小説家と漫画家の淫らなレッスン

ミクラ レイコ

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夏祭り

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 八月も中旬に入ったある日の夜。私は、祐樹さんの勤めるイタリアンレストラン『riposo』を訪れていた。仕事帰りに夕食を取りに来たのだ。

 私がデザートのジェラートを食べていると、シェフのような恰好をした雛乃が私の席に近付いてきた。



「お姉ちゃん、そのジェラート、どう? 以前からあるメニューを改良したんだけど」



 雛乃は、緊張した面持ちで私を見る。私は、スプーンでジェラートを掬うと、笑顔で答えた。



「甘さが丁度良くて、美味しいよ」

「良かったあ」



 雛乃は、ホッとしたように胸に手を当てて言う。今夜も、店内には数人しかお客さんがいない。私は、落ち着いて食事をする事が出来た。



 雛乃が厨房に戻ると、入れ替わるようにして祐樹さんがこちらに近付いてきた。今日もギャルソン姿がカッコいい。……いや、ギャルソンはフランス語で、イタリア語だとカメリエーレと言うんだっけ。



「紗季さん、今日も来てくれてありがとう。……ちょっとだけ、話をして良い?」

「あ、はい。良いですよ」



 私が笑顔で答えると、祐樹さんはまた質問してくる。



「紗季さん、来週末にこの近くで夏祭りがあるの知ってる?」

「知ってます。去年も行きましたから。……もうそんな時期なんですね」



 去年雛乃と夏祭りに行った時は、金魚すくいで競争したっけ。

 私が去年の事を思い出していると、祐樹さんが笑顔で言った。



「じゃあ今年はさ、俺と二人で夏祭りに行こうよ」

「え、二人でですか?」

「うん、デートしよう」



 デート。その言葉の響きに、私は胸を高鳴らせた。最近、私も祐樹さんも忙しくて、ほとんどデート出来ていない。夏祭りに祐樹さんと二人で行けたら、どんなに楽しいだろう。



「い……行きます! 夏祭り、行きたいです!」

「じゃあ、決まりね。詳しい事は、また後で連絡するよ」



 そう言って笑うと、祐樹さんはその場を離れた。







 自宅に帰った後、私がスマホを見ると、祐樹さんからメッセージが来ていた。夏祭り当日の待ち合わせについてだ。リビングの椅子に座り、ニヤニヤしながらメッセージのやり取りをした後、私はスマホをテーブルに置いた。そして、リビングに置いてある棚に視線を向ける。そこには、以前祐樹さんと水族館に行った時の写真が飾られていた。

 あの時は、まだ祐樹さんと恋人同士では無かったけど、楽しかったな。またあんな風に楽しい時間を過ごせたらいいな。そうだ、夏祭りには浴衣を着て、祐樹さんを驚かせようか。

 そんな事を考えながら、私は顔を綻ばせた。



       ◆ ◆ ◆



 そして、夏祭り当日の夕方。私は、寝室にある大きな鏡の前に立ち、自分の姿を確認していた。



「うん、OK。お姉ちゃん、良く似合ってるよ」



 私の後ろに立った雛乃が笑顔で言う。浴衣の着付けに自信が無かった私は、雛乃に私の自宅まで来てもらっていたのだ。

 今私が着ているのは、朝顔の模様があしらわれた紺色の浴衣。眼鏡は外し、コンタクトレンズを着けている。



「……祐樹さん、似合うと思ってくれるかな……?」



 私が顔を赤くして呟くと、雛乃はアハハと笑ってから言った。



「吾妻なら、お姉ちゃんがどんな格好してても『可愛い』とか『似合う』とか言いそうだよねー。……でもさ、お姉ちゃん。本当に、浴衣姿似合ってるよ。自信持って行っておいで」



 その言葉を聞いた私は、穏やかな笑みを浮かべると、雛乃に言った。



「……ありがとう、雛乃。行ってきます」



       ◆ ◆ ◆



 夏祭りが開かれるのは、私の自宅から歩いて十五分くらいの距離にある神社。私が神社に着くと、既に神社の側にある道路の脇には、沢山の屋台が並んでいた。

 私が参道の入り口でキョロキョロしていると、私のすぐ後ろから声が聞こえる。



「紗季さん、早いね」

「きゃっ!!」



 私が驚いて振り向くと、そこには笑顔の祐樹さんがいた。祐樹さんは、白いTシャツに黒いチノパンというラフな格好をしている。

 祐樹さんは、困ったように眉尻を下げると、クシャクシャと自分の頭を掻いた。



「紗季さん、浴衣で来てくれたんだ。俺も浴衣にすれば良かったなあ……」

「あ、あの……やっぱり、普段着で来た方が良かったでしょうか……?」



 私が不安になって聞くと、祐樹さんは私の耳元に口を近付けて囁いた。



「いや、浴衣姿の紗季さんも素敵だよ。今すぐその浴衣を脱がせたくなるくらいにね」

「なっ、なっ……!!」



 私は、口をパクパクさせて声を漏らした。この人、どこでそんなセリフを覚えて来るの!?



「真っ赤になった紗季さん、可愛い」

 祐樹さんは、揶揄うように笑うと、道路に足を踏み出して言った。

「じゃあ、行こうか。紗季さん」



 祐樹さんと一緒に道路を歩くと、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。焼きそばのソースの匂いに甘いクレープの匂い。そのどれもが、私の食欲を刺激した。



「紗季さん、何か食べたいものとか、したい事とかある?」



 祐樹さんは、こういう時いつも私の希望を聞いてくれる。私は、微笑んで言った。



「祐樹さん。たまには、祐樹さんのしたい事を優先してくれてもいいんですよ?」



 祐樹さんは、少し考えた後、笑顔で答えた。



「……じゃあ、たこ焼きを食べようかな」



 それから、私達は屋台でたこ焼きを買い、ベンチに座ってたこ焼きを食べた。二人並んでハフハフと食べるたこ焼きは、とても美味しかった。



 その後も、私達はヨーヨー掬いや射的を楽しんだ。ヨーヨー掬いでは、私も祐樹さんもヨーヨーを一つずつゲットした。射的では、私は何も景品を取る事が出来なかったけれど、祐樹さんがお菓子を打ち落としていた。祐樹さんのドヤ顔に私は思わず笑ってしまった。



 あっという間に時間が経っていく。神社に到着した時は明るかった空も、既に藍色になっていた。提灯の灯りが、ぼんやりと辺りを照らしている。



「……人が多くなってきたね」



 辺りを見回した祐樹さんが呟く。この先には、盆踊りの会場となる広場がある。もうすぐ盆踊りが始まる時間だから、皆そちらへ向かっているのだろう。



「紗季さん、はぐれないように俺のシャツを掴んでて」

「は、はい。では、お言葉に甘えて……」



 私は、祐樹さんのシャツを掴み、祐樹さんの後ろを歩いた。祐樹さんは、本当に気を遣ってくれるなあ。



 私達が盆踊りの会場に向かって歩く間にも、どんどん人が多くなる。歩きにくいなと思っていた矢先、私は道路の段差に躓いてしまった。



「あっ!」

「紗季さん!」



 転びそうになり、私は祐樹さんを巻き込まないよう祐樹さんのシャツから手を離す。私は、膝を地面に突いてしまったものの、特に怪我も無く立ち上がった。そして前を向くと……。



「祐樹さん……?」



 祐樹さんの姿が見えなかった。きっと、祐樹さんは私の方を振り返ったものの、人ごみに流されて私の姿を見失ったのだろう。

 どうしよう。スマホで祐樹さんに連絡してみる? でも、ここで立ち止まってスマホを使うのは通行人の迷惑になる。私は、神社の脇で祐樹さんに連絡を取る事にした。



 神社の脇にある庭のような場所は、意外と人気が無かった。私は、早速スマホで祐樹さんに連絡を取ろうとしたけれど、後ろから急に声を掛けられる。



「ねえ、お姉さん、一人?」



 私が振り返ると、そこには二十代くらいの若い男性が三人いて、ニヤニヤしながら私を見ていた。



「……連れがいますけど、何か御用ですか?」



 私が警戒しながら返事をすると、三人の中の一人――背の高い金髪の男性が、笑って言った。



「そんなに警戒しないでよ、お姉さん。その連れって、彼氏? どうしてお姉さんの側にいないの? もしかして、置いてかれた?」

「……少しはぐれただけです」



 私が答えると、赤い髪を垂らした男性が口を挟む。



「じゃあさ、俺達と一緒に広場に行こうよ。実は、神社の脇に小さな道があってさ。広場までの近道になってるんだ。彼氏さん、広場にいるかもよ」

「いえ、お構いなく」



 すると、黒い髪の小太りな男性がイラついた様子で言う。



「せっかく俺達が親切で言ってやってんのに! 素直に付いて来いよ!」



 私がビクッと身体を震わせると、金髪の男性が黒髪の男性の肩を叩く。



「まあまあ、そんなに怒るなよ。……大丈夫。ここは人気が少ない。付いてきてくれないなら、無理矢理連れて行けばいいんだよ」



 そう言うと、金髪の男性は私の右腕を強く掴んだ。



「いたっ!!」



 私は、彼の腕を振り解こうとするけれど、男性の力に適うはずも無い。私は、グイグイと引っ張られ、更に人気の無い所へと連れ込まれそうになった。



「いやっ、放して!!」

「大人しくしろよ!」



 怖い。誰か助けて。私が涙目になった時、遠くから声が聞こえた。



「お巡りさーん、この辺りで人が言い争う声がー!」



 その声を聞いた金髪の男性は、苦い顔で「チッ、逃げるぞ」と言い、私の腕を放す。そして、他の二人と共に、その場を走り去っていった。



 私が心臓をバクバクさせながらその場に佇んでいると、祐樹さんがこちらに走り寄って来た。



「紗季さん、大丈夫だった!?」

「ゆ、祐樹さん……」



 祐樹さんは、眉間に皺を寄せて言った。



「ごめんね、はぐれちゃって。でも、良かったよ。すぐにあいつらが立ち去ってくれて」



 そう。さっきのお巡りさんを呼ぶ声は、祐樹さんのものだったのだ。もちろん、警察を呼ぶのはハッタリだったのだけれど。



「私は大丈夫です。祐樹さん、来てくれてありがとうございます……」



 私が頭を下げると、祐樹さんは慌てて片手を振った。



「いやいや、俺は紗季さんの彼氏だし、紗季さんを守るのが当たり前なんだよ。……で、これからどうする? 近くの交番に行って『こういう危ない人がいました』とは言っておいた方がいいと思う」

「……そうですね、そうしましょう」



 私は、小さく頷いた。
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