恋人以上、恋愛未満

右左山桃

文字の大きさ
87 / 135
3章 恋の証明

07 母の殻

しおりを挟む
危なっかしい手つきで皮むきを続行しながら、私はずっとひとりで部屋に籠って塞ぎこんでいる母を思った。

帰って来てから、母は一度も私の前で癇癪を起していない。
だけどそれは、極力私と関わりを持たないようにしているからだ。
それでも食事だけは私が家を出る前と変わらずに作ってくれて、大学から帰ると私の夕飯だけが居間に置いてある。
仕事で疲れて大変だろうから、バラバラにとっても、たまには私が作っても構わないのに。
当たり前のルーチンワークのように、仕事に出て、帰ってきてから食事を作る。
私と母の帰宅時間が前後する時も同じ。
ご飯ができたら、部屋にいる私に向かって「食べなさい」と扉越しに声をかけ、私が居間に行く頃には部屋に戻ってしまっている。

そんな人だから、昔から私には母の行動や心理が理解できなかった。
私のことを嫌っているとしか思えない言動をとるのに。律儀で。
衣食住にだけは困らないように一生懸命働いて、ご飯を作ってくれる。
今の私みたいな、宙ぶらりんな状態でも受け入れてくれている……。
ちょっとずれてるような気がするけど、これが母が昔から言っていた『母親としての義務は果たす』ということなのかな。
私のことを見るのが辛い癖に、投げ出すこともできなくて。
こうしてまた一緒に暮らすことになっても、上手い距離の取り方がわからなくて、逃げるように自分の部屋に籠ってしまう。

不器用な、人だな……。
皮がむき終わっていびつな形になったジャガイモを、ひと口大に切っていく。
こうして台所に立って、何度も何度も食事を作れば、私もいつか綺麗にジャガイモを切ることができるようになるだろう。
あなたから直接教わる日はこなくても、できることは増えていく、私は大人になっていくよ。

子供の私は、おかあさんに愛されているか、愛されていないか、それが世界のすべてだった。 
私にとって、おかあさんは絶対で……いつも顔色を伺っては嫌われないかビクビクしていた。
おかあさんに嫌われてしまったら、私はこの世界から消えてしまうような気がして怖かったから。
だけど、そんなことは無いって今ならもうわかる。

私が愛されていようがいまいが構わないから、できることなら解放してあげたい。

変な所で真面目な人だから。
私を愛しているならば、私にとってきた態度やどうしても割り切れない父への想いの狭間で苦しんで。
私を愛していなければ、『母親ならば、娘を愛して然るべき』という枠からはみ出していることにきっとずっと悩んでる。

ひと通り切った野菜と肉を炒めた後、出し汁とお酒を入れて煮詰める。
この家にはもう、はちみつは常備されていなかったから、私はレシピどおりに砂糖大匙2杯を鍋に入れて蓋をした。
その後も淡々と工程をこなし、1時間ほどで肉じゃがは完成した。
味はちゃんと肉じゃがになっていたけれど、じゃがいもは汁に溶けてしまっていて見栄えが悪い。
まぁ、でも、初めて作ったにしちゃ……なかなか、なんじゃないの……?
なんとか適当に言い訳をして気持ちを持ち直してから、母がいつもしてくれたように部屋の前に行って母を呼び出す。


「おかあさーん……、ごはん……できたよー……」


どんどん語尾が弱くなっていく、自信がない自分に下唇を噛んだ。
母が部屋から出てきてくれることを少しだけ期待して、居間で待ってみたけれど、長い時計の針がひとまわりしても母が部屋から出てくることは無かった。
料理が冷たくなった頃、母の分だけ残した鍋を冷蔵庫に入れて、自分の分に箸をつける。

私と一緒に食べるのは、やっぱり無理、か……。

苦笑しながら空いている向かいの席を眺める。
私が小さい頃から母は働いていたから、夕飯はずっとひとりだった。
それでもたまには一緒に食べることもあって、そんな時はすごく緊張した。
すぐに泣いたり怒ったりする母の顔色ばかり伺って、ご飯の味なんて全然わからなかった。
今だって母を前にしたらきっと緊張するだろうし、母と一緒にご飯を食べたいと思っているのかと問われれば、本当の所は自分でも良くわからない。

それでもきっと、一緒に暮らすのはこれが最後になるだろうから……。

ずっと、この家を出て自分の力で生きていくことが私の目標だった。
今もその思いはブレていないけど、私が家を出て自活できるようになったら。
母の言う『母親としての義務』が果たし終わったら。
何をきっかけにして親子の関係を続けていけばいいんだろう。
付き合い方も、距離の保ち方も、親子なのにわからない。
私が考えて良かれと思った行動も、結局全部ひとりよがりでしかない。
ひとりよがり……だとしても……。

雅と一緒に暮らして、雅がいなくなって初めて、私はひとりが寂しいと思った。
父と別れた母が感じた苦しみの何十分の一かもしれないけど、同じ気持ちを共有した気がした。
私がいなくなっても、母がこのままひとりで狭い世界に閉じこもっていたら、きっとずっと寂しい。
母が求めている相手は父だけなのかもしれないけど、ここにいる間に母との関係を少しでも改善したかった。


「……難しい、な」


だけど、そう上手くいかないのが現実みたいだ。
頑なに自分の部屋から出てこない母に、私は静かに溜息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

18年愛

俊凛美流人《とし・りびると》
恋愛
声を失った青年と、かつてその声に恋をしたはずなのに、心をなくしてしまった女性。 18年前、東京駅で出会ったふたりは、いつしかすれ違い、それぞれ別の道を選んだ。 そして時を経て再び交わるその瞬間、止まっていた運命が静かに動き出す。 失われた言葉。思い出せない記憶。 それでも、胸の奥ではずっと──あの声を待ち続けていた。 音楽、記憶、そして“声”をめぐる物語が始まる。 ここに、記憶に埋もれた愛が、もう一度“声”としてよみがえる。 54話で完結しました!

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

同居人の一輝くんは、ちょっぴり不器用でちょっぴり危険⁉

朝陽七彩
恋愛
突然。 同居することになった。 幼なじみの一輝くんと。 一輝くんは大人しくて子羊みたいな子。 ……だったはず。 なのに。 「結菜ちゃん、一緒に寝よ」 えっ⁉ 「結菜ちゃん、こっちにおいで」 そんなの恥ずかしいよっ。 「結菜ちゃんのこと、どうしようもなく、 ほしくてほしくてたまらない」 そんなにドキドキさせないでっ‼ 今までの子羊のような一輝くん。 そうではなく。 オオカミになってしまっているっ⁉ 。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・* 如月結菜(きさらぎ ゆな) 高校三年生 恋愛に鈍感 椎名一輝(しいな いつき) 高校一年生 本当は恋愛に慣れていない 。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・* オオカミになっている。 そのときの一輝くんは。 「一緒にお風呂に入ったら教えてあげる」 一緒にっ⁉ そんなの恥ずかしいよっ。 恥ずかしくなる。 そんな言葉をサラッと言ったり。 それに。 少しイジワル。 だけど。 一輝くんは。 不器用なところもある。 そして一生懸命。 優しいところもたくさんある。 そんな一輝くんが。 「僕は結菜ちゃんのこと誰にも渡したくない」 「そんなに可愛いと理性が破壊寸前になる」 なんて言うから。 余計に恥ずかしくなるし緊張してしまう。 子羊の部分とオオカミの部分。 それらにはギャップがある。 だから戸惑ってしまう。 それだけではない。 そのギャップが。 ドキドキさせる。 虜にさせる。 それは一輝くんの魅力。 そんな一輝くんの魅力。 それに溺れてしまう。 もう一輝くんの魅力から……? ♡何が起こるかわからない⁉♡

2月31日 ~少しずれている世界~

希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった 4年に一度やってくる2月29日の誕生日。 日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。 でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。 私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。 翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。

処理中です...