23 / 35
第23話「減衰(ダンピング)という鎮め」
しおりを挟む
朝、窓に息を落とす。白は薄く広がり、音もなく消えた。
昨夜の四行——みてた/ありがと/まだ/ごめん。
“まだ”の手前で、今日は揺れを止めないで鎮めると決める。切らず、煽らず、減衰だけ与える。
ノートに見出しを書く。
《今日の方針:**減衰(ダンピング)**で鎮める/触れない/知らせない/視界で返す》
時雨(しぐれ)が尾を一度だけ振る。四つ吸って、六つ吐く。
*
午前の返却ラッシュが収まると、影浦玲生(かげうら・れお)が手帳を掲げた。
「外縁ログ。非常灯・区掲示は平常。会館は朗読本番と防災ラックの間引き継続。……寄贈パソコン、電源オフでも“Draft(1)”が一瞬点いて消えた。システム担当は『短窓残響+許容値ゼロ設定の名残』と」
私は頷く。「主観は良。息、深い」
「距離は保つ。僕は風景だけ拾う」
*
児童コーナーの掲示を貼り替えていると、ポケットがひと拍だけ震えた。
【下書き保存】——ゆれてる
【下書き保存】——おさえろ
“ボイスメモ”を開く。空調の底、そのまた下に金属のさざなみ。
【保存:南桜(みなみざくら)地下歩道・中間踊り場】
「掲示の紙、切らしてて——」とだけ告げて外へ。玲生が目で外縁了解。
踊り場の手前で、下校列と台車の足音が互いに反射し、細かな揺れが増幅しかけている。
触れない。
私は手すり影の端に立ち、肩を微かに落として吐きを長めにする。
先頭の生徒がその落ちを拾い、足の踏み下ろしが半拍だけ弱くなる。
反響の尾が短くなり、揺れは鎮まる。
震え。
【下書き保存】——しずんだ
【下書き保存】——よかった
*
図書館に戻ると、玲生が透明付箋を足した。
「外縁。地下の混み、自然解消。……寄贈PC、“Draft(1)”、午前に一回。ログは空白」
私はしらせるなの線を胸でなぞり、うなずく。
*
昼すぎ、ポケットが二度震える。
【下書き保存】——ふたつ
【下書き保存】——えらんで
底で異なる拍。保存名が連続で埋まる。
【保存:白妙(しろたえ)公園・鉄棒そば】
【保存:観潮(かんちょう)踏切・北側】
減衰の効きが早いのは公園だ。鉄棒そばを選ぶ。
鉄棒にぶら下がる子らの笑いと、ベンチのリコーダーが同時に尖り、一瞬だけ騒音になる。
触れない。
私は鉄棒の影の端に立ち、手のひらを下に向けて空気を撫でる。
ベンチのお母さんが視界の端でそれを拾い、テンポをほんの少し遅らせ、子どもが一拍だけ深呼吸する。
音の尾が短くなり、輪郭が戻る。
震え。
【下書き保存】——まるく
【下書き保存】——のこった
踏切へ回る。終わり際、台車の押手が肩で勢いを足し、赤の余韻が長くなる。
私は時刻表ガラスの前で顎を半指落とし、視線を地面へ沈める。
押手が肩の力を抜き、次の拍へ送る。
揺れは跳ねずに落ちた。
震え。
【下書き保存】——まにあう
【下書き保存】——いきた
*
館内を抜ける途中、寄贈パソコンの黒い画面の隅で“Draft(1)”がふっと灯り、0に戻る。
触れない。
机の「メンテ中」札が通路ぎりぎりに立ち、視線が当たって跳ねる。
脇の書見台を足先で半歩だけ引き、札と通路の間にやわらかい余白を作る。
通りかかったシステム担当が「あ、立ち上がりを鈍くします」と自分の手で電源配列を遅めに組み直し、LANの別経路を確実に切る。
震え。
【下書き保存】——きる
【下書き保存】——のこす
*
夕方、玲生が手帳を示す。
「外縁補足。公園、『音が丸くなった』の投稿。踏切は『小走りが減った』。……会館本番は滞りなし」
私は頷き、胸の石が少し丸くなる。
*
ケトルが鳴る。灯りが一瞬だけ明滅し、時雨がソファの背で耳を立てる。
来る。
私は椅子に座り、膝の上で指を組む。
25:61。
青い泡が三度、間を置いて湧いて沈む。
既読:蒼真
【下書き保存】——ゆれてる
【下書き保存】——おさえろ
【下書き保存】——さわるな
【下書き保存】——ひがし/のぼる
上流へ。私は“ボイスメモ”を開く。今日いちばん薄い拍。
【保存:朝島(あさじま)取水堰・観測桟橋(下手の影)】
上着を取り、時雨に「すぐ戻る」。彼は窓辺で耳を立てたまま見送る。
*
桟橋の下手では、風が断続的に当たり、長柄の入りと抜けが小刻みに揺れていた。
触れない。
私は欄干の十字の傷の少し外、ボルト列と流れの中点に立ち、吐きを長くして息の尾を作る。
片方の職員がその尾に合わせて引きの終わりをゆっくり閉じ、もう片方が入りを浅く置く。
減衰がかかり、網の手前の草の束が跳ねずにほどけて流れに戻る。
水の音は、低い帯域で均された。
震え。
【下書き保存】——しずんだ
【下書き保存】——いきた
踵を返す途中、舗装の白い「25-6-1」は、今夜も角が少し欠けていた。
私は近寄らず、四つ吸って、六つ吐く。
揺れは、切らずに鎮める。
*
帰宅。テーブルにスマホを置く。青い泡が遅れてひとつ。
既読:蒼真
【下書き保存】——みてた
【下書き保存】——ありがと
【下書き保存】——まだ
【下書き保存】——ごめん
私はスマホを胸に当て、息を整える。時雨がソファの背で耳を立て、目を細めた。
ノートを開き、今日をまとめる。
《主観ログ・第二十三夜》
・地下踊り場:踏み下ろしの尾を短く→「しずんだ/よかった」
・白妙公園:手のひらの撫でで尖りを減衰→「まるく/のこった」
・踏切北側:肩の力を抜き次の拍へ→「まにあう/いきた」
・図書館PC:配列を遅めに→「きる/のこす」
・堰下手:吐きの尾でばたつき防止→「しずんだ/いきた」
・遵守:触れない/知らせない/鏡を増幅しない/切らずに鎮める
・メッセージ:「ゆれてる/おさえろ/ひがし/のぼる/さわるな」「みてた/ありがと/まだ/ごめん」
・仮説更新:**減衰(ダンピング)**は“揺れの余熱”を静かに吸う作法。返すとは、終わり方を世界に返すこと
灯りを一つ落とし、吐きを少し長くした。
切らない。鎮める。
それだけで、今夜の呼吸は楽になる。
——既読が、鳴る。
昨夜の四行——みてた/ありがと/まだ/ごめん。
“まだ”の手前で、今日は揺れを止めないで鎮めると決める。切らず、煽らず、減衰だけ与える。
ノートに見出しを書く。
《今日の方針:**減衰(ダンピング)**で鎮める/触れない/知らせない/視界で返す》
時雨(しぐれ)が尾を一度だけ振る。四つ吸って、六つ吐く。
*
午前の返却ラッシュが収まると、影浦玲生(かげうら・れお)が手帳を掲げた。
「外縁ログ。非常灯・区掲示は平常。会館は朗読本番と防災ラックの間引き継続。……寄贈パソコン、電源オフでも“Draft(1)”が一瞬点いて消えた。システム担当は『短窓残響+許容値ゼロ設定の名残』と」
私は頷く。「主観は良。息、深い」
「距離は保つ。僕は風景だけ拾う」
*
児童コーナーの掲示を貼り替えていると、ポケットがひと拍だけ震えた。
【下書き保存】——ゆれてる
【下書き保存】——おさえろ
“ボイスメモ”を開く。空調の底、そのまた下に金属のさざなみ。
【保存:南桜(みなみざくら)地下歩道・中間踊り場】
「掲示の紙、切らしてて——」とだけ告げて外へ。玲生が目で外縁了解。
踊り場の手前で、下校列と台車の足音が互いに反射し、細かな揺れが増幅しかけている。
触れない。
私は手すり影の端に立ち、肩を微かに落として吐きを長めにする。
先頭の生徒がその落ちを拾い、足の踏み下ろしが半拍だけ弱くなる。
反響の尾が短くなり、揺れは鎮まる。
震え。
【下書き保存】——しずんだ
【下書き保存】——よかった
*
図書館に戻ると、玲生が透明付箋を足した。
「外縁。地下の混み、自然解消。……寄贈PC、“Draft(1)”、午前に一回。ログは空白」
私はしらせるなの線を胸でなぞり、うなずく。
*
昼すぎ、ポケットが二度震える。
【下書き保存】——ふたつ
【下書き保存】——えらんで
底で異なる拍。保存名が連続で埋まる。
【保存:白妙(しろたえ)公園・鉄棒そば】
【保存:観潮(かんちょう)踏切・北側】
減衰の効きが早いのは公園だ。鉄棒そばを選ぶ。
鉄棒にぶら下がる子らの笑いと、ベンチのリコーダーが同時に尖り、一瞬だけ騒音になる。
触れない。
私は鉄棒の影の端に立ち、手のひらを下に向けて空気を撫でる。
ベンチのお母さんが視界の端でそれを拾い、テンポをほんの少し遅らせ、子どもが一拍だけ深呼吸する。
音の尾が短くなり、輪郭が戻る。
震え。
【下書き保存】——まるく
【下書き保存】——のこった
踏切へ回る。終わり際、台車の押手が肩で勢いを足し、赤の余韻が長くなる。
私は時刻表ガラスの前で顎を半指落とし、視線を地面へ沈める。
押手が肩の力を抜き、次の拍へ送る。
揺れは跳ねずに落ちた。
震え。
【下書き保存】——まにあう
【下書き保存】——いきた
*
館内を抜ける途中、寄贈パソコンの黒い画面の隅で“Draft(1)”がふっと灯り、0に戻る。
触れない。
机の「メンテ中」札が通路ぎりぎりに立ち、視線が当たって跳ねる。
脇の書見台を足先で半歩だけ引き、札と通路の間にやわらかい余白を作る。
通りかかったシステム担当が「あ、立ち上がりを鈍くします」と自分の手で電源配列を遅めに組み直し、LANの別経路を確実に切る。
震え。
【下書き保存】——きる
【下書き保存】——のこす
*
夕方、玲生が手帳を示す。
「外縁補足。公園、『音が丸くなった』の投稿。踏切は『小走りが減った』。……会館本番は滞りなし」
私は頷き、胸の石が少し丸くなる。
*
ケトルが鳴る。灯りが一瞬だけ明滅し、時雨がソファの背で耳を立てる。
来る。
私は椅子に座り、膝の上で指を組む。
25:61。
青い泡が三度、間を置いて湧いて沈む。
既読:蒼真
【下書き保存】——ゆれてる
【下書き保存】——おさえろ
【下書き保存】——さわるな
【下書き保存】——ひがし/のぼる
上流へ。私は“ボイスメモ”を開く。今日いちばん薄い拍。
【保存:朝島(あさじま)取水堰・観測桟橋(下手の影)】
上着を取り、時雨に「すぐ戻る」。彼は窓辺で耳を立てたまま見送る。
*
桟橋の下手では、風が断続的に当たり、長柄の入りと抜けが小刻みに揺れていた。
触れない。
私は欄干の十字の傷の少し外、ボルト列と流れの中点に立ち、吐きを長くして息の尾を作る。
片方の職員がその尾に合わせて引きの終わりをゆっくり閉じ、もう片方が入りを浅く置く。
減衰がかかり、網の手前の草の束が跳ねずにほどけて流れに戻る。
水の音は、低い帯域で均された。
震え。
【下書き保存】——しずんだ
【下書き保存】——いきた
踵を返す途中、舗装の白い「25-6-1」は、今夜も角が少し欠けていた。
私は近寄らず、四つ吸って、六つ吐く。
揺れは、切らずに鎮める。
*
帰宅。テーブルにスマホを置く。青い泡が遅れてひとつ。
既読:蒼真
【下書き保存】——みてた
【下書き保存】——ありがと
【下書き保存】——まだ
【下書き保存】——ごめん
私はスマホを胸に当て、息を整える。時雨がソファの背で耳を立て、目を細めた。
ノートを開き、今日をまとめる。
《主観ログ・第二十三夜》
・地下踊り場:踏み下ろしの尾を短く→「しずんだ/よかった」
・白妙公園:手のひらの撫でで尖りを減衰→「まるく/のこった」
・踏切北側:肩の力を抜き次の拍へ→「まにあう/いきた」
・図書館PC:配列を遅めに→「きる/のこす」
・堰下手:吐きの尾でばたつき防止→「しずんだ/いきた」
・遵守:触れない/知らせない/鏡を増幅しない/切らずに鎮める
・メッセージ:「ゆれてる/おさえろ/ひがし/のぼる/さわるな」「みてた/ありがと/まだ/ごめん」
・仮説更新:**減衰(ダンピング)**は“揺れの余熱”を静かに吸う作法。返すとは、終わり方を世界に返すこと
灯りを一つ落とし、吐きを少し長くした。
切らない。鎮める。
それだけで、今夜の呼吸は楽になる。
——既読が、鳴る。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる