お前の全てを奪いたい【完】

夏目萌

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THIRD

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「……環奈、これ……」
「……大丈夫です、その、空き巣とか、そういうのじゃないので……」
「…………全部、アイツがやったのか?」
「…………はい」

 正直、有り得ないだろうと思った。

 こんなのは普通じゃない。それなのに、環奈にとっては当たり前の光景なのか、気にも止めずにクローゼットへ向かい、服を手に取った。

「すみません、その、足の踏み場がないので、ベッドにでも座っていてください。ちょっと、シャワーを浴びてくるので」
「……あ、ああ」

 1Kのアパートなので部屋も一部屋だし、床は物が散乱している事もあって、環奈はベッドを椅子がわりにして待っていて欲しいと告げると、浴室へ入って行った。

(有り得ねぇ……こんなの、普通じゃねぇって)

 こんな部屋でいつも一人で暮らして、喜多見が来たらアイツの顔色窺って、気分屋のアイツに抱かれる……この、ベッドの上で。

 考えれば考える程、俺の怒りは募るばかり。

 少しして、シャワーが止まる音が聞こえた俺はベッドから立ち上がると、迷う事無く浴室へ向かう。

 そして、

「きゃっ!? ……ば、万里……さん?」

 いきなり浴室へ続くドアを開けた俺に驚いた環奈が咄嗟にバスタオルで身体を隠しているその姿を見て、欲情した。

「――環奈」
「え、……あ、の……ちょっと待って……、万里さん……?」

 まだ水滴が残る身体を抱き締めた俺に戸惑う環奈。

「万里さん、濡れちゃいますよ……離して……」
「別にいいよ、濡れても」
「で、でも……」

 環奈を見下ろすと、ところどころにある身体の痣が痛々しい。

 そんな中に、首筋や鎖骨、胸元にある赤い痣が気になった。

 これは殴られて出来た痣じゃない事くらい、容易に想像出来る。“キスマーク”なんだと。

 あんなクズ野郎の印なんて、環奈の身体に一つも残しておきたくない。

「え!?  ちょ……、万里さん!?」

 そのまま環奈の身体を抱き上げた俺は無言のまま部屋に戻り、優しくベッドの上に下ろす。

「……万里……さん……?  あの……」
「環奈、好きだ。もう、我慢出来ねぇ。あんな男の痕跡なんて、全て消してやる」
「万里さ――っあ……ッ」

 これ以上あの男が付けたキスマークや殴った痕を見たくなかった俺は、少し強引なやり方だと分かってはいたが環奈を求める自身の欲を止める事が出来なくて、アイツの痕跡を上書きするように彼女の身体に俺の印を付けていく。

「……ぁ、んッ……ばんり、さん……だめ……」

 俺が身体に吸い付き、新たな赤い印をつけるたびに反応する環奈。

 アイツのキスマークも、殴られて出来た痣も、全て俺の印に書き換えていく。

 されるがままの環奈は既に息が上がり、熱っぽい瞳で俺を見つめてくる。

「その顔、そそるな――」
「んッ……」

 全てが愛おしくて、正直、めちゃくちゃにしたくなる。

 環奈と一つになりたい。

 奥まで深く、繋がりたい。

 俺にだけ、溺れて欲しい。

 だけど、無理強いはしたくない。

 ここまできて辛いけど、環奈が嫌がるなら止めようと思っていた。

「……環奈、俺はお前を抱きたい。アイツから、全てを奪いたい。それくらい、好きなんだ。……けど、嫌なら止める。俺は、お前が嫌だと思う事は、したくねぇんだ」

 一度深く口付けをした後、俺は環奈に問い掛けた。

「……っ……」

 乱れた息を整え、悩んでいるのか環奈は俺から視線を外し、

「…………私、万里さんにそこまで想って貰える程の女じゃ、ないです…………殴られても、酷い事されても、彼を憎む事も、嫌いになる事も出来ない……馬鹿な女なんです……だから、私……」

 自虐ともとれる言葉を口にする。

「そんな事ねぇよ。俺にとって環奈は誰よりも魅力的だ。俺は初めてなんだよ。女をここまで愛おしいと思ったのは。後にも先にも、環奈だけ。お前以外、愛せないよ」
「……でも、私は……」
「それ以上、自分を悪く言うな。あんな男の事は、俺が忘れさせてやる。俺だけを見て、感じて欲しい。俺に、全てを委ねてくれよ、環奈」

 頭を撫でて軽くキスをすると、迷っていた環奈は、

「………………忘れさせて、ください。私を、万里さんで……満たして」

 手を伸ばして、俺を求めてくる。

 この手に触れたら最後。

 もう、止められない。

「――ッんん!」

 環奈の手を取り、その細くて長い指に自分の指を絡めると、俺は彼女の唇を強引に奪う。

「……っはぁ……ッん……」

 そして、何度も角度を変え、息継ぎが出来ないくらい、貪るようなキスをする。

 環奈に惚れてから、ずっとこうしたかった。

「……ッあ……、はぁ……ッん……」
「……気持ちいい……?」
「……ん……っ」

 触れたくて、俺に溺れさせたくて仕方無かった。

「……ばんり、さん…………ッすき……」

 彼女の仕草も、声も、全てが愛おしい。

「――俺も、環奈が好きだ。誰にも、渡さねぇ」

 女を抱いて、こんなにも余裕が無くなるのは初めての経験だった。

「……ッ、ばんりさ……、そんなとこ……だめっ」
「駄目?  イイの、間違いだろ?」
「ッんん――」

 身体の隅から隅まで沢山口付けをしていき、恥ずかしがる環奈の全てを暴いていき、そして、

「……そろそろ、いいか?」
「……ん…………来て、万里……さん……」

 俺を受け入れてくれた環奈に再びキスを落としながら、

「――ッ」

 二人の想いは重なり合い、深く繋がり合って幸せな気持ちに包まれながら――共に果てた。


「……ん……」

 そのまま眠ってしまった環奈を腕の中に抱きながら、俺は明石さんにメッセージを入れていた。

 流石にこれから店には行けないから、明日の朝に行く事を告げてスマホを置く。

 ぐっすりと眠っている環奈の寝顔を見ながら、俺は一人幸せに浸っていた。

 人を好きになる事が、こんなにも幸せで心が満たされる事なんだと知り、胸が熱くなる。

 そして、それと同時にある事を思い浮かべた。

 それは、これまで幾度となく身体を重ね合わせてきた人たちの事。

 あくまでも俺は金の為でしか無かったけど、相手からすれば俺に恋愛感情を抱いていて、抱かれてる間は幸せを感じてたのかと思うと、何とも言えない複雑な心境だった。

(もう金輪際、金を積まれても女を抱くのは辞めよう。環奈以外の女は抱けねぇし……抱きたくねぇからな)

 そして、今後いくら金を積まれたとしても、例え指名を取れなくなったとしても、環奈以外の女を抱かないと心に決めた。
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