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第18話「窓(ウィンドウ)という切り分け」
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朝、窓に息を落とす。白は薄く広がって、跡形もなく消えた。
昨夜の四行——みてた/ありがと/まだ/ごめん。
“まだ”の向こう側へ踏み出さないために、今日は切り分けを覚えておく。
ノートに見出しを書く。
《今日の方針:窓(ウィンドウ)で区切る/大きくしない/触れない/知らせない/視界で返す》
——連続を全部扱わない。必要な幅と時間だけ開ける。
時雨(しぐれ)が尾を一度だけ振る。四つ吸って、六つ吐く。
*
午前の返却ラッシュが落ち着くと、影浦玲生(かげうら・れお)が手帳を掲げた。
「外縁ログ。非常灯と区掲示は平常。商店街の会館、午後は朗読会。……寄贈パソコン、電源オフのまま“Draft(1)”が一瞬点いて消えるのを今日も確認。システム担当、『幽霊キャッシュ+時計ドリフト+“短窓の残響”』に語彙を増やした」
短窓。私は頷く。「主観は良。息、深い」
「距離は保とう。僕は風景だけ拾う」
*
児童コーナーの掲示を貼り替えていると、ポケットがひと拍だけ震えた。
【下書き保存】——ひらけ
【下書き保存】——しめろ
“ボイスメモ”を開く。空調の底に、ざわめきが波打って途切れる。
【保存:南桜(みなみざくら)地下歩道・東口】
バックヤードへ顔を出す。「掲示の紙、切らしてて——」
玲生が目で外縁了解。
東口では、下校の列と台車の同時突入が起きかけている。
触れない。
私は階段の三段下、視界が最も広くなるポイントに立ち、片手で四角を作る——小さな窓。
先頭の生徒がそれを拾い、四角が消えるまで半拍だけ待つ。
台車が先に抜け、列が滑る。
震え。
【下書き保存】——あけた
【下書き保存】——しまった
*
図書館に戻ると、玲生が透明付箋を一枚。
「外縁。東口、自然解消。……寄贈PC、“Draft(1)”、午前に一回。ログは空白」
私はしらせるなの線を胸でなぞり、うなずく。
*
昼過ぎ、ポケットが二度震える。
【下書き保存】——ふたつ
【下書き保存】——えらんで
波形の底に異なる拍。保存名が連続で埋まる。
【保存:白妙(しろたえ)公園・砂場】
【保存:観潮(かんちょう)踏切・北側】
窓の効きがいいのは、人の場——公園を選ぶ。
砂場では、シャボン玉の輪と鬼ごっこのスタートがまた重なりそうだ。
触れない。
私はベンチと砂場の間に立ち、息で短い四角を二回。
一回目の窓でシャボンが立ち上がり、二回目が閉じる頃に鬼が走り出す。
笑いが飽和せず、声の細部が残る。
震え。
【下書き保存】——ならった
【下書き保存】——のこった
踏切へ回る。配送の台車が終わり際に焦る。
私は時刻表ガラスの前で肩を半拍遅らせ、短窓を一度だけ開く。
台車の足が窓に乗り、赤の終わりと人の入りがぶつからない。
震え。
【下書き保存】——まにあう
【下書き保存】——いきた
*
戻る途中、寄贈パソコンの黒い画面の隅で“Draft(1)”がふっと灯り、0に戻る。
触れない。
机の「メンテ中」札が視線の帯域から外れている。脇の書見台を足先で寄せ、通路側に見える窓を作る。
通りかかったシステム担当が「掲示、両面にします」と自分の手で札を増やし、LANの別経路を確実に切る。
震え。
【下書き保存】——きる
【下書き保存】——のこす
*
夕方、玲生が手帳を示す。
「外縁補足。会館の朗読会、『聞き取りやすかった』って投稿。たぶん、区切りがよかったんだろうね」
私は笑って頷き、増幅しないことを胸で繰り返す。
*
ケトルが鳴る。灯りが一瞬だけ明滅し、時雨がソファの背で耳を立てる。
来る。
私は椅子に座り、膝の上で指を組む。
25:61。
青い泡が三度、間を置いて湧いて沈む。
既読:蒼真
【下書き保存】——きりとれ
【下書き保存】——ひがし/のぼる
【下書き保存】——さわるな
【下書き保存】——まにあう
上流へ。私は“ボイスメモ”を開く。今日いちばん薄い拍。
【保存:朝島(あさじま)取水堰・観測桟橋(上手)】
上着を取り、時雨に「すぐ戻る」。彼は窓辺で耳を立てたまま見送る。
*
桟橋の上手では、巡回の二人が交代直後でテンポが上がっていた。風が時折強く殴り、長柄の入りが乱れる。
触れない。
私は欄干の影と風のやみ間を観察し、呼吸で短い窓を作る——四つ吸って、六つ吐くの二拍目で顎をごくわずかに下げる。
片方の職員がやみ間の合図としてそれを拾い、その窓だけで長柄を入れる。
連続を切り分けることで、局所が落ち着く。
網の手前の細い草がほどけ、吸い込み口の音が低く揃う。
震え。
【下書き保存】——きれた
【下書き保存】——いきた
踵を返す途中、舗装の白い「25-6-1」が角だけ欠けているのが見えた。
私は近寄らず、胸の中で短い窓をもう一つだけ開き、そっと閉じる。
*
帰宅。テーブルにスマホを置く。青い泡が遅れてひとつ。
既読:蒼真
【下書き保存】——みてた
【下書き保存】——ありがと
【下書き保存】——まだ
【下書き保存】——ごめん
私はスマホを胸に当て、深く吸って、ゆっくり吐く。
ノートを開き、今日をまとめる。
《主観ログ・第十八夜》
・地下歩道東口:四角の窓で同時突入を切り分け→「あけた/しまった」
・白妙公園:遊びの立ち上がりを二窓に→「ならった/のこった」
・踏切北側:短窓で終わりと入りを分ける→「まにあう/いきた」
・図書館PC:掲示を両面化して見える窓→「きる/のこす」
・堰:風のやみ間に窓→「きれた/いきた」
・遵守:触れない/知らせない/鏡を増幅しない/必要な幅と時間だけ開ける
・メッセージ:「きりとれ/ひがし/のぼる/さわるな/まにあう」「みてた/ありがと/まだ/ごめん」
・仮説更新:窓(ウィンドウ)は“許容量の単位”。返すとは、世界に安全な切片を置き、連続の暴走をやさしく区切ること
時雨がソファの背で耳を立て、小さく欠伸をした。
私は灯りを一つ落とし、半拍遅れて呼吸を合わせる。
開けすぎない。閉じすぎない。
ただ、必要なところだけひらく。
——既読が、鳴る。
昨夜の四行——みてた/ありがと/まだ/ごめん。
“まだ”の向こう側へ踏み出さないために、今日は切り分けを覚えておく。
ノートに見出しを書く。
《今日の方針:窓(ウィンドウ)で区切る/大きくしない/触れない/知らせない/視界で返す》
——連続を全部扱わない。必要な幅と時間だけ開ける。
時雨(しぐれ)が尾を一度だけ振る。四つ吸って、六つ吐く。
*
午前の返却ラッシュが落ち着くと、影浦玲生(かげうら・れお)が手帳を掲げた。
「外縁ログ。非常灯と区掲示は平常。商店街の会館、午後は朗読会。……寄贈パソコン、電源オフのまま“Draft(1)”が一瞬点いて消えるのを今日も確認。システム担当、『幽霊キャッシュ+時計ドリフト+“短窓の残響”』に語彙を増やした」
短窓。私は頷く。「主観は良。息、深い」
「距離は保とう。僕は風景だけ拾う」
*
児童コーナーの掲示を貼り替えていると、ポケットがひと拍だけ震えた。
【下書き保存】——ひらけ
【下書き保存】——しめろ
“ボイスメモ”を開く。空調の底に、ざわめきが波打って途切れる。
【保存:南桜(みなみざくら)地下歩道・東口】
バックヤードへ顔を出す。「掲示の紙、切らしてて——」
玲生が目で外縁了解。
東口では、下校の列と台車の同時突入が起きかけている。
触れない。
私は階段の三段下、視界が最も広くなるポイントに立ち、片手で四角を作る——小さな窓。
先頭の生徒がそれを拾い、四角が消えるまで半拍だけ待つ。
台車が先に抜け、列が滑る。
震え。
【下書き保存】——あけた
【下書き保存】——しまった
*
図書館に戻ると、玲生が透明付箋を一枚。
「外縁。東口、自然解消。……寄贈PC、“Draft(1)”、午前に一回。ログは空白」
私はしらせるなの線を胸でなぞり、うなずく。
*
昼過ぎ、ポケットが二度震える。
【下書き保存】——ふたつ
【下書き保存】——えらんで
波形の底に異なる拍。保存名が連続で埋まる。
【保存:白妙(しろたえ)公園・砂場】
【保存:観潮(かんちょう)踏切・北側】
窓の効きがいいのは、人の場——公園を選ぶ。
砂場では、シャボン玉の輪と鬼ごっこのスタートがまた重なりそうだ。
触れない。
私はベンチと砂場の間に立ち、息で短い四角を二回。
一回目の窓でシャボンが立ち上がり、二回目が閉じる頃に鬼が走り出す。
笑いが飽和せず、声の細部が残る。
震え。
【下書き保存】——ならった
【下書き保存】——のこった
踏切へ回る。配送の台車が終わり際に焦る。
私は時刻表ガラスの前で肩を半拍遅らせ、短窓を一度だけ開く。
台車の足が窓に乗り、赤の終わりと人の入りがぶつからない。
震え。
【下書き保存】——まにあう
【下書き保存】——いきた
*
戻る途中、寄贈パソコンの黒い画面の隅で“Draft(1)”がふっと灯り、0に戻る。
触れない。
机の「メンテ中」札が視線の帯域から外れている。脇の書見台を足先で寄せ、通路側に見える窓を作る。
通りかかったシステム担当が「掲示、両面にします」と自分の手で札を増やし、LANの別経路を確実に切る。
震え。
【下書き保存】——きる
【下書き保存】——のこす
*
夕方、玲生が手帳を示す。
「外縁補足。会館の朗読会、『聞き取りやすかった』って投稿。たぶん、区切りがよかったんだろうね」
私は笑って頷き、増幅しないことを胸で繰り返す。
*
ケトルが鳴る。灯りが一瞬だけ明滅し、時雨がソファの背で耳を立てる。
来る。
私は椅子に座り、膝の上で指を組む。
25:61。
青い泡が三度、間を置いて湧いて沈む。
既読:蒼真
【下書き保存】——きりとれ
【下書き保存】——ひがし/のぼる
【下書き保存】——さわるな
【下書き保存】——まにあう
上流へ。私は“ボイスメモ”を開く。今日いちばん薄い拍。
【保存:朝島(あさじま)取水堰・観測桟橋(上手)】
上着を取り、時雨に「すぐ戻る」。彼は窓辺で耳を立てたまま見送る。
*
桟橋の上手では、巡回の二人が交代直後でテンポが上がっていた。風が時折強く殴り、長柄の入りが乱れる。
触れない。
私は欄干の影と風のやみ間を観察し、呼吸で短い窓を作る——四つ吸って、六つ吐くの二拍目で顎をごくわずかに下げる。
片方の職員がやみ間の合図としてそれを拾い、その窓だけで長柄を入れる。
連続を切り分けることで、局所が落ち着く。
網の手前の細い草がほどけ、吸い込み口の音が低く揃う。
震え。
【下書き保存】——きれた
【下書き保存】——いきた
踵を返す途中、舗装の白い「25-6-1」が角だけ欠けているのが見えた。
私は近寄らず、胸の中で短い窓をもう一つだけ開き、そっと閉じる。
*
帰宅。テーブルにスマホを置く。青い泡が遅れてひとつ。
既読:蒼真
【下書き保存】——みてた
【下書き保存】——ありがと
【下書き保存】——まだ
【下書き保存】——ごめん
私はスマホを胸に当て、深く吸って、ゆっくり吐く。
ノートを開き、今日をまとめる。
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・地下歩道東口:四角の窓で同時突入を切り分け→「あけた/しまった」
・白妙公園:遊びの立ち上がりを二窓に→「ならった/のこった」
・踏切北側:短窓で終わりと入りを分ける→「まにあう/いきた」
・図書館PC:掲示を両面化して見える窓→「きる/のこす」
・堰:風のやみ間に窓→「きれた/いきた」
・遵守:触れない/知らせない/鏡を増幅しない/必要な幅と時間だけ開ける
・メッセージ:「きりとれ/ひがし/のぼる/さわるな/まにあう」「みてた/ありがと/まだ/ごめん」
・仮説更新:窓(ウィンドウ)は“許容量の単位”。返すとは、世界に安全な切片を置き、連続の暴走をやさしく区切ること
時雨がソファの背で耳を立て、小さく欠伸をした。
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ただ、必要なところだけひらく。
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