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第27話「薄氷の手紙――“明日が来る前に”」
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王都への道は、春の名残をかすかに残していた。
白い灰がまだ路肩に積もり、歩くたびに小さな光が舞い上がる。箱の中の灯は消えずに、微かに鼓動のような明滅を続けていた。まるで心臓の奥に別の命が宿ったみたいに。
私は胸の前で箱を抱えながら、何度も確かめるように息をした。
――帰る先は、もう“家”ではない。
離縁の手続きが正式に終われば、私は名を返し、“どう”だけを残して生きる。
それが、私自身の選んだ道だった。
王都の門が見えた頃、空は薄い銀色になっていた。街全体が静かで、まるで遠くの鐘を待っているようだった。
門の前で待っていたのは、あの文官だった。以前、灯の箱を運んだ青年。
彼は目に見えるほど安堵の息をつき、深く頭を下げた。
「お戻りをお待ちしていました、エルフィア様――いえ、いまは“どう”の方ですね」
「どちらでも構いません。今日だけは、まだ“エルフィア”でいさせてください」
文官は頷き、封書を差し出した。
『離縁の儀は七日後、王都中央庁舎にて。
ただし、議場より“ひとつの提案”あり。
灯の庭に咲いた白の花を、ふたりで名づけよ――と。』
私は封を握りしめ、思わず空を仰いだ。
“ふたりで名づけよ”。
離れる前に、まだ一度、“ふたり”を呼ぶ機会を与えられたのだ。
――神は、残酷に優しい。
宿に戻り、箱の灯を机の上に置いた。
外では雨が降り始め、窓を細く叩く。灰と混じった雨は白く、まるで空の涙のようだった。
筆を取り、記録帳の最終欄を開く。
〈帰都〉
〈離縁、七日後〉
〈花の名づけ、ふたりで〉
書き終えたところで、ふと胸が痛んだ。
“ふたりで”――それはもう、この上なく遠い言葉に思えた。
夜。
箱の灯が揺れている。私はそれに向かって、手紙を書く。
宛先は、砦のレオン。
レオンへ。
あなたが作った“白の灯”は、まだ息をしている。
箱の中で、まるで呼吸のように光っています。
離縁まで、あと六日。
でも私は、今日を終わりと呼びません。
あなたの「また明日」が、まだ私の中で続いているからです。
灯の庭に咲いた白い花を、議場が私たちに名づけさせるそうです。
“どう”で呼ぶ花。
だから、私も“どう”で呼びたい。
――“願う”と。
この花を“願う”と呼びましょう。
灯の跡が育って、怖いが根を張り、灰が土になる。
それを願うから。
それが、私たちの灯の続きだと思うから。
あなたの灰を、胸に抱いて帰りました。
燃やさないまま、終わりを灯に変えられたこと。
それが、きっと私たちの恋の形。
どうか、この手紙を読むころ、あなたが笑っていますように。
――今日も、灯が優しい。
あなたの“どう”が、私を温めています。
手紙を畳むと、涙がぽたりと落ちた。
紙が少し波打って、光を反射する。
それが灯の光に溶けて、小さな虹を作った。
その虹が消える前に、私は恋の定義の末尾に、静かに一行を足した。
〈恋は、“また明日”の続きを願うこと〉。
窓の外で風が変わった。
旗が遠くで鳴る。
砦の方向だ。
きっとあの人も、同じ風を感じている。
離縁まで、五日。
だけど明日は、今日の続きを願う日だ。
灯はまだ、胸の中で揺れている。
白い灰がまだ路肩に積もり、歩くたびに小さな光が舞い上がる。箱の中の灯は消えずに、微かに鼓動のような明滅を続けていた。まるで心臓の奥に別の命が宿ったみたいに。
私は胸の前で箱を抱えながら、何度も確かめるように息をした。
――帰る先は、もう“家”ではない。
離縁の手続きが正式に終われば、私は名を返し、“どう”だけを残して生きる。
それが、私自身の選んだ道だった。
王都の門が見えた頃、空は薄い銀色になっていた。街全体が静かで、まるで遠くの鐘を待っているようだった。
門の前で待っていたのは、あの文官だった。以前、灯の箱を運んだ青年。
彼は目に見えるほど安堵の息をつき、深く頭を下げた。
「お戻りをお待ちしていました、エルフィア様――いえ、いまは“どう”の方ですね」
「どちらでも構いません。今日だけは、まだ“エルフィア”でいさせてください」
文官は頷き、封書を差し出した。
『離縁の儀は七日後、王都中央庁舎にて。
ただし、議場より“ひとつの提案”あり。
灯の庭に咲いた白の花を、ふたりで名づけよ――と。』
私は封を握りしめ、思わず空を仰いだ。
“ふたりで名づけよ”。
離れる前に、まだ一度、“ふたり”を呼ぶ機会を与えられたのだ。
――神は、残酷に優しい。
宿に戻り、箱の灯を机の上に置いた。
外では雨が降り始め、窓を細く叩く。灰と混じった雨は白く、まるで空の涙のようだった。
筆を取り、記録帳の最終欄を開く。
〈帰都〉
〈離縁、七日後〉
〈花の名づけ、ふたりで〉
書き終えたところで、ふと胸が痛んだ。
“ふたりで”――それはもう、この上なく遠い言葉に思えた。
夜。
箱の灯が揺れている。私はそれに向かって、手紙を書く。
宛先は、砦のレオン。
レオンへ。
あなたが作った“白の灯”は、まだ息をしている。
箱の中で、まるで呼吸のように光っています。
離縁まで、あと六日。
でも私は、今日を終わりと呼びません。
あなたの「また明日」が、まだ私の中で続いているからです。
灯の庭に咲いた白い花を、議場が私たちに名づけさせるそうです。
“どう”で呼ぶ花。
だから、私も“どう”で呼びたい。
――“願う”と。
この花を“願う”と呼びましょう。
灯の跡が育って、怖いが根を張り、灰が土になる。
それを願うから。
それが、私たちの灯の続きだと思うから。
あなたの灰を、胸に抱いて帰りました。
燃やさないまま、終わりを灯に変えられたこと。
それが、きっと私たちの恋の形。
どうか、この手紙を読むころ、あなたが笑っていますように。
――今日も、灯が優しい。
あなたの“どう”が、私を温めています。
手紙を畳むと、涙がぽたりと落ちた。
紙が少し波打って、光を反射する。
それが灯の光に溶けて、小さな虹を作った。
その虹が消える前に、私は恋の定義の末尾に、静かに一行を足した。
〈恋は、“また明日”の続きを願うこと〉。
窓の外で風が変わった。
旗が遠くで鳴る。
砦の方向だ。
きっとあの人も、同じ風を感じている。
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だけど明日は、今日の続きを願う日だ。
灯はまだ、胸の中で揺れている。
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