2 / 2
2
しおりを挟む
「瀬川ー!!」
「っ!桜河…」
あれから、あたしはほぼ毎日と言っていいほどに放課後、瀬川が演奏するこの音楽室に入り浸っている。
瀬川とは、学校のことやヴァイオリンのこと、他愛も無い会話をして一頻り演奏を聴いたら、お互い昇降口で別れるといった調子だ。
「どうしたの?瀬川、何見て…」
あたしに気づいた君は、夕日のさす窓からグラウンドのとある一点を見つめていた。
あたしが同じものをみようとすると、彼はそれを制止しようと私の前に立ちはだかったが、あたしはそれをひょいと避けて窓から首を出した。
「っ。」
君が息を呑む音がした。
部活だろうか。グラウンドには、制服のままタオルを片手に何人かの男子がサッカーをしていた。
その中でも一際目立っていたのが、輪の中止にいる男だ。3階であるこの場所からみてもわかる。180
cm以上はありそうな高身長に、夕日にあたったワインレッドの髪が風でなびいている。
きっと、君はその彼を見ていたんだろう。
「瀬川、あの子がどうか…っ」
君は見たこともないくらい、真っ赤な顔をして俯いていた。あたしにその顔を見せたくないのだろう。顔を覆おうとした君の腕は、微かに震えている。
あたしはあまり勘が良い方ではないし、空気を読むのも正直苦手だ。が、そんなあたしでもわかってしまった。あぁ、そうか。だから君は、君の音色は、いつもあんなに苦しそうなんだね。
君はきっと、ワインレッドの彼に恋しているんだ。
君の演奏を聴いたあの日から、あたしが君に恋するように。
なんだ、そっか。あたしの恋はもう終わってたってことね。なるほど。
けれど、不思議と辛くはなかった。
全く辛くないかと言われれば、そうではない。
それよりも、一瞬でもみた君の顔が、心の底から彼に恋をしている顔だったから。心の底から、彼が好きだという顔をしていたから。
君に幸せになって欲しい。
「瀬川…あの子のこと好きなんだ。そんなに、慌てて恥ずかしがらなくてもいいのに~!好きな人は見ていたいよね。ね?」
あたしは下から、君の顔を覗き込んだ。
その瞬間、私はギョッとした。
なんと。泣いていたのだ。瀬川が。
いつもはクールで、でもあたしが冗談を言えば、柔らかく笑っていた瀬川が。泣いていた。
「えっ!ちょ、ごめん!見られたくなかったよね…?瀬川、隠そうとしたのにあたしってば勝手に覗き込んじゃって。ごめんね、本当に悪いと思ってるから…瀬川泣かないで~!!」
「い、いや。桜河のせいじゃ、」
嗚咽を堪えて、あたしのせいではないと必死に伝えようとする君。本当にやってしまったと心の底から反省している。瀬川にとっては誰にも知られたくないことだったのだろう。そりゃそうだ。好きな人がバレてしまったなんて、あたしですら同じ反応をするかもしれない。ましてや瀬川の場合は……
「引かないの…?」
同性だなんて。
君の声は震えている。一頻り涙を拭った君の顔は、唇を噛み締めて俯いている。
あたしは彼に幸せになって欲しいだけなんだ。前は好きだったけれど、今は君の幸せを願っている。我ながら、適応能力が高いと思う。けれど、根本的なところは変わらない。
「なんで?」
語気を強めていった私に、瀬川は少しムッとしたようにあたしを見据えている。
「だって、見たでしょ桜河も。俺が好きなのは、同じ男なんだよ…?びっくりしたでしょ、気持ち悪いでしょ。素直に言っていいよ。」
気持ち悪いでしょ、なんて君はあたしの返答をわかった口ぶりで言うくせに。その顔は、辛そうだ。君は今まで、そう言われたことがあるのだろうか。好きな人を言っただけなのに。気持ち悪いだなんて。言われたことがあるのだろうか。
それはきっとさぞ辛かったんだろう。苦しかったんだろう。あたしにその痛みはわからないけれど、でも。
「思ってない。言わない。だから、私は瀬川の恋を応援したいよ」
やっぱり、あたしは君に幸せになって欲しい。
「っ!桜河…」
あれから、あたしはほぼ毎日と言っていいほどに放課後、瀬川が演奏するこの音楽室に入り浸っている。
瀬川とは、学校のことやヴァイオリンのこと、他愛も無い会話をして一頻り演奏を聴いたら、お互い昇降口で別れるといった調子だ。
「どうしたの?瀬川、何見て…」
あたしに気づいた君は、夕日のさす窓からグラウンドのとある一点を見つめていた。
あたしが同じものをみようとすると、彼はそれを制止しようと私の前に立ちはだかったが、あたしはそれをひょいと避けて窓から首を出した。
「っ。」
君が息を呑む音がした。
部活だろうか。グラウンドには、制服のままタオルを片手に何人かの男子がサッカーをしていた。
その中でも一際目立っていたのが、輪の中止にいる男だ。3階であるこの場所からみてもわかる。180
cm以上はありそうな高身長に、夕日にあたったワインレッドの髪が風でなびいている。
きっと、君はその彼を見ていたんだろう。
「瀬川、あの子がどうか…っ」
君は見たこともないくらい、真っ赤な顔をして俯いていた。あたしにその顔を見せたくないのだろう。顔を覆おうとした君の腕は、微かに震えている。
あたしはあまり勘が良い方ではないし、空気を読むのも正直苦手だ。が、そんなあたしでもわかってしまった。あぁ、そうか。だから君は、君の音色は、いつもあんなに苦しそうなんだね。
君はきっと、ワインレッドの彼に恋しているんだ。
君の演奏を聴いたあの日から、あたしが君に恋するように。
なんだ、そっか。あたしの恋はもう終わってたってことね。なるほど。
けれど、不思議と辛くはなかった。
全く辛くないかと言われれば、そうではない。
それよりも、一瞬でもみた君の顔が、心の底から彼に恋をしている顔だったから。心の底から、彼が好きだという顔をしていたから。
君に幸せになって欲しい。
「瀬川…あの子のこと好きなんだ。そんなに、慌てて恥ずかしがらなくてもいいのに~!好きな人は見ていたいよね。ね?」
あたしは下から、君の顔を覗き込んだ。
その瞬間、私はギョッとした。
なんと。泣いていたのだ。瀬川が。
いつもはクールで、でもあたしが冗談を言えば、柔らかく笑っていた瀬川が。泣いていた。
「えっ!ちょ、ごめん!見られたくなかったよね…?瀬川、隠そうとしたのにあたしってば勝手に覗き込んじゃって。ごめんね、本当に悪いと思ってるから…瀬川泣かないで~!!」
「い、いや。桜河のせいじゃ、」
嗚咽を堪えて、あたしのせいではないと必死に伝えようとする君。本当にやってしまったと心の底から反省している。瀬川にとっては誰にも知られたくないことだったのだろう。そりゃそうだ。好きな人がバレてしまったなんて、あたしですら同じ反応をするかもしれない。ましてや瀬川の場合は……
「引かないの…?」
同性だなんて。
君の声は震えている。一頻り涙を拭った君の顔は、唇を噛み締めて俯いている。
あたしは彼に幸せになって欲しいだけなんだ。前は好きだったけれど、今は君の幸せを願っている。我ながら、適応能力が高いと思う。けれど、根本的なところは変わらない。
「なんで?」
語気を強めていった私に、瀬川は少しムッとしたようにあたしを見据えている。
「だって、見たでしょ桜河も。俺が好きなのは、同じ男なんだよ…?びっくりしたでしょ、気持ち悪いでしょ。素直に言っていいよ。」
気持ち悪いでしょ、なんて君はあたしの返答をわかった口ぶりで言うくせに。その顔は、辛そうだ。君は今まで、そう言われたことがあるのだろうか。好きな人を言っただけなのに。気持ち悪いだなんて。言われたことがあるのだろうか。
それはきっとさぞ辛かったんだろう。苦しかったんだろう。あたしにその痛みはわからないけれど、でも。
「思ってない。言わない。だから、私は瀬川の恋を応援したいよ」
やっぱり、あたしは君に幸せになって欲しい。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
番など、今さら不要である
池家乃あひる
恋愛
前作「番など、御免こうむる」の後日談です。
任務を終え、無事に国に戻ってきたセリカ。愛しいダーリンと再会し、屋敷でお茶をしている平和な一時。
その和やかな光景を壊したのは、他でもないセリカ自身であった。
「そういえば、私の番に会ったぞ」
※バカップルならぬバカ夫婦が、ただイチャイチャしているだけの話になります。
※前回は恋愛要素が低かったのでヒューマンドラマで設定いたしましたが、今回はイチャついているだけなので恋愛ジャンルで登録しております。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる