなかったものの、私は画像を見て目を白黒させた。アップにされたのは、様々な体位で激しく交わる男女の絵。私の知らない体位も沢山ある。



「紗季さん、やっぱり動揺した。官能小説家なのに、なんだか初心ウブな反応だね」



 祐樹さんがクスクスと笑う。私は、不機嫌な表情を作って言った。



「……しょうがないじゃないですか。経験が少ないんですから……」



 私の隣に座っていた祐樹さんは、私の耳元に顔を近付けると、色っぽい声で囁いた。



「……じゃあ、俺がこれから色々教えてあげる」



 その時の私の顔は、多分真っ赤になっていたと思う。



「俺、お茶を淹れて来るね」



 そう言って、祐樹さんは一旦仕事部屋を離れた。一人になると、私は改めて仕事部屋を見渡す。祐樹さんの自宅は2LDKだけれど、仕事部屋に入るのは今日が初めてだった。

 祐樹さんの仕事部屋には、机、二脚の椅子、スチール製の本棚だけが置いてある。本棚には、十八禁の漫画だけではなく、全年齢向けの漫画や資料らしき写真集も並んでいた。



 ふと、壁に掛かっているカレンダーが目に入る。そのカレンダーは、企業がお得意様に配るようなもので、カレンダーの下にはこんな文字が印刷されていた。



『吾妻建設』



 私の心臓が、ドクンと鳴る。睦月さんの友達が、言っていた。「吾妻建設の社長の息子」って。

 珍しい苗字ではあるけれど、私は今まで、ファミレスで聞いた「吾妻さん」は、祐樹さんとは別人だと思い込もうとしていた。でも、これは……。



 さらに、カレンダーに書き込まれてある文字も目に入った。明日の欄には、「睦月さん」とだけ書き込まれている。

 ……ああ、確定だ。祐樹さんは、吾妻建設の社長の息子で、睦月さんと付き合っているんだ。私の心の中で、何かがガラガラと崩れるような音がした。



「お待たせ、紗季さん。……あれ、どうかした?」



 ティーカップを乗せたトレイを持って部屋に戻って来た祐樹さんが、心配そうに私に声を掛ける。私は、沈んだ表情のまま祐樹さんに尋ねる。



「……祐樹さんって、吾妻建設の関係者なんですか……?」



 祐樹さんは、苦笑して言った。



「ああ、やっぱり分かるよね。珍しい苗字だし。……俺、あそこの社長の息子なんだよ。俺は次男だから、跡を継ぐ事は無いと思うけど」

「そう……ですか」



 聞きたい。睦月さんとはどういう関係なの? 恋人同士なの? 何でカレンダーの文字を隠そうともしないの? やっぱり私とは、創作の勉強の為だけにあんな行為をしたの?

 でも、聞く勇気が無かった。もし睦月さんと恋人同士だと言われたら、私は……。



 私は、ギュッと手を握り締めて言った。



「……ごめんなさい、祐樹さん。私、ちょっと体調が悪くて……。もう、お暇しますね」

「え、大丈夫!? 自宅まで送って行くよ」



 祐樹さんが心配そうに言う。私は、首を横に振って言った。



「いえ、歩けるので、大丈夫です」

「でも……」

「大丈夫ですって! ほっといて下さい!!」



 思いがけず大きな声が出た。私はハッとして祐樹さんを見る。祐樹さんは、目を見開いてこちらを見ていた。



「……ごめんなさい、お邪魔しました」



 私はそう言うと、自分のバッグを掴んで、逃げるように部屋を後にした。

 苦しい。祐樹さんが他の女の人を好きなんだと思うと、とても胸が苦しい……そうか。私、こんなにも祐樹さんの事を好きになってたんだ……。



       ◆ ◆ ◆



 それから数日間、祐樹さんは何度も私にスマホでメッセージをくれた。『体は大丈夫?』『何か出来る事があったら言ってね』『今度、会えないかな』等、メッセージはどれも優しい気遣いを感じた。

 でも、私はなんやかや理由をつけて祐樹さんを避けていた。祐樹さんの笑顔を見るのが辛い。あの笑顔が他の女の人にも向けられているんだと思うと、胸が苦しくなった。





 そして、祐樹さんを避け続けて一週間ほど経った金曜日の夜。私が自宅で寛いでいると、スマホが着信を知らせるメロディを奏でた。画面に表示されていたのは、雛乃の名前。

 雛乃は今、レストランに勤める同僚達と飲み会に参加しているはずだけど、どうしたんだろう。

「雛乃? どうしたの?」



 私がスマホに耳を当ててそう言葉を掛けると、意外な人の声が聞こえてきた。



「あ、紗季さん? 俺、吾妻だけど」



 私の胸が、ドクンと鳴った。久しぶりに祐樹さんの声を聞けて心が潤う。でも、それと同時に、祐樹さんの言葉を聞くのが怖くもあった。



「ど、どうして祐樹さんが雛乃のスマホを……?」

「ああ、雛乃ちゃん、うっかり飲み過ぎちゃったみたいでさ。今、歩けないみたいなんだよ。俺、雛乃ちゃんを送って行こうと思ったんだけどさ、俺は雛乃ちゃんの家を知らないから、紗季さんの自宅教えてよ。紗季さんの自宅に送って行くから」



 私は、迷った。本当は、教えたくない。でも、千鳥足でまともに歩けないであろう雛乃を放っておくわけにもいかない。

 私は、深く溜息を吐くと、祐樹さんに私の自宅の住所を教えた。





 電話してから十分くらい経っただろうか。私の自宅のインターフォンが鳴る。私が玄関のドアを開けると、そこにはぐでんぐでんに酔っぱらった雛乃と、そんな雛乃に肩を貸す祐樹さんの姿があった。



「ごめんなさい、祐樹さん。うちの妹が迷惑を掛けて」



 私が雛乃を寝室のベッドに寝かせると、祐樹さんは苦笑して言った。



「いや、こっちこそごめんね。大事な妹さんに飲ませ過ぎちゃって」



 本当に、この人は真面目で優しい。

 祐樹さんは、ふと真剣な顔になると、私に言った。



「ねえ、紗季さん……ちょっと、二人で話せない?」



 拒否する事も出来ず、私はリビングで祐樹さんと向かい合って座る。私の淹れたお茶を一口飲むと、祐樹さんはすぐに話を切り出した。



「ねえ、紗季さん……最近、俺の事避けてるでしょ」



 私は、何も言う事が出来なかった。誤魔化しようがない。



「俺、紗季さんの気に障る事しちゃった? もしそうならちゃんと言って。直すから。……俺、また紗季さんと楽しく話せるようになりたいんだよ」



 どうしよう。なんて言ったらいいの? 祐樹さんが睦月さんを恋人にしているのが嫌だって言う? でも、私が祐樹さんを好きな事は知られたくない。祐樹さんは優しい人だ。私が祐樹さんの事を好きだと知ったら、祐樹さんはきっと困ってしまう。



 私が考え込んでいると、祐樹さんは眉根を寄せて言った。



「……もしかして、まだ元カレに未練があるの?」



 嘘は吐きたくない。でも、今は肯定しておくのが一番のような気がした。



「……はい、そうです」



 すると、祐樹さんは椅子から立ち上がり、私に近寄ってきた。そして、私の頬に両手を添えると、私の唇に自身の唇を押し付ける。



「んっ……!!」



 すぐに祐樹さんの舌が私の口内に侵入してきた。激しく口内を蹂躙され、私は息が苦しくなる。



「ん……んんっ……!!」



 長いディープキスの後、祐樹さんはやっと唇を離した。そして、私の火照った顔を見て不敵な笑みを浮かべる。



「俺と離れるなんて、本当に出来るの? 散々俺といやらしい事しておいて」



 そして祐樹さんは、私を横抱きにすると、ソファーまで私を運んだ。そして、私をソファーに横たえると、私の着ているトレーナーの裾を捲り上げる。



「やっ……!! ダメ、祐樹さん。隣の部屋には雛乃が……!!」

「大丈夫。雛乃ちゃん、ぐっすり眠ってるから。俺と紗季さんがいやらしい事しても起きないって」



 そう言っている間にも祐樹さんの手は動き、私のブラジャーが丸見えになった。トレーナーが脱がされ、祐樹さんが私の首筋にキスをする。

 私の目には、涙が浮かんでいた。こんな形で祐樹さんと身体を重ねたくない。愛されたい……!!



 祐樹さんは、ハッとした表情で私を見た後、私から離れた。そして、目を伏せて言う。



「……ごめん、紗季さん。紗季さんを泣かせたかったわけじゃないんだ」



 そして、祐樹さんはもう一度私に謝ると、部屋を出て行った。



 リビングで一人になった私は、トレーナーを着て、ずれた眼鏡を直す。そして、重い気持ちでソファーに座り込んだ。これでいい。これで良かったんだ。不毛な恋なんて、しない方がいい。

 それでも、私の脳裏には祐樹さんの笑顔が浮かぶ。もっと、祐樹さんと触れ合いたかった。祐樹さんに、愛していると伝えたかった。



「う……ひっく……!!」



 私は静かに泣いた。降り始めた六月の雨が、私の泣き声をかき消してくれた。
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