【完結】既読は“25:61”——最期の一日を延ばすメッセージ

東野あさひ

文字の大きさ
22 / 35

第22話「デッドゾーン(遊び)という救い」

しおりを挟む
 朝、窓に息を落とす。白は薄くひろがって、跡形もなく消えた。
 昨夜の四行——みてた/ありがと/まだ/ごめん。
 “まだ”の前で、今日は遊び(あそび)を残すと決める。きつく締めれば、世界は鳴きだす。

 ノートに見出しを書く。
 《今日の方針:**デッドゾーン(遊び)**を許す/触れない/知らせない/視界で返す》
 ——精密すぎる一致をやめ、緩い許容で揺れを呑み込む。

 時雨(しぐれ)が尾を一度だけ振る。四つ吸って、六つ吐く。



 午前の返却ラッシュが落ちつくと、影浦玲生(かげうら・れお)が手帳を掲げる。
 「外縁ログ。非常灯・区掲示は平常。商店街の会館、自転車ラックの間隔を今日から狭めたらしい。クレーム一件。……寄贈パソコンは電源オフのまま“Draft(1)”が一瞬点いて消えた。システム担当、『幽霊キャッシュ+時計ドリフト+短窓残響に“許容値ゼロ設定”が絡んだ可能性』」

 許容値ゼロ。私はうなずく。「主観は良。息、深い」

 「距離は保とう。僕は風景だけ拾う」



 児童コーナーの掲示を貼り替えていると、ポケットがひと拍だけ震えた。
 【下書き保存】——きつい
 【下書き保存】——ゆるめて

 “ボイスメモ”を開く。空調の底、金属と金属が擦れる前の嫌な気配。
 【保存:商店街会館・自転車ラック前】

 「掲示の紙、切らしてて——」とだけ告げて外へ。玲生が目で外縁了解。

 会館前のラックは新しい細身の枠に入れ替わり、車輪の遊びが無くて、入れるたびに軋みが走っていた。
 触れない。
 私は避難図のガラスの前に立ち、肩を半指だけ緩め、手首を空中でほんの僅か遊ばせる。
 職員が自分の映り込みに気づき、臨時の黄色テープを一枠おきに貼り、「間引きでお願いします」と声を落とす。
 利用者の動きが互い違いになり、軋みは消えた。
 震え。
 【下書き保存】——ゆるんだ
【下書き保存】——よかった



 図書館へ戻ると、玲生が透明付箋を足した。
 「外縁。ラックは間引き運用の掲示。苦情が止まった。……寄贈PC、“Draft(1)”、午前に一回。ログは空白」

 私はしらせるなの線を胸でさわり、うなずくだけにする。



 昼すぎ、ポケットが二度震える。
 【下書き保存】——ふたつ
 【下書き保存】——えらんで

 波形の底に違う拍。保存名が連続で埋まる。
 【保存:南桜(みなみざくら)地下歩道・東口】
 【保存:観潮(かんちょう)踏切・北側】

 遊びが効くのは閉じた場——東口を選ぶ。

 東口の踊り場は、下校の列と台車が互いに譲りすぎて微細に行きつ戻りつしていた。
 触れない。
 私は階段の三段下、視界が広がる場所に立ち、片手で小さな円をつくる。完全な円ではない、少し楕円。
 先頭の生徒がその**“遊び”を拾い、半歩の躊躇を許す歩調に。
 台車側の係がうなずき**、互いのデッドゾーンで自然にすり抜けが起きる。
 震え。
 【下書き保存】——まよわず
 【下書き保存】——とおった

 踏切へ回る。赤の終わりにぎりぎりで入ろうとする押手の肩が硬い。
 私は時刻表ガラスの前で顎を半指だけ緩め、視線を地面の白線より一足分手前に落とす。
 押手がその一足分を遊びとして受け取り、次の周期へ送る。
 競合は起きなかった。
 震え。
【下書き保存】——まにあう
【下書き保存】——いきた



 戻る途中、寄贈パソコンの黒い画面の隅で“Draft(1)”がふっと灯り、0へ戻る。
 触れない。
 机の「メンテ中」札が通路ぎりぎりに立ち、視線の遊びが無い。
 脇の書見台を足先で半歩だけ引き、札と通路の間に指一本ぶんの余白を作る。
 通りかかったシステム担当が「あ、許容が要る」と自分の手で札を二センチ下げ、電源配列の立ち上がりを遅めに再設定、LANの別系統を確実に切る。
 震え。
 【下書き保存】——きる
 【下書き保存】——のこす



 夕方、玲生が手帳を傾ける。
 「外縁補足。会館ラック、『間引きで楽になった』、地下東口は『踏み合いが消えた』。……踏切も『小競り合いなし』」
 私はうなずき、胸の石が少し丸くなる。



 ケトルが鳴る。灯りが一瞬だけ明滅し、時雨がソファの背で耳を立てる。
 来る。
 私は椅子に腰掛け、膝の上で指を組む。

 25:61。
 青い泡が三度、間を置いて湧いて沈む。
 既読:蒼真
 【下書き保存】——ゆるめろ
 【下書き保存】——さわるな
 【下書き保存】——ひがし/のぼる
 【下書き保存】——まにあう

 上流へ。私は“ボイスメモ”を開く。今日いちばん薄い拍。
 【保存:朝島(あさじま)取水堰・観測桟橋(中央より上手)】

 上着を取り、時雨に「すぐ戻る」。彼は窓辺で耳を立てたまま見送る。



 桟橋では、風のやみ間が短く、二人の長柄は精密に同じ幅で入れようとしていた。すこしでも揺れるとばたつきが出る。
 触れない。
 私は欄干の十字の傷から半歩外に立ち、息にゆるい揺れを混ぜる。四つ吸って、六つ吐く——吐きの中に小さな遊び。
 片方の職員が受けを指一本ぶん緩め、もう片方が引きで半拍の遊びを許す。
 長柄の入りと抜けが硬直をやめ、網の手前の草の束がいくつかの遅れでほどけて流れに戻る。
 水の音は低い帯域でゆるく合流した。
 震え。
 【下書き保存】——ゆるんだ
 【下書き保存】——いきた

 踵を返す途中、舗装の白い「25-6-1」の**“6”の下端がかすれて、六とも五とも読める。
 私は近寄らず、四つ吸って、六つ吐く。
 世界には読み違えても壊れない余白**が要る。



 帰宅。テーブルにスマホを置く。青い泡が遅れてひとつ。
 既読:蒼真
 【下書き保存】——みてた
 【下書き保存】——ありがと
 【下書き保存】——まだ
 【下書き保存】——ごめん

 私はスマホを胸に当て、呼吸を整える。時雨がソファの背で耳を立て、目を細めた。
 ノートを開き、今日をまとめる。

 《主観ログ・第二十二夜》
 ・会館ラック:一枠おきの間引きで軋み消失→「ゆるんだ/よかった」
 ・地下東口:楕円の遊びですり抜け→「まよわず/とおった」
・踏切北側:白線手前一足分の余白→「まにあう/いきた」
・図書館PC:掲示と通路に指一本ぶんの隙→「きる/のこす」
・堰:半拍の遊びでばたつき抑制→「ゆるんだ/いきた」
・遵守:触れない/知らせない/鏡を増幅しない/“許容の余白”を置く
・メッセージ:「ゆるめろ/ひがし/のぼる/さわるな/まにあう」「みてた/ありがと/まだ/ごめん」
・仮説更新:デッドゾーン(遊び)は“壊さないための鈍さ”。返すとは、正しさに余白を与え、世界の鳴きを沈めること

 灯りを一つ落とし、吐きをすこし長くする。
 きつくしない。
 それだけで、今夜も呼吸は楽になる。

 ——既読が、鳴る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...