愛を教えて、キミ色に染めて【完】

夏目萌

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 夜中になり、仕事を終えた伊織が帰宅した。

 伊織と円香は同室なので、汚れた姿を見せない為にもすぐに浴室へ向かおうと思った伊織だったのだが、彼が帰ってきた事に気付いた円香が部屋から出て来て鉢合わせてしまう。

「……伊織さん……あの、おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
「……ご、ごめんなさい。私、その……お部屋で待ってますね」
「ああ、悪いな」

 無事に帰って来た彼に安堵した円香だったけれど血で汚れた顔や服を目の当たりにすると、どんな言葉を掛ければいいか分からず、そんな自分が情けなくて嫌になった。

 シャワーを浴び終えた伊織が部屋へ戻ると、ベッドの上で何やら落ち込む円香の姿があった。

「どうした?」

 そんな彼女の横に腰掛けた伊織は、優しい声で問い掛ける。

「……伊織さん、ごめんなさい」
「何だよ、急に」
「私、気の利いた言葉が掛けられなくて……」
「そんなの、気にしてねぇよ」
「……それに、本当は私、伊織さんに、行って欲しくなかった……」
「……悪いな、仕事だから、それは出来ない」
「分かってます。分かっているから、そんな風に思ってしまった自分が、情けなくて……」
「お前が気に病む事はねぇんだよ。それに、逆の立場なら、俺だって同じ事を思うはずだ。だから円香が落ち込む事はねぇんだよ」
「伊織さん……」
「確かに、この仕事は辛い事も多い。まあ当然だろ?   人を殺すんだからな。いくら悪人相手と言えど、後味が悪いと思う事もある。けど、そいつらに苦しめられた人間も沢山いて、泣き寝入りした人もいれば死に追いやられた人もいる。この世の中は悲しいが悪人に優しい世界だ。法で裁けない人間も沢山いる。だからこそ、俺らHUNTERが法の代わりに裁きを下す……」
「……はい」
「……ただ、仕事を終えて帰って来たら、やっぱり忘れたいって思うのが本音だ。今までは暗い部屋に帰ってきて、色々思い出す事も多かった。殺した奴の顔がチラついてなかなか眠れない夜もあったけど、今日は帰って一番に円香の顔を見れて、正直俺は嬉しかった。今もこうして一緒に居られて、それだけで俺は心が休まる」
「……伊織さん……」
「お前が居てくれれば、直ぐに眠れそうな気がするよ」
「……私、役に立てますか?」
「決まってんだろ?  円香が居るだけで俺の心は満たされる。何も言わずに、傍に居てくれよ。な?」
「……はい」

 すぐに全てを理解するのも受け入れるの難しい。

 それでも、共に生きると決めた以上は、心を強く持たなくてはいけない。

 伊織の本音を聞いてより一層心を強く持とうと円香は決意する。

 そして、そんな二人は抱き合い、温もりを感じながら眠りについた。


 それからというもの、円香の心境に変化が訪れ、伊織がHUNTERとして出かけて行く時に『行って欲しいくない』と思う事はなくなった。

 不安に思う事はあるが、円香なりに伊織たちの仕事を理解し受け入れ始めたのだ。

 伊織と円香の関係は極めて良好だがHUNTERとしての進捗は、なかなかに厳しい状況だった。

 榊原の件は一向に進展せず、なかなか実行に移す事も出来ずにいる中、当の榊原は違法な取り引きを繰り返し行って懐を肥やしていると知りHUNTERの面々は焦りの色を浮かべていた。

「クソっ!  榊原の奴、好き勝手やりやがって!」

 依然野放しにされたままの榊原はまたしても大きな事件を引き起こすのだが、世間的には犯人は公にされず、榊原本人は相も変わらずにこやかな表情でメディアに出ては、調子の良い言葉を並べている。

 その事に酷く胸を痛めるHUNTERの面々を間近で見ている円香もまた、何も手伝える事のない役立たずな自分に嫌気が差していた。

 何もかもが上手くいかずピリピリとした空気が漂う中、伊織たちを揺るがす出来事は起きてしまう。

 それは、円香の元に電話がかかって来た一本の電話が始まりだった。

「もしもし……」
「円香、元気でやっているのか?」

 相手は円香の父親で、もう何ヶ月も会えていない娘を心配して電話を掛けてきたのだ。

「お父様、はい。お父様たちこそ、お元気ですか?」
「ああ、私や母さんも元気でやっている」
「そうですか、それなら良かったです」
「円香、その……江南家との結婚の件では、本当に済まなかった。警察から江南の人間が雪城の財産狙いだという事を聞いたよ。円香の言っていた通りだったな」
「いえ、いいんです。証拠もないのにいきなりそのような事を言われても、信じられなかったのは仕方がないと思いますから」
「円香……ありがとう。何か困った事があれば、何でも言ってくれて構わないからな」
「はい」

 数ヶ月ぶりに父親と話をした円香は初めこそ緊張していたものの、やはり実の親との会話はどこか安心出来るものがあるのか少しだけ元気が出た気がした。

 しかし、この電話が原因で円香たちの日常は一変する。

 父親と電話をしてから数日が経ったある日、円香のスマホに知らない番号からの電話がかかってきて、初めは出なかった円香だったけれど何度もかかってくる事もあって気になってしまいつい電話に出てしまう。

 すると、

「円香!  助けてくれ!」
「え……お父様?」

 電話に出ると、何やら悲痛な声で助けを求める父親の声が聞こえてきて円香は困惑してしまう。

「どうかなさったんですか?  お父様?」
「……、…………、……」

 円香がそう問いかけるも、電波が悪いのか相手の声も音も良く聞こえてこない。

 そして、そのまま電話は切れてしまった。
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