【完結】追放聖女は“幸福値”しか視えません

東野あさひ

文字の大きさ
45 / 52

第44話 終わらない黎明

しおりを挟む
朝焼けの空が、瓦礫の都市に柔らかな光を注いでいた。崩壊した中枢演算塔の残骸の中で、人々は新たな一歩を踏み出していた。記録によって管理された幸福が終焉を迎えた今、彼らは自身の感情に耳を傾けることでしか、幸せを見つける手段を持たなかった。

「本当に……終わったんだな」

ルカが静かに言った。崩壊した塔の根本には、かつて幸福の演算を担っていた巨大な記録核の残骸が横たわっていた。そこにはもう、光も動力もなかった。ただ無数の金属片が風に舞うのみ。

「終わりじゃないよ、ルカ」

ミーナは、微笑んで答える。

「これは始まり。ようやく……“私たち自身”で選べる未来がやってきたんだ」

フェリクスもまた、傷ついた身体を押して彼女の隣に立つ。

「選ぶって、怖いな。正解がないってことだもんな」

「うん。でも、不正解もない」

ミーナは足元の瓦礫から一輪の花を見つけ、そっと手に取った。

「誰かにとっての幸せが、誰かの不幸じゃないかもしれない。そういう、曖昧で、でも温かい世界に戻ってきたんだと思う」

ジャレッドは、その言葉に小さく笑った。

「君らしいな、ミーナ。俺は……また魔道士に戻るかな。記録じゃなく、知識と経験を伝えていく方法を探してみる」

「僕は鍛冶場を開くよ」

ルカが笑う。「実は昔から憧れてたんだ。火を使って、誰かの役に立てる仕事って」

「私はまだ、少し旅をしたい」

ミーナは空を見上げた。「今度こそ、“幸福”ってやつが、どんな形でこの世界に息づいているのか、自分の目で確かめたい」

人々の間にも変化が訪れつつあった。誰もが手探りで、記録ではなく感情に従って生きようと模索していた。戸惑いもある、摩擦もある、けれどそこには確かに、自ら選び取った“表情”があった。

フェリクスが、ふと尋ねた。

「もし、また“記録”の復活を望む人が現れたら?」

「……そのときは、話をしよう」

ミーナは真っ直ぐに答えた。

「数値じゃなく、心で。演算じゃなく、対話で。私たちが取り戻した“選ぶ権利”を、簡単に誰かに渡したりしない」

風が吹いた。

それはまるで、これから描かれる無数の物語を運ぶように、透明で、やさしく、力強い風だった。

——幸福とは、数えられないもの。

——幸福とは、語り合うもの。

——幸福とは、これから描いていくもの。

誰もが、それを描く権利を持っている。

ミーナはそっと歩き出した。その足元に、朝焼けが伸びていく。

黎明は、まだ終わらない。未来は、今まさに始まったばかりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

最強剣士が転生した世界は魔法しかない異世界でした! ~基礎魔法しか使えませんが魔法剣で成り上がります~

渡琉兎
ファンタジー
政権争いに巻き込まれた騎士団長で天才剣士のアルベルト・マリノワーナ。 彼はどこにも属していなかったが、敵に回ると厄介だという理由だけで毒を盛られて殺されてしまった。 剣の道を極める──志半ばで死んでしまったアルベルトを不憫に思った女神は、アルベルトの望む能力をそのままに転生する権利を与えた。 アルベルトが望んだ能力はもちろん、剣術の能力。 転生した先で剣の道を極めることを心に誓ったアルベルトだったが──転生先は魔法が発展した、魔法師だらけの異世界だった! 剣術が廃れた世界で、剣術で最強を目指すアルベルト──改め、アル・ノワールの成り上がり物語。 ※アルファポリス、カクヨム、小説家になろうにて同時掲載しています。

うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。

かの
ファンタジー
 孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。  ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ
ファンタジー
とある片田舎で貧困の末に殺された3きょうだい。 その3人が目覚めた先は日本語が通じてしまうのに魔物はいるわ魔法はあるわのファンタジー世界……そこで出会った首が取れるおねーさん事、アンドロイドのエキドナ・アルカーノと共に大陸で一番大きい鍛冶国家ウェイランドへ向かう。 魔物が生息する世界で生き抜こうと弥生は真司と文香を護るためギルドへと就職、エキドナもまた家族を探すという目的のために弥生と生活を共にしていた。 首尾よく仕事と家、仲間を得た弥生は別世界での生活に慣れていく、そんな中ウェイランド王城での見学イベントで不思議な男性に狙われてしまう。 訳も分からぬまま再び死ぬかと思われた時、新たな来訪者『神楽洞爺』に命を救われた。 そしてひょんなことからこの世界に実の両親が生存していることを知り、弥生は妹と弟を守りつつ、生活向上に全力で遊んでみたり、合流するために路銀稼ぎや体力づくり、なし崩し的に侵略者の撃退に奮闘する。 座敷童や女郎蜘蛛、古代の優しき竜。 全ての家族と仲間が集まる時、物語の始まりである弥生が選んだ道がこの世界の始まりでもあった。 ほのぼののんびり、時たまハードな弥生の家族探しの物語

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

処理中です...