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第44話 終わらない黎明
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朝焼けの空が、瓦礫の都市に柔らかな光を注いでいた。崩壊した中枢演算塔の残骸の中で、人々は新たな一歩を踏み出していた。記録によって管理された幸福が終焉を迎えた今、彼らは自身の感情に耳を傾けることでしか、幸せを見つける手段を持たなかった。
「本当に……終わったんだな」
ルカが静かに言った。崩壊した塔の根本には、かつて幸福の演算を担っていた巨大な記録核の残骸が横たわっていた。そこにはもう、光も動力もなかった。ただ無数の金属片が風に舞うのみ。
「終わりじゃないよ、ルカ」
ミーナは、微笑んで答える。
「これは始まり。ようやく……“私たち自身”で選べる未来がやってきたんだ」
フェリクスもまた、傷ついた身体を押して彼女の隣に立つ。
「選ぶって、怖いな。正解がないってことだもんな」
「うん。でも、不正解もない」
ミーナは足元の瓦礫から一輪の花を見つけ、そっと手に取った。
「誰かにとっての幸せが、誰かの不幸じゃないかもしれない。そういう、曖昧で、でも温かい世界に戻ってきたんだと思う」
ジャレッドは、その言葉に小さく笑った。
「君らしいな、ミーナ。俺は……また魔道士に戻るかな。記録じゃなく、知識と経験を伝えていく方法を探してみる」
「僕は鍛冶場を開くよ」
ルカが笑う。「実は昔から憧れてたんだ。火を使って、誰かの役に立てる仕事って」
「私はまだ、少し旅をしたい」
ミーナは空を見上げた。「今度こそ、“幸福”ってやつが、どんな形でこの世界に息づいているのか、自分の目で確かめたい」
人々の間にも変化が訪れつつあった。誰もが手探りで、記録ではなく感情に従って生きようと模索していた。戸惑いもある、摩擦もある、けれどそこには確かに、自ら選び取った“表情”があった。
フェリクスが、ふと尋ねた。
「もし、また“記録”の復活を望む人が現れたら?」
「……そのときは、話をしよう」
ミーナは真っ直ぐに答えた。
「数値じゃなく、心で。演算じゃなく、対話で。私たちが取り戻した“選ぶ権利”を、簡単に誰かに渡したりしない」
風が吹いた。
それはまるで、これから描かれる無数の物語を運ぶように、透明で、やさしく、力強い風だった。
——幸福とは、数えられないもの。
——幸福とは、語り合うもの。
——幸福とは、これから描いていくもの。
誰もが、それを描く権利を持っている。
ミーナはそっと歩き出した。その足元に、朝焼けが伸びていく。
黎明は、まだ終わらない。未来は、今まさに始まったばかりだった。
「本当に……終わったんだな」
ルカが静かに言った。崩壊した塔の根本には、かつて幸福の演算を担っていた巨大な記録核の残骸が横たわっていた。そこにはもう、光も動力もなかった。ただ無数の金属片が風に舞うのみ。
「終わりじゃないよ、ルカ」
ミーナは、微笑んで答える。
「これは始まり。ようやく……“私たち自身”で選べる未来がやってきたんだ」
フェリクスもまた、傷ついた身体を押して彼女の隣に立つ。
「選ぶって、怖いな。正解がないってことだもんな」
「うん。でも、不正解もない」
ミーナは足元の瓦礫から一輪の花を見つけ、そっと手に取った。
「誰かにとっての幸せが、誰かの不幸じゃないかもしれない。そういう、曖昧で、でも温かい世界に戻ってきたんだと思う」
ジャレッドは、その言葉に小さく笑った。
「君らしいな、ミーナ。俺は……また魔道士に戻るかな。記録じゃなく、知識と経験を伝えていく方法を探してみる」
「僕は鍛冶場を開くよ」
ルカが笑う。「実は昔から憧れてたんだ。火を使って、誰かの役に立てる仕事って」
「私はまだ、少し旅をしたい」
ミーナは空を見上げた。「今度こそ、“幸福”ってやつが、どんな形でこの世界に息づいているのか、自分の目で確かめたい」
人々の間にも変化が訪れつつあった。誰もが手探りで、記録ではなく感情に従って生きようと模索していた。戸惑いもある、摩擦もある、けれどそこには確かに、自ら選び取った“表情”があった。
フェリクスが、ふと尋ねた。
「もし、また“記録”の復活を望む人が現れたら?」
「……そのときは、話をしよう」
ミーナは真っ直ぐに答えた。
「数値じゃなく、心で。演算じゃなく、対話で。私たちが取り戻した“選ぶ権利”を、簡単に誰かに渡したりしない」
風が吹いた。
それはまるで、これから描かれる無数の物語を運ぶように、透明で、やさしく、力強い風だった。
——幸福とは、数えられないもの。
——幸福とは、語り合うもの。
——幸福とは、これから描いていくもの。
誰もが、それを描く権利を持っている。
ミーナはそっと歩き出した。その足元に、朝焼けが伸びていく。
黎明は、まだ終わらない。未来は、今まさに始まったばかりだった。
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