【完結】追放聖女は“幸福値”しか視えません

東野あさひ

文字の大きさ
26 / 52

第26話 祝福なき神々へ

しおりを挟む
夜の帳が降りる頃、エルフィナは村のはずれにある丘の上に立っていた。 草の香りと虫の声が、かすかな風に乗って耳をくすぐる。 その足元には、かつて神機リュカオンの“端末装置”として使われていた黒い石柱が、ひっそりと眠っていた。

だが、今はただの石にすぎない。

……はずだった。

——ザリ、と。

草を踏みしめる音。 振り返ると、そこにはひとりの少女が立っていた。

白いローブ。透き通るような銀髪。無垢な瞳。

「……君は……」

エルフィナは声を失う。 その少女は、夢で見たことがあった。記録水晶の奥に映った“幸福演算の原型”を携えた、最初の記録者。

「エルフィナ。あなたの幸福は、ここで終わるべきではありません」

少女は、ゆっくりと近づいてくる。 その足元に、一歩ごとに幸福値の幻影が現れては消えた。

「数値はもう消えたはず……どうして……」

「それは、“あなた”が決めたことではないから」

少女の言葉に、胸が締めつけられる。

——私は幸福演算を止めた。 ——でもそれは、本当に“私自身”の意思だったのだろうか? ——仲間たちの言葉に背中を押され、神機を止めた“役目”としてそうしたのではなかったか?

「もう一度、あなた自身の心に問うべき時です」

少女が手を差し出すと、石柱が淡く輝き始めた。

「あなたの内側にある“幸福の核”を見せてあげます」

エルフィナは思わず一歩引いた。 だがその瞬間、脳裏にいくつもの映像が流れ込んできた。

——ラティと笑い合った食卓。 ——マリアと語った夜の診療所。 ——子どもたちの「ぎゅーってするの!」の声。 ——ジャレッドと分かち合った、焼きたてパンの匂い。

「全部……私の……記憶……」

「記録された幸福の断片です。数値ではなく、感覚として宿る記録」

——私は、あのとき“選んだ”のではない。 ——“選ばれた”気になっていた。

でも今、ようやく理解できた。

「私が、私の幸福を定義する」

少女が微笑む。 その姿は、少しずつ光に溶けていった。

「それでいいのです。さようなら、エルフィナ。あなたの旅が、終わることのないように」

光が消える。 丘にひとり立ち尽くしたエルフィナは、そっと自分の胸に手を当てた。

そして、静かに呟いた。

「幸福値、視えなくていい。私は……視たい。人の顔を、声を、揺れる心を」

その瞬間、空からふわりと花弁が舞った。

——桜ではない、野の花のような白い花。

どこから来たのかもわからないその一輪を、エルフィナは両手で包み込んだ。

それはまるで、世界が彼女に送った“ささやかな祝福”のようだった。

そして彼女は、歩き出す。 かつて記録者だった少女が、ただ“人として”新しい物語を生きるために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった俺

島風
ファンタジー
ブラック企業で過労死した男がいた。しかし、彼は転生し、ある貴族の侯爵令嬢として再び生を受けた。そして、成長につれて前世の記憶を取り戻した。俺様、クリスティーナ・ケーニスマルク公爵令嬢七歳。あれ? 何かおかしくないか? そう、俺様は性別がおかしかった。そして、王子様の婚約者に決まり、ここが前世ではやっていた乙女ゲームの世界であることがわかった。 自分が悪役令嬢になってしまっている。主人公がハッピーエンドになると死刑になり、バットエンドになるとやっぱり死刑・・・・・・あれ、そもそも俺様、男と結婚するの嫌なんだけど!! 破滅エンド以前に、結婚したくない!!! これは素晴らしい男性と結ばれるの事をひたすら回避しようとして・・・ドツボにハマっていく物語である。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

転生先の異世界で温泉ブームを巻き起こせ!

カエデネコ
ファンタジー
日本のとある旅館の跡継ぎ娘として育てられた前世を活かして転生先でも作りたい最高の温泉地! 恋に仕事に事件に忙しい! カクヨムの方でも「カエデネコ」でメイン活動してます。カクヨムの方が更新が早いです。よろしければそちらもお願いしますm(_ _)m

処理中です...