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大慌て
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「いや、あー…そうじゃない。まあ、なんだ」
なんと返したらいいかわからなくて、総治郎はあわてた。
その間にも、直生は落ち込んだような顔をしてこちらを見つめている。
さて、どうしたものか。
「…ああいうのは、なんだか照れるんだ。公然とノロケ話されているみたいで」
別にやましい話をしているわけでもないのに、総治郎は思わず小声になった。
「え、やだあ!ノロケだなんて、そんなつもりじゃあなかったんですよ?あ、いや、ノロケですかねえ?」
直生がポッと顔を赤らめて、両手で頬を覆った。
そんなやりとりの間にも、そばの席に座っているサラリーマンが、箸を止めてこちらの様子を伺っている。
しかし、何気なく横を向いた総治郎と視線がばっちり合うと、サラリーマンは気まずくなったのか、ごまかすようにして箸を忙しなく動かしはじめた。
「うん、もう、いいんだよ。気にしなくていい。それより、本当にここでよかったのか?きみは洋食とかの方が好きじゃなかったか?」
そんなサラリーマンに対して、なんだか申し訳ない気持ちになった総治郎は、なんとか話題を変えようとした。
「いいって言ってるじゃないですかあ。ヘンな総治郎さん!」
直生がクスクス笑う。
さっきシュンとしていたのがウソみたいに、すっかり上機嫌だ。
その様子を見て、総治郎はホッとした。
──アレぐらいは、もう流してしまったほうがいいな
よくよく考えてみたら、直生のあの言動はどうかと思うが、男性従業員の接客態度だって、まずかったかもしれない。
先ほど寄ったブティックの店員みたいに「お連れ様」とは言わずに「息子さん」などと言うのだから。
もっとも、彼を責めることはできない。
50歳の総治郎と20代の直生、いや、見ようによっては10代後半くらいにも見える直生が一緒にいたら、たいていの人は親子と誤認するのが普通であろう。
それこそ、あの若い男性従業員は、つい最近働きはじめた新顔らしく、注文を取る様子もぎこちなかった。
あまり接客には慣れていないようだし、このあたりは大目に見てやるべき、と総治郎は考えた。
それに、直生にもよその人にも、好きに言わせておけばいいのだ。
親子と誤認されても、歳の差夫婦だと確信されても、何も変わらない。
そう自分に言い聞かせているうち、直生が注文したとんかつ定食が運ばれてきた。
「お待たせいたしました。とんかつ定食のお客様」
テーブルまで料理を運んでくれたのは、注文を取った若い男性従業員ではなく、先ほど席に案内してくれた中年女性の従業員だった。
「私です」
直生が自分の胸の高さまで手を上げた。
「はい、こちら失礼しますね」
女性従業員は淡々とした態度で、料理が乗ったトレーを直生の目の前に置いた。
「残りのご注文、もう少しお待ちくださいね」
女性従業員は、変わらず淡々とした様子で去っていった。
彼女の態度は、人によっては無愛想で不愉快と感じるかもしれない。
しかし、なるだけ干渉されずにゆっくり食事を楽しみたい総治郎には、あの態度でいてくれる方が、むしろありがたかった。
それこそ、彼女なら総治郎と直生が夫婦だと知っても、あまり動じなかっただろう。
なんと返したらいいかわからなくて、総治郎はあわてた。
その間にも、直生は落ち込んだような顔をしてこちらを見つめている。
さて、どうしたものか。
「…ああいうのは、なんだか照れるんだ。公然とノロケ話されているみたいで」
別にやましい話をしているわけでもないのに、総治郎は思わず小声になった。
「え、やだあ!ノロケだなんて、そんなつもりじゃあなかったんですよ?あ、いや、ノロケですかねえ?」
直生がポッと顔を赤らめて、両手で頬を覆った。
そんなやりとりの間にも、そばの席に座っているサラリーマンが、箸を止めてこちらの様子を伺っている。
しかし、何気なく横を向いた総治郎と視線がばっちり合うと、サラリーマンは気まずくなったのか、ごまかすようにして箸を忙しなく動かしはじめた。
「うん、もう、いいんだよ。気にしなくていい。それより、本当にここでよかったのか?きみは洋食とかの方が好きじゃなかったか?」
そんなサラリーマンに対して、なんだか申し訳ない気持ちになった総治郎は、なんとか話題を変えようとした。
「いいって言ってるじゃないですかあ。ヘンな総治郎さん!」
直生がクスクス笑う。
さっきシュンとしていたのがウソみたいに、すっかり上機嫌だ。
その様子を見て、総治郎はホッとした。
──アレぐらいは、もう流してしまったほうがいいな
よくよく考えてみたら、直生のあの言動はどうかと思うが、男性従業員の接客態度だって、まずかったかもしれない。
先ほど寄ったブティックの店員みたいに「お連れ様」とは言わずに「息子さん」などと言うのだから。
もっとも、彼を責めることはできない。
50歳の総治郎と20代の直生、いや、見ようによっては10代後半くらいにも見える直生が一緒にいたら、たいていの人は親子と誤認するのが普通であろう。
それこそ、あの若い男性従業員は、つい最近働きはじめた新顔らしく、注文を取る様子もぎこちなかった。
あまり接客には慣れていないようだし、このあたりは大目に見てやるべき、と総治郎は考えた。
それに、直生にもよその人にも、好きに言わせておけばいいのだ。
親子と誤認されても、歳の差夫婦だと確信されても、何も変わらない。
そう自分に言い聞かせているうち、直生が注文したとんかつ定食が運ばれてきた。
「お待たせいたしました。とんかつ定食のお客様」
テーブルまで料理を運んでくれたのは、注文を取った若い男性従業員ではなく、先ほど席に案内してくれた中年女性の従業員だった。
「私です」
直生が自分の胸の高さまで手を上げた。
「はい、こちら失礼しますね」
女性従業員は淡々とした態度で、料理が乗ったトレーを直生の目の前に置いた。
「残りのご注文、もう少しお待ちくださいね」
女性従業員は、変わらず淡々とした様子で去っていった。
彼女の態度は、人によっては無愛想で不愉快と感じるかもしれない。
しかし、なるだけ干渉されずにゆっくり食事を楽しみたい総治郎には、あの態度でいてくれる方が、むしろありがたかった。
それこそ、彼女なら総治郎と直生が夫婦だと知っても、あまり動じなかっただろう。
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