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第22話「デッドゾーン(遊び)という救い」
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朝、窓に息を落とす。白は薄くひろがって、跡形もなく消えた。
昨夜の四行——みてた/ありがと/まだ/ごめん。
“まだ”の前で、今日は遊び(あそび)を残すと決める。きつく締めれば、世界は鳴きだす。
ノートに見出しを書く。
《今日の方針:**デッドゾーン(遊び)**を許す/触れない/知らせない/視界で返す》
——精密すぎる一致をやめ、緩い許容で揺れを呑み込む。
時雨(しぐれ)が尾を一度だけ振る。四つ吸って、六つ吐く。
*
午前の返却ラッシュが落ちつくと、影浦玲生(かげうら・れお)が手帳を掲げる。
「外縁ログ。非常灯・区掲示は平常。商店街の会館、自転車ラックの間隔を今日から狭めたらしい。クレーム一件。……寄贈パソコンは電源オフのまま“Draft(1)”が一瞬点いて消えた。システム担当、『幽霊キャッシュ+時計ドリフト+短窓残響に“許容値ゼロ設定”が絡んだ可能性』」
許容値ゼロ。私はうなずく。「主観は良。息、深い」
「距離は保とう。僕は風景だけ拾う」
*
児童コーナーの掲示を貼り替えていると、ポケットがひと拍だけ震えた。
【下書き保存】——きつい
【下書き保存】——ゆるめて
“ボイスメモ”を開く。空調の底、金属と金属が擦れる前の嫌な気配。
【保存:商店街会館・自転車ラック前】
「掲示の紙、切らしてて——」とだけ告げて外へ。玲生が目で外縁了解。
会館前のラックは新しい細身の枠に入れ替わり、車輪の遊びが無くて、入れるたびに軋みが走っていた。
触れない。
私は避難図のガラスの前に立ち、肩を半指だけ緩め、手首を空中でほんの僅か遊ばせる。
職員が自分の映り込みに気づき、臨時の黄色テープを一枠おきに貼り、「間引きでお願いします」と声を落とす。
利用者の動きが互い違いになり、軋みは消えた。
震え。
【下書き保存】——ゆるんだ
【下書き保存】——よかった
*
図書館へ戻ると、玲生が透明付箋を足した。
「外縁。ラックは間引き運用の掲示。苦情が止まった。……寄贈PC、“Draft(1)”、午前に一回。ログは空白」
私はしらせるなの線を胸でさわり、うなずくだけにする。
*
昼すぎ、ポケットが二度震える。
【下書き保存】——ふたつ
【下書き保存】——えらんで
波形の底に違う拍。保存名が連続で埋まる。
【保存:南桜(みなみざくら)地下歩道・東口】
【保存:観潮(かんちょう)踏切・北側】
遊びが効くのは閉じた場——東口を選ぶ。
東口の踊り場は、下校の列と台車が互いに譲りすぎて微細に行きつ戻りつしていた。
触れない。
私は階段の三段下、視界が広がる場所に立ち、片手で小さな円をつくる。完全な円ではない、少し楕円。
先頭の生徒がその**“遊び”を拾い、半歩の躊躇を許す歩調に。
台車側の係がうなずき**、互いのデッドゾーンで自然にすり抜けが起きる。
震え。
【下書き保存】——まよわず
【下書き保存】——とおった
踏切へ回る。赤の終わりにぎりぎりで入ろうとする押手の肩が硬い。
私は時刻表ガラスの前で顎を半指だけ緩め、視線を地面の白線より一足分手前に落とす。
押手がその一足分を遊びとして受け取り、次の周期へ送る。
競合は起きなかった。
震え。
【下書き保存】——まにあう
【下書き保存】——いきた
*
戻る途中、寄贈パソコンの黒い画面の隅で“Draft(1)”がふっと灯り、0へ戻る。
触れない。
机の「メンテ中」札が通路ぎりぎりに立ち、視線の遊びが無い。
脇の書見台を足先で半歩だけ引き、札と通路の間に指一本ぶんの余白を作る。
通りかかったシステム担当が「あ、許容が要る」と自分の手で札を二センチ下げ、電源配列の立ち上がりを遅めに再設定、LANの別系統を確実に切る。
震え。
【下書き保存】——きる
【下書き保存】——のこす
*
夕方、玲生が手帳を傾ける。
「外縁補足。会館ラック、『間引きで楽になった』、地下東口は『踏み合いが消えた』。……踏切も『小競り合いなし』」
私はうなずき、胸の石が少し丸くなる。
*
ケトルが鳴る。灯りが一瞬だけ明滅し、時雨がソファの背で耳を立てる。
来る。
私は椅子に腰掛け、膝の上で指を組む。
25:61。
青い泡が三度、間を置いて湧いて沈む。
既読:蒼真
【下書き保存】——ゆるめろ
【下書き保存】——さわるな
【下書き保存】——ひがし/のぼる
【下書き保存】——まにあう
上流へ。私は“ボイスメモ”を開く。今日いちばん薄い拍。
【保存:朝島(あさじま)取水堰・観測桟橋(中央より上手)】
上着を取り、時雨に「すぐ戻る」。彼は窓辺で耳を立てたまま見送る。
*
桟橋では、風のやみ間が短く、二人の長柄は精密に同じ幅で入れようとしていた。すこしでも揺れるとばたつきが出る。
触れない。
私は欄干の十字の傷から半歩外に立ち、息にゆるい揺れを混ぜる。四つ吸って、六つ吐く——吐きの中に小さな遊び。
片方の職員が受けを指一本ぶん緩め、もう片方が引きで半拍の遊びを許す。
長柄の入りと抜けが硬直をやめ、網の手前の草の束がいくつかの遅れでほどけて流れに戻る。
水の音は低い帯域でゆるく合流した。
震え。
【下書き保存】——ゆるんだ
【下書き保存】——いきた
踵を返す途中、舗装の白い「25-6-1」の**“6”の下端がかすれて、六とも五とも読める。
私は近寄らず、四つ吸って、六つ吐く。
世界には読み違えても壊れない余白**が要る。
*
帰宅。テーブルにスマホを置く。青い泡が遅れてひとつ。
既読:蒼真
【下書き保存】——みてた
【下書き保存】——ありがと
【下書き保存】——まだ
【下書き保存】——ごめん
私はスマホを胸に当て、呼吸を整える。時雨がソファの背で耳を立て、目を細めた。
ノートを開き、今日をまとめる。
《主観ログ・第二十二夜》
・会館ラック:一枠おきの間引きで軋み消失→「ゆるんだ/よかった」
・地下東口:楕円の遊びですり抜け→「まよわず/とおった」
・踏切北側:白線手前一足分の余白→「まにあう/いきた」
・図書館PC:掲示と通路に指一本ぶんの隙→「きる/のこす」
・堰:半拍の遊びでばたつき抑制→「ゆるんだ/いきた」
・遵守:触れない/知らせない/鏡を増幅しない/“許容の余白”を置く
・メッセージ:「ゆるめろ/ひがし/のぼる/さわるな/まにあう」「みてた/ありがと/まだ/ごめん」
・仮説更新:デッドゾーン(遊び)は“壊さないための鈍さ”。返すとは、正しさに余白を与え、世界の鳴きを沈めること
灯りを一つ落とし、吐きをすこし長くする。
きつくしない。
それだけで、今夜も呼吸は楽になる。
——既読が、鳴る。
昨夜の四行——みてた/ありがと/まだ/ごめん。
“まだ”の前で、今日は遊び(あそび)を残すと決める。きつく締めれば、世界は鳴きだす。
ノートに見出しを書く。
《今日の方針:**デッドゾーン(遊び)**を許す/触れない/知らせない/視界で返す》
——精密すぎる一致をやめ、緩い許容で揺れを呑み込む。
時雨(しぐれ)が尾を一度だけ振る。四つ吸って、六つ吐く。
*
午前の返却ラッシュが落ちつくと、影浦玲生(かげうら・れお)が手帳を掲げる。
「外縁ログ。非常灯・区掲示は平常。商店街の会館、自転車ラックの間隔を今日から狭めたらしい。クレーム一件。……寄贈パソコンは電源オフのまま“Draft(1)”が一瞬点いて消えた。システム担当、『幽霊キャッシュ+時計ドリフト+短窓残響に“許容値ゼロ設定”が絡んだ可能性』」
許容値ゼロ。私はうなずく。「主観は良。息、深い」
「距離は保とう。僕は風景だけ拾う」
*
児童コーナーの掲示を貼り替えていると、ポケットがひと拍だけ震えた。
【下書き保存】——きつい
【下書き保存】——ゆるめて
“ボイスメモ”を開く。空調の底、金属と金属が擦れる前の嫌な気配。
【保存:商店街会館・自転車ラック前】
「掲示の紙、切らしてて——」とだけ告げて外へ。玲生が目で外縁了解。
会館前のラックは新しい細身の枠に入れ替わり、車輪の遊びが無くて、入れるたびに軋みが走っていた。
触れない。
私は避難図のガラスの前に立ち、肩を半指だけ緩め、手首を空中でほんの僅か遊ばせる。
職員が自分の映り込みに気づき、臨時の黄色テープを一枠おきに貼り、「間引きでお願いします」と声を落とす。
利用者の動きが互い違いになり、軋みは消えた。
震え。
【下書き保存】——ゆるんだ
【下書き保存】——よかった
*
図書館へ戻ると、玲生が透明付箋を足した。
「外縁。ラックは間引き運用の掲示。苦情が止まった。……寄贈PC、“Draft(1)”、午前に一回。ログは空白」
私はしらせるなの線を胸でさわり、うなずくだけにする。
*
昼すぎ、ポケットが二度震える。
【下書き保存】——ふたつ
【下書き保存】——えらんで
波形の底に違う拍。保存名が連続で埋まる。
【保存:南桜(みなみざくら)地下歩道・東口】
【保存:観潮(かんちょう)踏切・北側】
遊びが効くのは閉じた場——東口を選ぶ。
東口の踊り場は、下校の列と台車が互いに譲りすぎて微細に行きつ戻りつしていた。
触れない。
私は階段の三段下、視界が広がる場所に立ち、片手で小さな円をつくる。完全な円ではない、少し楕円。
先頭の生徒がその**“遊び”を拾い、半歩の躊躇を許す歩調に。
台車側の係がうなずき**、互いのデッドゾーンで自然にすり抜けが起きる。
震え。
【下書き保存】——まよわず
【下書き保存】——とおった
踏切へ回る。赤の終わりにぎりぎりで入ろうとする押手の肩が硬い。
私は時刻表ガラスの前で顎を半指だけ緩め、視線を地面の白線より一足分手前に落とす。
押手がその一足分を遊びとして受け取り、次の周期へ送る。
競合は起きなかった。
震え。
【下書き保存】——まにあう
【下書き保存】——いきた
*
戻る途中、寄贈パソコンの黒い画面の隅で“Draft(1)”がふっと灯り、0へ戻る。
触れない。
机の「メンテ中」札が通路ぎりぎりに立ち、視線の遊びが無い。
脇の書見台を足先で半歩だけ引き、札と通路の間に指一本ぶんの余白を作る。
通りかかったシステム担当が「あ、許容が要る」と自分の手で札を二センチ下げ、電源配列の立ち上がりを遅めに再設定、LANの別系統を確実に切る。
震え。
【下書き保存】——きる
【下書き保存】——のこす
*
夕方、玲生が手帳を傾ける。
「外縁補足。会館ラック、『間引きで楽になった』、地下東口は『踏み合いが消えた』。……踏切も『小競り合いなし』」
私はうなずき、胸の石が少し丸くなる。
*
ケトルが鳴る。灯りが一瞬だけ明滅し、時雨がソファの背で耳を立てる。
来る。
私は椅子に腰掛け、膝の上で指を組む。
25:61。
青い泡が三度、間を置いて湧いて沈む。
既読:蒼真
【下書き保存】——ゆるめろ
【下書き保存】——さわるな
【下書き保存】——ひがし/のぼる
【下書き保存】——まにあう
上流へ。私は“ボイスメモ”を開く。今日いちばん薄い拍。
【保存:朝島(あさじま)取水堰・観測桟橋(中央より上手)】
上着を取り、時雨に「すぐ戻る」。彼は窓辺で耳を立てたまま見送る。
*
桟橋では、風のやみ間が短く、二人の長柄は精密に同じ幅で入れようとしていた。すこしでも揺れるとばたつきが出る。
触れない。
私は欄干の十字の傷から半歩外に立ち、息にゆるい揺れを混ぜる。四つ吸って、六つ吐く——吐きの中に小さな遊び。
片方の職員が受けを指一本ぶん緩め、もう片方が引きで半拍の遊びを許す。
長柄の入りと抜けが硬直をやめ、網の手前の草の束がいくつかの遅れでほどけて流れに戻る。
水の音は低い帯域でゆるく合流した。
震え。
【下書き保存】——ゆるんだ
【下書き保存】——いきた
踵を返す途中、舗装の白い「25-6-1」の**“6”の下端がかすれて、六とも五とも読める。
私は近寄らず、四つ吸って、六つ吐く。
世界には読み違えても壊れない余白**が要る。
*
帰宅。テーブルにスマホを置く。青い泡が遅れてひとつ。
既読:蒼真
【下書き保存】——みてた
【下書き保存】——ありがと
【下書き保存】——まだ
【下書き保存】——ごめん
私はスマホを胸に当て、呼吸を整える。時雨がソファの背で耳を立て、目を細めた。
ノートを開き、今日をまとめる。
《主観ログ・第二十二夜》
・会館ラック:一枠おきの間引きで軋み消失→「ゆるんだ/よかった」
・地下東口:楕円の遊びですり抜け→「まよわず/とおった」
・踏切北側:白線手前一足分の余白→「まにあう/いきた」
・図書館PC:掲示と通路に指一本ぶんの隙→「きる/のこす」
・堰:半拍の遊びでばたつき抑制→「ゆるんだ/いきた」
・遵守:触れない/知らせない/鏡を増幅しない/“許容の余白”を置く
・メッセージ:「ゆるめろ/ひがし/のぼる/さわるな/まにあう」「みてた/ありがと/まだ/ごめん」
・仮説更新:デッドゾーン(遊び)は“壊さないための鈍さ”。返すとは、正しさに余白を与え、世界の鳴きを沈めること
灯りを一つ落とし、吐きをすこし長くする。
きつくしない。
それだけで、今夜も呼吸は楽になる。
——既読が、鳴る。
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