小説家と漫画家の淫らなレッスン

ミクラ レイコ

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嫌な予感

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 祐樹さんが私の自宅に来た三日後の夕方。私は会社のエントランスで途方に暮れていた。外では雨が降っているというのに、私は傘を持ってくるのを忘れてしまったのだ。



 出勤する時には晴れていたから、傘の事なんて思い浮かばなかった。それでもいつもは、折り畳みの傘をバッグに入れ忘れる事なんて無い。今日こんなうっかりをしてしまったのは……祐樹さんの事を考えていたからだ。

 私はいつになったら、祐樹さんの事を忘れられるんだろう。



 しょうがない。雨の中コンビニまで走るか。そう思って玄関から出ようとした時、外にいた人影が私に手を振るのが見える。――祐樹さんだった。

 私は、慌てて外に出ると、祐樹さんに駆け寄った。



「ゆ、祐樹さん、どうしてここに……!」



 紺色の傘を差した祐樹さんは、私が濡れないよう傘を私の方に傾ける。そして、困ったような笑顔で言った。



「ごめんね、紗季さん。会社まで押し掛けちゃって。……紗季さん、さっき雛乃ちゃんにスマホで『傘忘れた』ってメッセージ送ったでしょ? それで、紗季さんが困ってるんじゃないかなーって思って、仕事を抜け出して来ちゃった」



 仮病を使って抜け出して来たらしい。そんな事をして大丈夫なんだろうか。



「紗季さん、もう仕事終わりだよね。俺の車で家まで送って行くよ。駐車場すぐそこだから、一緒に行こう?」



 祐樹さんは予備の傘を持っているようには見えない。このまま相合傘をしろという事だろうか。……正直、期待を持たせるような事はしないでほしいけど、背に腹は代えられない。



「……それじゃあ、お願いします。祐樹さん」



 そう言って私が祐樹さんの傘に入ろうとした時、後ろから声が聞こえた。



「あれ、紗季?」



 振り向くと、そこには私の元カレである島本さんがいた。隣には、唯香さんもいる。

 島本さんは、私の隣に立つ祐樹さんを見て目を見開くと、私に聞いてくる。



「……紗季、そいつ誰? まさか、俺と別れて三か月くらいしか経ってないのに新しい恋人を作ったわけじゃないよな?」



 初対面の人に向かって「そいつ」って言うのはどうなの? 私は言い返そうとしたけど、その前に祐樹さんが口を開いた。



「紗季さんの同僚の方ですか? 初めまして。俺は、紗季さんの恋人の吾妻祐樹と申します。いつも紗季さんがお世話になっております」



 私は、バッと祐樹さんの方を振り向いた。何て事を言うの!? 祐樹さんには睦月さんっていう恋人が……。



「紗季の恋人お!?」



 島本さんが、ひっくり返ったような声を出す。私に新しい恋人が出来た事が、そんなに意外だったの? いや、実際には祐樹さんは恋人じゃないけれど。



「俺はこれから、紗季さんを送って行きますので、失礼致します」



 笑顔でそう言うと、祐樹さんは私の肩を抱いてその場を後にする。島本さんも唯香さんも、呆然として私達の姿を見ていた。





 仕方なく祐樹さんと駐車場まで歩き、私は祐樹さんの車の助手席に座る。祐樹さんの車は白の軽自動車。私は、祐樹さんの車を見るのも乗るのも初めてだった。

 車を走らせた祐樹さんをジトっと見ながら、私は尋ねる。



「……祐樹さん、なんで私の恋人だなんて言ったんですか?」



 祐樹さんは、前を見たまま真顔で言った。



「ごめんね、紗季さん。紗季さんはまだ元カレに未練があるのに。……でも、俺、紗季さんはもうあんたの物じゃないってはっきり伝えたかったんだ。……あの人、紗季さんの元カレでしょ?」

 私は、無言で頷いた。でも、どうして祐樹さんは私にこだわるの?……私の事を、いやらしい事をさせてくれる便利な創作仲間だとでも思ってるのかな。



 

 祐樹さんは、運転を続けながら言う。



「そう言えば、紗季さんの元カレの隣にいた茶色い髪の女の人、紗季さんの同僚? 俺が彼氏だって言った途端、すごい形相で紗季さんを睨んでたけど」



 そうだったのか。私は、溜め息を吐いて答えた。



「……あの人は、会社の先輩です。そして、私の元カレの今の彼女でもあります」

「……ああ、何となく察した」



 雨の中、車は大通りを走り続ける。サイドガラスに打ち付ける雨粒を眺めながら、私は嫌な予感がした。

 唯香さんは、私の物を奪わないと気が済まない性格だ。そんな唯香さんが、私の彼氏だと名乗る祐樹さんを見て何も思わないはずがない。

 面倒な事が起きないと良いけど……。



 空を見上げると、鉛色の雲がどこまでも広がっていた。
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