【完結】週刊誌の記者は忘れられない

若目

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番外編2 ウィスキーがお好きでしょ

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石垣の手は大きくて硬いから、感触が強くはっきりと伝わる。
あの事件が起きるまで、この大きな手に何度触れられたかわからない。
当時の敏雄にとって石垣は、尊敬すべき憧れの先輩であると同時に恋人でもあった。


「なあ伊達。よかったらさ、この後、オレと…」
「悪いけど、今は付き合ってるヤツがいるんです」
石垣が言い終わる前に、敏雄は誘いを断った。

「意外だな。お前なら、決まった相手がいてもホイホイついて行くって思ってたのに」
背中に当てられていた石垣の手が、滑り落ちるように離れていく。
「真面目でやきもち焼きなんですよ、いま付き合ってるヤツは」
敏雄は、青葉がときどき見せる拗ねた子どものような顔を思い出していた。


「へえ?どんなヤツ?」
「最近編集部に入ってきたヤツです。まだ25歳」
「若ッ!え?どうやってたらし込んだんだよ?」
石垣は驚いたと同時に、好奇心いっぱいな瞳で敏雄を見た。
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。向こうから告白されました」


「はあ、なるほどね。それにしても、あのときのお前なら、相手がいても誘いに乗ってただろ?オレ知ってたんだからな。どうしたんだよ?長いこと会わないうちに、えらく真面目になったな?浮気してバレてボコボコにされて痛い目に遭ったから懲りたとか?」
石垣が割と笑えない冗談を言う。

何せこれは、石垣が敏雄と出会う前に起こしたトラブルなのだ。
それを敏雄に言って聞かせたときのウンザリ顔ときたら、なかなか忘れられるものではない。


「違いますよ。俺ももう45ですよ?この歳になって1から恋愛するだけでも大変なのに、このうえで年甲斐もなくワンナイトとか疲れるんです」
あれから20年も経つのに、あまりにも変わらない石垣の態度に、敏雄も笑ってしまった。

「ははっ!残念だなあ。まあ、もうあの頃みたいにはいかないよな」
石垣は変わらず笑っているけれど、その声にはどこか辛そうな感情が入り混じっていることに、敏雄は気づいていた。

「人間、いつまでも同じではいられないですよ」
「それもそうだな」
「でも、いまここでいっしょに食事するくらいなら問題ないですよ」
これには、少しだけ嘘が混じっている。
嫉妬深い青葉は、敏雄が少しの間だけ誰かと2人きりになるのでさえ難色を示す。

しかし、せっかくの再会を台無しにしたくはない。
もしこれが青葉に知られたら、そのときはそのときだ、また「お楽しみ」でご機嫌を取ることにしよう。
そう考えた上で、出した言葉がこれなのだ。


「そうか。それなら…あ、すみませーん」
石垣はそばを通った若い男性店員を呼び止めた。
「はーい!」
男性店員が元気よく返事する。

「冷奴とねえ、ししゃもをお願い」
「俺は枝豆。あと、ウィスキーも」
石垣が注文した後、敏雄も食べたいものを注文した。

「かしこまりました!」
男性店員は注文票にボールペンで殴り書きすると、奥へ引っ込んでいった。

「お前、ウィスキーなんか飲むっけ?」
石垣が困惑ぎみに聞いてきた。
「石垣さん、好きだったでしょ?今日は飲まないんですか?ドクターストップでもかかりました?」
そう、かつて石垣は、食事に行くと必ずと言っていいほどウィスキーを飲んでいた。
このタイミングになって、敏雄はそのことを思い出したのだ。

「飲むとも」
石垣はどこか嬉しそうな顔をして、フッと笑った。

「今日はとことん飲みましょう」
「おう、是非とも付き合ってくれ」
石垣がまた、敏雄の背中に優しく触れてきた。
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2022.03.18 ユーザー名の登録がありません

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2022.03.18 若目

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