恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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1章 そんな風に始まった

26 あたりまえ

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何の予定もない火曜日。
ダラダラ惰眠をむさぼって、時刻は10時になろうとしいた。
春休み、色々なバイトをガンガン入れて稼ぐ予定だったけど、このままでは特に何もしないで1ヵ月が終わってしまう。
いまいち、何をする気も起きなかった。

千夏と涼子を誘って、どこかへ行こうかしら。
そう考えてもみたけれど、ふたりに会えばきっと雅のことを尋ねられる。
彼女達は私が雅と、それなりに幸せな春休みを送っていると思っているんだろうから、今のこの状況を話したら「なんでそうなった!」となるだろう。
根っこの部分を探られたら、母のことまで話さなければいけないかもしれない。それは嫌だった。

雅との関係はあれから未だ平行線。
特に言葉を交えないまま夜道を一緒に歩くだけ。
ギクシャクした関係になってから、一週間が経とうとしていた。
この関係もそう長くは続かないだろう。
ある日パッタリと雅が来なくなって、なんとなく終わる。そう漠然と思いながら毎日を過ごしていた。

ベッドから体を起こし、ポケッとしながら窓の向こうを眺めていると、着信音が鳴り響いた。
スマホに手を伸ばすと、液晶にはバイト先の電話番号が表示されている。


またか……。


『浅木さん、おそよう! 今回もまた夜のピンチヒッターをお願いしたいんだけど……いいよね?』


予感は見事に的中。
電話に出て早々、ほぼ決定事項だと言う口ぶりの店長に、何の予定も無いとわかりきられていて少し複雑な気持ちになる。
別に……悲しくもなんともないけれど。


『大丈夫だよね? ね? 嫌だなんて言わないよね? この間皆に迷惑かけた穴埋めだよね!』

「行けますよ。行かないなんて言ってませんよ……」


そして、いつの間にか無断欠勤の件は弱みにされているという不覚。
ツケは知らないうちにまわってくる、そんなものなのかもしれない。
私は重い腰を上げ、簡単に家事を済ませてバイトに備えることにした。 



いつもの如く、23時まできっちり働かされて店を出る。


「お疲れ様ぁ~」

「また明日ねー」


あまり意識はしていなかったけれど、この時間になると親が迎えに来ている子や彼氏が迎えに来る子も結構いる。
バイト仲間同士で付き合ってるカップル、シングル組もワイワイ騒ぎながら駅の方角へと帰っていく。

私は小さく手を振って皆に別れを告げると、ひとり店の前に佇んだ。
誰もいなくなると、お店の周りに静寂が戻る。
騒がしかった分だけ寂しく感じられた。

寒い。
そろそろ雪が降ったってきっとおかしくはない。
それでも私は店の前で、暫くぼーっと立っていた。


「…………」

「浅木さん?」

「は、い」


カラン、と音を立てて店の戸が開いて、私はビクリと肩を震わせる。


「何してんの、帰らないの」

「帰ります、帰ります」


店の扉に『CLOSE』と書かれた札を掲げながら、訝しそうな店長に声をかけられた。
ふ、と私はひとつ息をついて、何事もなかったように歩き出す。
もう一度、カランと乾いた音が後方で聞こえ、店長が店の奥に引っ込んだのを感じてから立ち止まった。
通りの向こうへと視線を寄せた。
曲がり角の先は、目を凝らしてみても暗闇が広がっているだけで何も見えない。
その方角へとゆっくり歩いた。

曲がり角を曲がる。
誰もいなかった。

当たり前だった。
今日は火曜日で、雅に教えたアルバイトの日じゃなかったから。


「いや、そうじゃない。そうじゃなくて」


訂正する。
これが私のいつもの”当たり前”だった。
私はずっとひとりで、この道を歩いてきたのに。

雅が来なくなる日は明日からかもしれないし。
明日もその先も、ずっとこっちが当たり前なのかもしれないのに。

自分のとった行動は無意識で、まったくもって不可解だった。
もしも雅がいたからって、だから、どうするの?
どうする訳でもないのに。

向き合うのが怖いから。
全部絶ち切りたいから。
ずっと無視して歩くことしかしないのに。


「何、やってんだろ……」


頭を掻いて、踵を返して家路へ向かう。

家に近づくにつれて住宅も人通りからも無縁になる。
鉄線が張り巡らされた空き地が広がる夜道は、まるで独占したプラネタリウムのように星がたくさん瞬いていた。
ひとりで見ているなんて勿体ない。
例えばだけど、隣に雅がいたらはしゃぎそう。


――美亜、美亜。知ってるー?
オリオン座のベテルギウスとおおいぬ座シリウス、こいぬ座のプロキオンを結ぶと「冬の大三角」ができるんだよー。


そんな具合に。
指さしながら星座を探して。


――星が綺麗だから、明日もきっと晴れるよね。


そう言うんだろう。

静かに目を閉じた。
雅の笑顔がぼんやりと浮かんで、でも忘れてしまいそうだった。
いつかは完全に忘れてしまうのかもしれない。
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