【完結】週刊誌の記者は忘れられない

若目

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番外編 再会

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いつもの仕事終わり、敏雄はいつもの居酒屋で飲んでいた。
今日は、隣の席には誰もいない。

最近、青葉はひとりで取材することが増えてきて、それにともなって敏雄がここでひとりで飲む機会も増えていった。







「なあお前、ひょっとして伊達か?」
梅酒のソーダ割りが入ったグラスを片手に、次は何を注文しようかと考えていたとき、声をかけられた。
若い頃に幾度となく聞いたことのある、低くてはっきりした声だ。

「…石垣さん?」
声に反応して振り返ってみれば、懐かしい姿がそこにあった。
180を超える長身に、広い肩、厚い胸。
太くて短い眉に幅広の鼻、黒目がちな垂れ目はなんとも人が良さそうに見える。

これが、敏雄がかつて慕っていた石垣という男だ。
この温厚そうな見た目に反して、恐ろしいまでに強気な姿勢で取材に臨むところに、敏雄は惹かれたのだ。
もっとも、その強気な姿勢が災いして、あんな事件に発展してしまったのだけど。


「隣、座ってもいいか?誰かと待ち合わせでもしてるのか?」
「誰ともしてないですよ。どうぞ座ってください」
「ありがとう」
敏雄の許可を得ると、石垣は隣に座った。


「そういえば石垣さん、いまは何してるんですか?」
石垣が座るなり、敏雄は長い間気になっていたことを口にした。
これは後に知った話なのだけど、敏雄がエックスデー編集部を辞めた数年後に、石垣も辞表を提出していたらしい。

これらは偶然、現場で会った元同僚から聞いた話だが、辞めた理由まではわからずじまいだった。
だから、この機会に聞いておきたい。
ひょっとして石垣も、南との一件が相当こたえたのだろうか。



「エロ雑誌の編集。AV男優へのインタビューとか、新しい大人のオモチャの紹介記事とかな。こないだは若手芸人がフーゾクのレポートするって企画やったんだけど、なかなかウケた。この仕事、結構もらえるぜ」
石垣はニヤリと笑って、親指と人差し指で丸を作った。
「石垣さんらしいっちゃ、らしいですね」
「んだよ、それ。オレらしいって、どうゆうこと?」
石垣が片眉を釣り上げる。

「そのままの意味ですよ」
その仕草に少々の懐かしさを感じながら、敏雄はクスッと笑った。
「はっはっは!お前は相変わらず減らず口を叩くなあ、ええ?」


「石垣さんも変わらないですね。あと、これは聞いてもいいんですかね?」
「何だよ?」
「……何であの編集部を辞めたんですか?」
敏雄は、思い切って口に出してみた。

「…お前が辞めた後に、編集部に石ぶん投げられる事件が起きたんだよ。それも連日。それでまたケガして入院して、さすがにキツくなってな」
石垣が絞り出すように答えた。
「なるほど」
その解答の内容に敏雄は驚いたが、無くはない話だなとも思った。

当時、売れっ子大物タレントによる暴力事件は、大きな話題を呼んだ。
それだけに、元からエックスデーを快く思っていなかった人間や、怒った南のファンが暴徒化して投石のひとつもするのは、自然な流れといえる。

「当時はインターネットがまだできたてホヤホヤで、SNSとかもなかった時代だろ?普及もまだまだ先のことだった。だから、嫌がらせも今と比べたらだいぶ原始的だったなあ。無言電話とかカミソリ入りの封筒とか。直接怒鳴り込んできたヤツもいたよ。そういえば、文士はこないだ大騒ぎだったけど、どうだ?カミソリレターとか来たか?」
石垣はどこか懐かしげに、物騒な思い出話を聞かせてきた。

「いや、さすがにそれはなかったです。でも、イタ電とクレームが半端なかったし、窓ガラスへの投石はありましたよ」
「いつの時代もそういうことするヤツはいるんだなあ」
石垣は苦笑いしながら、メニュー表を手に取った。
そこで敏雄は、石垣の手が自分の背中に回ってきていることに気づいた。
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