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同人誌即売会
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同人誌即売会の日がやってきた。
職場と自宅を往復するだけの無味乾燥な日々を送る中、サークル申し込みや原稿、カット描きを終わらせ、テーブルクロスやガムテープはもちろん、この日に着ていく服まで購入して、ようやくこの日を迎えられた。
スペース(参加した人が主催した側から与えられる場所。広さは会議用テーブルの半分ほど)を設置し終わった久実子は、パイプ椅子に座って、目の前を流れていく人たちを眺めていた。
イベントが始まって1時間ほど経つと、実際に印刷した冊数の10分の1程度は売れたけれど、そこからは何も起きない。
いつものことだ。
久実子にはフォロワーが3000人ほどいるけれど、実際にイベントに来てくれる人はたかが知れている。
それこそ、うってぃやきゃさりん、ハイリだって、Twitterにアップした絵を褒めたり、「いいね」こそしてくれるけれど、イベントに来たことはないし、同人誌を買ってくれたことはない。
Twitterで告知しているから、イベントに参加していることは知っているはずなのに。
──まあ、しょうがないか。うってぃさんは腐女子だから架空の女主人公とキャラが絡む本なんて買わないだろうし。ハイリさんはコスプレイベント行くとか言ってたし。きゃさりんさんはそもそも二次創作とかどんなの好きか知らないし……
そう言い聞かせて、久実子はタブレットを手に、次に使う原稿をひたすら描いていた。
「えぐみ子さん」
ハンドルネームを呼ばれて、久実子は顔を上げた。
目の前に、マキナが立っていた。
「マキナさん!」
久実子は嬉しさのあまり性急に立ち上がってしまってあやうくタブレットを落とすところだった。
加えて、あまりに大きな声を出したものだから、周りの人の視線が鬱陶しそうにこちらをチラリと見てきた。
「来てくださったんですね、嬉しいです!」
そんな視線もどこ吹く風。
久実子はマキナに詰め寄るように礼を言った。
「ええ、Twitterで告知されてた本が欲しかったので、来ちゃいました」
「…ありがとうございます」
──やっぱり、マキナさんだけは違うわ!
「コレとコレ、いただけます?」
マキナが新刊2冊を手に取った。
「あ、ありがとうございます!合計で、800円です!!」
「はい」
マキナは財布を出すと、1000円札を取り出して、久実子に手渡してきた。
久実子は1000円札を受け取ると、クッキー缶に入れていた小銭を取り出し、お釣りをマキナに渡した。
「200円のお返しです!」
「どうも!」
マキナがニッコリ笑いかける。
その優しげな笑みを見ただけで、日々の憂さも一気に晴れる。
仕事や家事の合間を縫っての原稿は大変だった。
あの苦難は、この日を迎えるためにあったようなものなのだ。
「マキナさん、ホントに、ありがとうございます!」
久実子は体を半分に折り曲げて、大声でお辞儀をした。
あまりの大声に、別のサークルにいた女性が異質なものを見るような目つきで久実子を見つめた。
職場と自宅を往復するだけの無味乾燥な日々を送る中、サークル申し込みや原稿、カット描きを終わらせ、テーブルクロスやガムテープはもちろん、この日に着ていく服まで購入して、ようやくこの日を迎えられた。
スペース(参加した人が主催した側から与えられる場所。広さは会議用テーブルの半分ほど)を設置し終わった久実子は、パイプ椅子に座って、目の前を流れていく人たちを眺めていた。
イベントが始まって1時間ほど経つと、実際に印刷した冊数の10分の1程度は売れたけれど、そこからは何も起きない。
いつものことだ。
久実子にはフォロワーが3000人ほどいるけれど、実際にイベントに来てくれる人はたかが知れている。
それこそ、うってぃやきゃさりん、ハイリだって、Twitterにアップした絵を褒めたり、「いいね」こそしてくれるけれど、イベントに来たことはないし、同人誌を買ってくれたことはない。
Twitterで告知しているから、イベントに参加していることは知っているはずなのに。
──まあ、しょうがないか。うってぃさんは腐女子だから架空の女主人公とキャラが絡む本なんて買わないだろうし。ハイリさんはコスプレイベント行くとか言ってたし。きゃさりんさんはそもそも二次創作とかどんなの好きか知らないし……
そう言い聞かせて、久実子はタブレットを手に、次に使う原稿をひたすら描いていた。
「えぐみ子さん」
ハンドルネームを呼ばれて、久実子は顔を上げた。
目の前に、マキナが立っていた。
「マキナさん!」
久実子は嬉しさのあまり性急に立ち上がってしまってあやうくタブレットを落とすところだった。
加えて、あまりに大きな声を出したものだから、周りの人の視線が鬱陶しそうにこちらをチラリと見てきた。
「来てくださったんですね、嬉しいです!」
そんな視線もどこ吹く風。
久実子はマキナに詰め寄るように礼を言った。
「ええ、Twitterで告知されてた本が欲しかったので、来ちゃいました」
「…ありがとうございます」
──やっぱり、マキナさんだけは違うわ!
「コレとコレ、いただけます?」
マキナが新刊2冊を手に取った。
「あ、ありがとうございます!合計で、800円です!!」
「はい」
マキナは財布を出すと、1000円札を取り出して、久実子に手渡してきた。
久実子は1000円札を受け取ると、クッキー缶に入れていた小銭を取り出し、お釣りをマキナに渡した。
「200円のお返しです!」
「どうも!」
マキナがニッコリ笑いかける。
その優しげな笑みを見ただけで、日々の憂さも一気に晴れる。
仕事や家事の合間を縫っての原稿は大変だった。
あの苦難は、この日を迎えるためにあったようなものなのだ。
「マキナさん、ホントに、ありがとうございます!」
久実子は体を半分に折り曲げて、大声でお辞儀をした。
あまりの大声に、別のサークルにいた女性が異質なものを見るような目つきで久実子を見つめた。
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