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帰り道

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「ええ、どうも。あのう…もしかして、わざわざそれを言うためにエウジェニオの家にずっといたのですか?」
「それもありますが、それ以外にも理由がございます。エウジェニオさんから、あなたのことを聞き出したくて…」
「なるほど。それでエウジェニオよ、お前は私のことをどこまで話したんだい?」
ピノキオは旅の男のことなどほとんど無視して、エウジェニオに尋ねた。

「どこまでって……まあ、概ね全部かねえ」
エウジェニオは自らの記憶を手繰り寄せるかのように、頭頂部を人差し指で掻いた。
「全部…?」
「ええ、あなたの“出生から現在に至るまで”の全てです」
エウジェニオの返答を待たずに、旅の男が割って入ってくる。

「エウジェニオ……お前、なんてことを!」
ピノキオは思わず声を荒らげた。
「落ち着けよ、ピノキオ。この人はな…」
「なんだって私に何の許しも無しに私のことを話したんだ!よりにもよってこんな……こんなよそ者に!!」
ピノキオはエウジェニオの襟首を掴むと、前後に揺らした。

とても冷静ではいられない。
エウジェニオには、他人に自分のことは話さないでくれと頼んでいたはずなのに。
まだ子どもで分別もつかないならまだしも、エウジェニオはすでに子どももいる45歳。
おまけに、ピノキオとは昔馴染みだから、ピノキオが話して欲しくない事情だって知っていたはずだ。
だのに、こんな形で裏切られた。

「ピノキオさん、落ち着いてください!」
旅の男が、ピノキオとカルロの間に体を割り入れる。
その腕力のなんと強いこと。
ピノキオの細い体はあっという間に弾かれてしまって、その場に尻餅をついた。

「ピノキオさん……!」
旅の男が、尻餅をついたピノキオに手を差し伸べる。
ピノキオはそれをぴしゃりと跳ねのけると、自力で立ち上がってその場を足早に立ち去っていった。



「あ…」
去っていくピノキオの背中を、カルロは心配そうに見つめた。
その顔は、どこか申し訳なさそうだった。
「気を悪くしないでおくれよ、カルロさん。ああいうヤツなのさ」
ピノキオが去った後、エウジェニオはカルロの肩を叩いた。
「気を悪くするだなんて、そんなこと……全ては私が悪いのです。私がピノキオさんを怒らせるようなことを言ってしまったものですから…」
去っていくピノキオの背中を見つめながら、カルロはひとりごちた。




自分が去った後でそんなやりとりが行われていることなどつゆ知らず、ピノキオはひとり自宅に向かっていた。
どうにも気持ちが急いてしまって、ついつい早歩きになってしまう。

いつもより少し早く自宅の前に着くと、ピノキオは懐から鍵を取り出して、玄関ドアの鍵穴に差し込んだ。
しかし、鍵がうまく回らない。
いつものことだ。
鍵も鍵穴もだいぶ錆びているから、施錠も解錠もかなりの力をこめてやらないといけない。
日によってはまともに鍵がかからなくて、気がつくとドアが開いていたこともある。
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