【完結】地味な村人が伝説ドラゴンをカード化したら、最強無双の人生が始まりました

93話「リオとグラン＝ヴァルド、進化の危機」

　――その日、空が割れた。

　

　村の上空に、まるで巨大なクジラの影のような“データの裂け目”が現れたのだ。
　そこから黒い霧が垂れ下がり、空気がざらつくような異様な振動が広がっていく。

　

　「……嫌な感じだ」
　リオはカードケースに手をかけた。

　

　ミナ、ユリエル、カイ、ティアナ、そしてグラン＝ヴァルドが周囲に集まる。
　グラン＝ヴァルドの金色の瞳が、不安げに揺れた。

　

　『リオ……これは“精製バグ”だ。だが、以前のものとは違う。何かが俺を呼んでいる』

　

　次の瞬間、裂け目から黒い鎖のような光が放たれ、グラン＝ヴァルドの身体に絡みついた。
　竜の巨体が苦悶の声を上げ、暴れる。

　

　「グラン！　何をする気だ！」
　『……止められない……体が、勝手に……！』

　

　そのままグラン＝ヴァルドは空へ飛び上がり、村の外へ。
　リオたちは慌てて追った。

　

　◆

　

　辿り着いたのは、黒い霧が渦巻く峡谷。
　そこには異形の精製獣たちがひしめいていた。
　そして、その中央――黒い外套を纏った人物が立っている。

　

　「おやおや、“希望の精製師”ご一行。ようこそ」
　その声は、底冷えするような冷たさだった。

　

　「お前が……黒幕か」
　「黒幕だなんて。私はただ、“進化”の手助けをしているだけですよ。竜に、より強い力を与えてあげようとしているのです」

　

　嘲笑と共に、黒外套の男が手をかざす。
　鎖の光がさらに強まり、グラン＝ヴァルドの瞳が赤く染まった。

　

　『……ガアアアアッ！』
　その咆哮は、もはや仲間に向けるものではない。
　獰猛な捕食者のそれだった。

　

　「グラン、目を覚ませ！」
　リオが叫び、カードを展開する。

　

　◆

　

　暴走したグラン＝ヴァルドは、圧倒的な力で襲いかかってきた。
　竜の翼が一振りされるたび、暴風が走り、地面が抉れる。

　

　「このままじゃ村に……！」
　カイが叫び、ティアナが防御壁を張る。
　ユリエルは攻撃を躊躇しながらも援護射撃を放つが、まるで効果がない。

　

　ミナが必死に叫んだ。
　「グラン！　あなたはリオの仲間でしょ！　こんなところで終わるはずがない！」

　

　だが、赤く濁った瞳は彼女を認識すらしない。

　

　――その時、リオは気づいた。
　暴走の奥に、わずかな“呼び声”のような感覚があることに。

　

　（……グランの心は、まだ奥に残ってる）

　

　リオはカードケースから一枚の古いカードを取り出す。
　それは、彼が初めてグラン＝ヴァルドと契約した時の“絆のカード”だった。

　

　「行くぞ……究極精製！」

　

　光がほとばしり、リオと仲間たちの想いが一つに重なる。
　カナメや村の子どもたち、希望連盟の仲間たち――これまで出会った全員の“声”が、カードに宿っていく。

　

　◆

　

　光の奔流がグラン＝ヴァルドを包む。
　暴れる巨体が一瞬だけ動きを止め、その瞳が揺らいだ。

　

　『……リオ……？』

　

　「そうだ！　俺だ！　お前は俺の相棒で、師匠で、友達だ！　バグなんかに負けるな！」

　

　赤い光が砕け、鎖が弾け飛ぶ。
　グラン＝ヴァルドは膝をつき、深く息を吐いた。

　

　「……すまない、リオ。私は……」

　

　「謝るな。お前を取り戻せてよかった」

　

　だが、その瞬間。
　竜の身体からまばゆい光が溢れ始めた。

　

　『……これは……新たな進化の兆しだ』

　

　◆

　

　グラン＝ヴァルドの姿が変わっていく。
　翼は銀色に輝き、鱗は虹色の光沢を帯び、瞳は澄んだ金色に戻っていた。
　背には新たな紋章が浮かび上がる。

　

　「……これが、お前の“真の姿”か」

　

　『ああ。お前たちの絆が、俺をここまで導いた』

　

　黒外套の男は舌打ちし、霧の中に消える。
　「まぁいい……竜の力は見せてもらった。また会いましょう、“英雄”さん」

　

　残された峡谷には、静寂と、澄んだ風だけが残った。

　

　◆

　

　村への帰り道、グラン＝ヴァルドがふと口を開く。

　

　『リオ……進化とは、力を得ることではない。守るものを増やすことだ』
　「ああ、俺もそう思う」

　

　ミナが笑みを浮かべ、リオの隣を歩く。
　「じゃあ、次は何を守る？」
　「全部だよ。仲間も、村も、この世界も」

　

　その言葉に、グラン＝ヴァルドは満足げに目を細めた。

　

　――こうして、進化の危機は絆によって乗り越えられた。
　だが、新たな敵の影は、すでに別の場所で動き始めていた。