恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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2章 あなたと共に過ごす日々

05 知らない・知りたい?・2

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翌日、食堂棟にあるカフェで講義の時間繋ぎをしていれば、千夏と涼子が示し合わせて私に会いに来た。


「引っ越しは終わった?」

「お陰様でね。開原さんと角田さんにも、お礼を言っておいて」


読みかけの教科書を閉じて脇に置き、すっかり冷めてしまった珈琲を手前に入れ替える。
引っ越しのお礼を兼ねて、ふたり分のカフェラテとシフォンケーキを追加で注文した。
ふたりは一時喜んだものの、早々にケーキより美味しそうな私の新生活1日目に食いつく。
でも残念。昨日は私も雅も片付けで疲れきり、ふたりの期待に添えるようなイベントは何ひとつないんだ。
朝も私が起きた時は、雅はまだ寝てて今日は顔を合わせていないし。


「ていうかね、そういう艶っぽいイベントは期待されても困る。これは同棲じゃなくて、ルームシェアなんだから」

「ばっかねー、男女がひとつ屋根の下で暮らしてて何も起きない訳がないじゃない」

「……何か起きると思う?」

「……………五分五分か」


何も起きない訳がない。と断言した後に、ちょっと考えて、五分五分に下がる辺りが酷い。


「新生活は快適でね。未来へタイムスリップしたかのようなのよ……」

「確か、生活必需品は雅くんが持ってきてくれたんだよね」

「申し訳ないくらいにお世話になってる……パソコンも借りられることになったし」

「あー、それはいいね。絶対あった方が良いよ」

「必要かなぁ?」

「「必要でしょ、就職活動に」」

「あああぁぁ。いやあぁぁぁ」


涼子の絶叫に、店員がビクッと肩を震わせた。
運ばれてきたカフェラテとケーキを食べながら、ゆるゆると他愛ない話に花を咲かせる。
開原さんの話、角田さんの話をひとしきり聞いた後で、また雅との話に戻る。
「これから雅くんとどんなことしたいのー?」とふたりに訊かれ、咄嗟に浮かんで口にしたのが「一緒にご飯食べたり、テレビ見たりしたい」なんていう些細なことだったけど。千夏も涼子も楽しそうに聞いてくれた。

あぁ、私も彼氏の話ってやつをできるようになったのか……と不思議な気持ちでいると。


「へえ。美亜ちゃんて、まだ神庭と付き合ってたんだ……」


空から聞き覚えのある声が降ってきた。
3人で同時に顔を見上げる。


「あ。『恋したい会』の時の……」


顔にも見覚えがある。合コンサークルで、てんやわんやしながら会話した有野くんだった。
私の言葉に千夏も思い出した様子で、涼子も話の流れから空気を読んだ。
有野くんは「久しぶり」と言って軽く手を上げ、私たちに挨拶する。
構内で会うとは思わなかった。そう言えば、雅とは同じゼミだとか言ってて――。


「美亜ちゃんて今まで恋愛感情持ったことないんだっけ? よりによって神庭が初カレって、どうなのよ」


鼻で笑うように言われて、びっくりした。
そして今更ながらに思い出す。
そうだ。この人、雅にあんまり良い感情を持ってないんだった。
千夏と涼子も不躾な言い方に目を丸くしているけど、有野くんは気づいてないのか会話を続ける。


「あいつ重くね? 恋愛の疑似体験するんなら、ああいうんじゃなくてさ、もっと気軽なとこから行けばいいのに」

「……気軽なとこ、とは?」

「俺にしとけばよかったのにね、ってこと」


ぽかんとした表情で有野くんを見てしまった。


――じゃあさ、恋愛感情がどんなものか知るために、俺と恋愛してみる? 美亜、ちゃん?


確かにあの時、そんな会話もしたけど。
ノリだと思っていたし、有野くんは酔った雅に絡まれている私を笑っていたし。
いったい、これはどういう心境の変化なんだろうと頭をひねる。


「神庭じゃ、これから別れる時めんどくさいと思うよ。未南ミナと別れた時の落ちっぷり、美亜ちゃんも見たでしょ?」


これから一緒に暮らすのに、別れること前提で話を切り出されて、どう反応すべきか悩んでしまう。
でも確かに、有野くんの言い分は一理あった。

軽い気持ちで恋愛を始めるなら、雅より有野くんの方が良かった。
有野くんなら楽だ。
きっと傷つけても罪悪感を感じないで済んだ。
傷つけられても、踏み込まれても、心を閉ざして、別れるだけで済んでただろう。
キラキラと楽しい所だけを抽出した”恋人”を経験させてくれるなら、私は恋人なんて誰でも良かった。

だけど、今ならなんとなくわかる。
私の求めていたモノは、そういうんじゃない。


「私は、有野くんに何を言わても、雅の味方をすると思う……」


気付けば淡々と口にしていた。
少し、腹が立ったんだと思う。


「私は雅の彼女なの。雅のこと悪く言わないで」


千夏と涼子が、ババッ! と同時に私を見た。
有野くんの顔が悔しさでみるみる歪んでいく。

彼女だから、とか。本当はこんな偉そうなこと言うの……気が引ける。
でも、私は雅を悪く言いたくないし、雅に対して誠実でいたい。
有野くんを見つめたまま目が離せない私の視界の片隅で、千夏と涼子の何か言いたげな、微笑ま視線がブスブス刺さる。
恥ずかしいことを言ったんだと後から気づいた。
有野くんは苛つく気持ちを押さえ込むように、「はっ」と短く声を出して体から力を抜いた。


「なに。恋愛わかんないって言ってたくせに、カンペキ神庭に懐柔されちゃってるじゃん」

「そりゃ……まぁ……」


あの、ほわほわした空気に包まれていたら毒気も抜ける。


「やっぱり所詮、男は金かー」

「……? どういう意味?」

「どうせ美亜ちゃんもあいつの懐目当てなんでしょ? いいよなぁ、金持ちは」


懐? 金持ち?
雅の持ってた電化製品が目当てだってことが言いたいの……!?


「いや、そそそ……そんなこと……」


手のひらを顔の前でブンブン振りながら、額から汗がツーッと垂れる。
見透かされている。いや、もちろん最初からそんなの当てにしてた訳じゃないけど。
結果として棚から牡丹餅状態で「いいことづくめだなー、ルームシェアバンザイ!」なんて喜んでいた手前「そんなことないよ!」とは言いづらい。

私はもごもごと気まずそうに口を動かした。
でも、なんで有野くんはそんなことまで知ってるんだろ。


「未南も美亜ちゃんも、結局女なんて皆おんなじだよな」


有野くんは吐き捨てるようにそう言って。


「未南のやつ。『雅くんお金持ちだもん』て。ふざけんなっつの」


あ……。
ひっかかっていた違和感が、やっと腑に落ちたような気がした。
有野くんも多分、ミナに振られているんだ。
そしてこの恨みっぷりだと、多分。


「あーあ、マジ神庭ムカつく。世の中金かー」


ミナは有野くんから、恋人を雅に乗り換えたんじゃなかろうか。
有野くんは私に対する興味を急速に失ったようで、気だるそうに両手を頭の後ろで組んで去って行った。


「何、今の」


嵐が通り過ぎた後、千夏と涼子が説明してくれと言わんばかり私の顔を見る。
そんな顔されても、私がふたりに説明できるようなことは何ひとつ無い。


「有野くんは困ったくんなんだねぇ……」


千夏が困惑した表情で笑い、涼子も「合コンで仲良くなるなら、人選ぼうよー」なんて言ってくる。
確かに私に負けず劣らず彼の性格は、捻くれている。
元からなのか、色々あって屈折してしまったのかはわからないけど。


「雅くんちってさ。お金持ちなの?」


涼子の問いに、私は肩をすくめた。


「さあ? 知らない。初耳だけど」


確かに電化製品を持ってきてくれたけど、それだけでお金持ちっていうのもどうかと思う。


「本当に美亜は雅くんのこと何も知らないよね」

「…………」


改めて千夏にそう言われて、ぐ、と言葉に詰まる。


「実家はどんな? ご両親て何してる人?」


――俺の場合は両親が忙しくて、愛情はいつも物かお金で与えられたんだよね。
誕生日やクリスマスを一緒に過ごした記憶ってなくて、会話は今でもほとんどないよ。
母はもう死んじゃった。
父のことは……今でも好きになれない……。


ふいに、頭を掠めた雅の話。
でもそれだって雅が私に言った発言を気にして話してくれたこと。
喧嘩していなかったら多分、そんな話は今だって聞いていなかった気がする。
前に家族の話をした時は、お母さんが亡くなっていたことだって言わなかった。
雅は私と同じで。でも、私とは違う屈折した感情を家族に抱いている。

でも例えそうだとしても。


「別にそんなのどうでもいいじゃない? 雅は雅だし。お金は半々で持つ。今後も私と雅の関係は変わらない」


だからってどうなる訳でもない。


「ふーん。美亜がいいなら良いけどね。でもなんか気になるから、雅くんの友達で知ってる人いないか聞いてみよっと」

「あ。田中くん鈴木くん辺り、知ってるかなぁ」

「……ちょっと……」

「なんかわかったら美亜にも教えてあげるからさぁ♪」


楽しそうな2人に対して、私は知りたいような、少し後ろめたいような……複雑な気持ちで俯く。
雅のことを知る時は、できれば雅の口から聞きたい。
興味本位だとしても、本当に知りたいのなら直接訊けば答えてくれる。

ミナのことを訊いた時、雅は私の質問には何でも答えてくれる気がしてた。
雅と私の距離は近くて、私が心を開きさえすれば歩み寄れるんだと思ってた。


「…………」


本当にそうなのだろうか?
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